コロナ禍の影響が続く中、生命保険の保険料負担に悩む人たちがいる。なぜ、年間数十万円にも達する契約を結んでしまうのか? 保険コンサルタントの後田亨氏は「実は、ほとんど常識で解決できる」と言う。
 今回は、お客様の「ありがちな間違い」の貯蓄・運用編。後田氏の著書『生命保険は「入るほど損」?!<新版>』に掲載されている「一目で損が分かる方法」を紹介したい。この記事では、さらに「行動経済学」にもとづく視点を加えて解説する。

 保険契約において家計に与えるダメージが大きいのは、貯蓄・運用目的で「終身保険」「養老保険」「個人年金保険」「変額保険」などに加入するケースです。

 なぜなら、生命保険は営業担当者や代理店に支払われる手数料などが高く「積み立てや運用に回るお金が少ない」からです。「お金が増えにくい仕組み」なのです。

 設計書などで、加入から「1年後に解約した場合の払戻金」を確認すると分かります。例えば、外資系保険会社の「ドル建て保険」で、保険料を毎月積み立てる場合、1年後の払戻額がゼロという事例も見かけます。
 保険証券の発行などに要する経費があるとしても、「最初の1年間に支払う保険料はほとんど手数料などに消える」と想像できるのです。

 保険料を一括で払い込む契約でも同じです。仮に保険料が1000万円で1年後の払戻額が950万円であれば「50万円が銀行窓口などの代理店に支払われる」とみていいのです。
 「1000万円がいきなり950万円に減って運用が始まる。不利に決まっている」などと考えられるのではないでしょうか。

 とはいえ、現実には貯蓄や運用目的で保険に加入し、元本割れなどの問題を抱える人は少なくありません。預金金利への不満や老後資金への不安など、諸々の「感情」が影響しているからでしょう。

 問題の予防・解決には、人の非合理的な行動について解明している「行動経済学」の知見が役に立ちます。以下、保険相談にいらした方々から頻繁にお聞きする発言を例に解説します。

1 老後資金が不安なので「個人年金保険」を検討しています

 商品名から「老後資金準備なら個人年金保険が最適だろう」と考えられている例です。行動経済学では、人が物事をイメージや経験則にもとづいて瞬時に判断する傾向を「ヒューリスティック」と呼びます。

 「進学資金の準備なら『学資保険』で決まり!」といった判断が典型です。何事もじっくり考えた後に行動していたら時間がかかるので、悪いことだとは思いません。

 ただ、保険に関しては「商品名から短絡的な判断をしていないか?」といった問いかけが欠かせません。安くても100万円単位のお金がかかる買い物だからです。

老後資金が不安だからといって、いきなり保険に頼るのは得策ではない(chaponta/Shutterstock.com)
老後資金が不安だからといって、いきなり保険に頼るのは得策ではない(chaponta/Shutterstock.com)

 失敗を避けるには、老後資金といったテーマから離れ「契約初期に確実に引かれる費用」に注目することです。先に書いた通り、設計書などで加入から1年後の払戻金を見ると、生命保険料控除による税軽減効果を加味しても、1年分の保険料に比べ数十パーセント程度のマイナスになっているはずです。

 「保険会社が魔法のような運用法でも持っていない限り、有利なはずがない」と冷静になれるのではないでしょうか。

 実際、保険会社は特別な運用法を持っているわけではありません。資産性がある保険では、1990年代の半ば以降、長期国債の金利が下がるにつれ保険料を引き上げています。
 運用環境が悪化し、従前の満期金額などを維持するには保険料を引き上げざるをえないと判断しているのです。つまり、お客様に約束できる運用の成果は、ほとんど国債の金利次第だったのです。外貨建て保険でも、近年、外国債券の金利が下がったため、販売停止になった商品があります。

 したがって、貯蓄性が語られる保険については「普通の運用を高い手数料を払って行うことになる」と理解し、利用を控えたらいいのです。

 (保険料を投資信託で運用する「変額保険」でも、「保険会社経由で投資信託を利用すると仲介料が高くつく」と認識しましょう)

2 「外貨建て保険は投資と違って安心」だと言われて加入しました

 「営業の人から『外貨建て保険は金利が高く、元本割れ期間はあるものの、長期的には預金よりお金が増える。投資と違って将来の受取額が決まっていて安心』と説明され、加入しました」という人がいます。

