コロナ禍の影響が続く中、生命保険の保険料負担に悩む人たちがいる。なぜ、年間数十万円にも達する契約を結んでしまうのか? 保険コンサルタントの後田亨氏は「実は、ほとんど常識で解決できる」と言う。
 今回のテーマは、不安喚起情報などに反応するお客様の「ありがちな間違い」について。後田氏の著書『生命保険は「入るほど損」?!<新版>』で行われている「行動経済学」にもとづく解説は、「保険のあるある」として、商品や情報の取捨選択に役立つはずだ。

 前回「失敗しない保険選びの『究極の簡便法』とは?」で、子供が自立するまで、いわゆる掛け捨ての「死亡保険」にのみ加入し、定年を迎えた保険会社の人の証言をご紹介しました。

 あらためて注目していただきたいのは、次の部分です。
 「入院保障などは自己負担するのが賢いと考えています。立派な自社ビルを見ると会社側に残るお金が多い仕組みだと分かるからです。老後も考え方は同じです。健康保険で医療費などの自己負担額は限られているので、自己負担するほうがいい」

 保険を「お金を調達する際、多額の費用がかかる手段」と見て、自己負担できない大金が必要になる事態以外、利用を控えているのです。
 「加齢とともに入院などが増えるのだから、一生涯の保障がある『終身医療保険』や『がん保険』への加入は必須」などと語る一般の人とは対照的です。

 正直、一般の人は常識的な判断ができていないと感じてしまいます。そもそも保険は、老後の入院やがんのように「発生頻度が高い事態への備え」には向いていないからです。

 少し考えるだけで「入院する人・がんに罹(かか)る人が増える年齢まで保障が続くのであれば、手ごろな保険料で手厚い保障を持てるわけがない」と分かるはずです。
 ところが、現実には「老後の入院やがんは他人事ではない、保険に入っておくべきだ」と、短絡的・情緒的な判断がなされやすいのです。

 では、どうしたらいいのでしょうか。私は人の非合理的な行動を研究対象にしている行動経済学をかじってみるといいと思います。人の判断の歪(ゆが)みを面白がれるようになり、冷静な判断ができるようになるからです。

 以下、よくある3つの事例を行動経済学の視点から説明します。

1 販売員に「みんなどうしてますか?」「おすすめは?」と尋ねる

 率直に言って、これらは発してはいけない質問です。「みんな」は大半が保険の素人ですし、顧客の保険料負担が増えるほど潤う販売員とは「利益相反」の関係だからです。

 本来、「みんなが加入している保険」「販売員のおすすめの保険」は、選択肢から除外するほうが無難なはずなのです。にもかかわらず、このような質問を発する人がいるのは、「情報負荷」という用語で説明できます。

 大量の広告、心が揺さぶられる体験談などに接し、何かしら手を打たないと落ち着かないので、「おすすめは?」といった質問を販売員にしてしまうのです。「情報負荷」には、負荷から解放されたい人を短絡的な行動に走らせる怖さがある、と感じます。

 対策には、視点を販売側に移すのがおすすめです。「保険加入に前のめりになった人が、販売員に『みんなの傾向』や『おすすめ』を尋ねる。そんな状況は大歓迎に違いない」と想像してみるのです。
 「仕組みが分かりづらい保険が多いのは、販売員に頼る人を増やすための工夫ではないか?」などと考えてみるのもいいと思います。

「販売員のおすすめ」は、選択肢から除外すべき(Portrait Image Asia/Shutterstock.com)
「販売員のおすすめ」は、選択肢から除外すべき(Portrait Image Asia/Shutterstock.com)

 行動経済学を意識すると、このような視点を持てるようになります。すると「保険会社もなかなかやるなぁ」と、巧妙な仕事ぶりに感心できるかもしれません。真偽はともかく、新たな見方ができるようになることが重要なのです。

 実際、「販売員のおすすめを聞いても仕方がない」「販売員による説明が不要な保険を選ぶのが正解なのではないか」と気づくと、情報負荷は激減します。「素人が自力で理解できる保険」だけが選択肢になるからです。それでいいのです。

2 「貯金だけだと不安」なので、安心のために保険に入っておく

 これは「心の会計(メンタルアカウンティング)」という用語で説明できます。一般の人はもちろん、ファイナンシャルプランナーの中にも「貯蓄から入院費を支払うのは心細くなる。入院で落ち込んでいるところに追い打ちをかけられるようなものだ。その点、医療保険に加入していれば、給付金がもらえるので安心して治療に専念できる」と言う人がいます。

 「貯蓄から支払う入院費」と「医療保険からの給付金で賄う入院費」では心の痛みが違うために、「同じお金の問題」として見ることができなくなっているのです。

 給付金について「お金がもらえる」「お金がおりる」といった表現を使う人がいるのも興味深いと感じます。給付金はタダでもらえるわけでも、空から降ってくるわけでもないからです。

 「お金をもらえる確率に対し、妥当な保険料を払う仕組みなのか」「手数料など、契約にかかる諸費用が不明でも構わないのか」といった問いかけはなされていないのです。

 心の会計を避けるには、次のような自問が有効です。

  • 治療代・差額ベッド代などは「入院給付金」でしか払えないのか?
  • 手術にかかるお金は「手術給付金」でしか払えないのか?
  • 病院までのタクシー代は「保険からおりたお金」でしか払えないのか?

 繰り返し自問しているうちに笑えてくるかもしれません。お金が便利なのは使い道を選ばないからです。お金は便利ですが、一定額のお金を用意する際、例えば医療保険では保険料の数十パーセントにも及ぶ保険会社の経費などを負担する必要があります。

 給付を受けるには、保険会社が定める所定の条件に該当していなければなりませんし、請求手続きも求められます。冒頭に発言を引用した保険会社の人などは「(保険は)自己資金より不便だ」と見ていたのではないでしょうか。

3 著名人の「実話」を聞くと、がん保険に入ったほうがいいと思う

 ある外資系保険会社の人によると、芸能人ががんで亡くなったニュースが報じられた後などには、がん保険の問い合わせが急増するのだそうです。
 直近で起こった出来事や身近な体験談などに影響される傾向は、「代表性ヒューリスティック」「利用可能性バイアス」といった言葉で説明されます。

 ヒューリスティックとは、人が物事を判断する際、無意識に採用している簡便法といった意味です。「分かりやすさ」に反応する傾向を説明しています。

 例えば、不祥事の謝罪会見でダークスーツを着る人が多いのは、一見しただけで「反省の意」が伝わりやすい、と考えられているからでしょう。保険は利用価値の評価が難しいこともあり、身近に感じられる実話などが、加入の是非などを考える際、良くも悪くも「分かりやすい」判断材料になりがちなのではないでしょうか。

 加えて、実話や体験談には不測の事態が起こる確率を高く感じさせる面もあります。つまり、保険の「利用可能性」が高く評価されるのです。人の判断は直近に接した情報に左右される傾向があるからです。

 先に書いた著名人ががんで亡くなったニュースへの反応は、典型かもしれません。「がんは他人事ではない」と感じる人が増えるのです。さらに分かりやすいのは、「地震保険」の加入率かもしれません。阪神や東北の震災の後は、従前より加入率が大きく伸びているのです。
 しかも、被災地近辺での伸びが目立ちます。「確率的に次に大災害が起こるとしたら、まだ被災していない地域だろう」と考える人は少ないようです。

「がんは他人事ではない」と意識させられる体験談によって、判断が歪んでしまうことも(Andrei_R/Shutterstock.com)
「がんは他人事ではない」と意識させられる体験談によって、判断が歪んでしまうことも(Andrei_R/Shutterstock.com)

 以上、人の感情が判断を変える事例を説明してみました。間違いを避けるには「人は賢くないのだ」と自覚することだと思います。そのうえで、保障目的の保険については「金額の大きさ」だけを基準に検討すればいいはずです。お金が必要になる状況などを考えると、心が動いてしまうからです。

 次回は、より大金が絡みやすい、資産形成目的の保険について、行動経済学の視点から考えます。

日経ビジネス電子版 2021年10月25日付の記事を転載]

「医療保険やがん保険は、ギャンブルより損が出やすい」「貯蓄性がある保険は、お金が増えにくい」――。

「高額商品」であるにもかかわらず、生命保険はその中身が分からない「ブラックボックス」だ。保険の有料相談を行う保険コンサルタントである後田氏が、具体的な商品を取り上げながら、生保のカラクリを明らかにして好評を博した同名書の最新版。「結局、その保険に加入するのは得なのか?」が分かり、「いつの時代にも通用する根本的な保険との付き合い方」を学ぶことができる1冊。

後田亨(著) 日本経済新聞出版 1650円(税込み)