 これは「確証バイアス」という用語で説明できます。人には見たいものだけを見て、聞きたいことだけを聞く傾向があるのです。

 この場合、見過ごされているポイントが2つあります。まず、外貨建て保険の運用利率を額面通りに受け取ってはいけません。パンフレットなどに「最低保証利率2.5%」といった表記があっても、2.5%で運用されるのは「保険料から手数料などを引いた残りのお金」だからです。

 また、将来の受取額が決まっているのは外貨での払戻額です。円で受け取る時の額面は、為替レート次第なので誰にも分かりません。
 つまり、確実なのは、契約初期に多額の手数料を引かれ、(高い利率が適用される外貨ベースでも)一定の元本割れ期間が生じることくらいなのです。本来「将来の払戻額はあてにならないのに多額の費用がかかる。運用目的での利用は愚行」と判断しなければならないのです。

 「預金より確実にお金が増える手段があるといい」という願望が、商品の評価に影響している例だと思います。提案書などを見る際は「自分に都合がいい情報ばかり見ていないか?」と自問する必要を感じます。

3 今、解約すると損だから、やめたくない

 「今、解約すると損が大きいので、払戻率(解約時の払戻金額÷既払い保険料総額)が100%になるまでやめたくない」――加入中の保険について、継続の是非を考える際、警戒したいのが「サンクコスト(埋没費用)」です。「これまでに払った保険料」が判断に影響しやすいのです。

 例えば、2年前、ある国内生保の「変額個人年金保険」に加入した40代男性は、毎月4万円強の保険料負担が重いので解約を検討しています。
 ただし、2年間に払った保険料総額は約100万円で、「今解約すると払戻金は約60万円。40万円も損が出るので決断が難しい」と言います。営業担当者が提示したシミュレーションでは、7年後に払戻率が100%になるので「それまで我慢しようか」と迷うのだそうです。

 お気持ちは分かるつもりです。しかし、「これからのお金の増え方」だけで決めるのが賢明です。手数料など、すでに他人の口座に入ったお金は戻ってこないからです。

 この先、数年でも100%未満の払戻率が続くような場合、「マイナス金利での運用を続けるのと同じ」とみて、「これまでいくら払ってきたか」とは関係なく、「解約」あるいは「払い済み」にするのが正解なのです。

 (「払い済み」にすると、以降の保険料支払いはなくなり、保障額が小さくなった契約が継続します。その後、いつ解約しても相応の払戻金があります)

 中途解約関連では、お金の問題を合理的に扱うべきなのに、いつのまにか「気が済む」ことが目的になりがちです。マイナスが生じていても「今後、不利な契約を継続しないで済む、早く気がついて良かった」と考えてほしいと思います。

順調にお金を増やしているつもりが、思わぬ結果を招くことも(Pictrider/Shutterstock.com)
順調にお金を増やしているつもりが、思わぬ結果を招くことも(Pictrider/Shutterstock.com)

 以上、3つの例をご紹介しました。行動経済学は人の判断に関する歪(ゆが)みを教えてくれますが、保険の場合、「不安」やお金に関する「損得」も絡むので、より判断が難しくなるようです。
 それでも、正しい判断は意外に簡単にできると思います。立ち止まって「常識で考える」だけで、解消できそうな問題が多いからです。

 例えば、保険販売に携わる人たちに運用関連の相談をすると、保険商品を優先的に案内されます。ファイナンシャルプランナーの有資格者でも、販売に関わっている限り「手数料が高いのでダメです」といった助言は期待できません。

 このようなことは、専門知識などなくても、相談相手の収入源を想像すると分かるでしょう。常識で「彼らのおススメは、彼らの取り分が多いのでは?」と警戒できるはずなのです。

 私は、仮に「安全確実にお金を増やせる方法」がある場合、一般の個人ではなく、保険会社のような機関投資家に優先的に案内されるだろうと考えています。

日経ビジネス電子版 2021年10月26日付の記事を転載]

「医療保険やがん保険は、ギャンブルより損が出やすい」「貯蓄性がある保険は、お金が増えにくい」――。

「高額商品」であるにもかかわらず、生命保険はその中身が分からない「ブラックボックス」だ。保険の有料相談を行う保険コンサルタントである後田氏が、具体的な商品を取り上げながら、生保のカラクリを明らかにして好評を博した同名書の最新版。「結局、その保険に加入するのは得なのか?」が分かり、「いつの時代にも通用する根本的な保険との付き合い方」を学ぶことができる1冊。

後田亨(著) 日本経済新聞出版 1650円(税込み)