生命保険のセールストークやキャッチコピーは、人々の不安を喚起する一方で、突っ込みどころも多い。後田亨氏の著書『生命保険は「入るほど損」?!<新版>』にある3つのキーワードを意識すると、大半の情報を無視できる。以下、具体的な事例なども含め、ご紹介する。
生命保険のセールストークやキャッチコピーは「ストーリー性・不確実性・緊急性」の3点から見るのがお勧めです。無理筋の論法が常用されているからです。以下、具体例を挙げていきます。
ストーリーに無理がある
まず、ストーリーに無理があります。「一生涯の保障があれば老後も安心」と考えがちですが、入院リスクなどが高まる老後の保障を、手ごろな保険料で得られるわけがないからです。
「安い保険料で加入できるので、若いうちから一生涯の保障を持っておきたい」と考えるのも間違いです。契約が長期になるほど、保障内容の「不確実性」が高まるからです。実際、1980年代の「がん保険」に加入していた人が、2000年代にがんに罹(かか)り「給付金が1円も出なかった」例があります。
入院と死亡保障は高額でしたが、診断時の給付金はない契約だったので、医療の進化により通院治療で済んだケースでは役に立たなかったのです。
さらに、現役世代にとって老後の保障は「緊急性」も下がります。常識で考えても「遠い将来のリスクに過不足なく備えるのは無理」なのです。
「引き受け基準緩和型」と呼ばれる保険のコピーです。ストーリー性に疑問があります。保険加入は目的ではないはずだからです。また、健康状態に問題があっても加入できる保険の場合、それなりの保障でも保険料は割高です。
例えば、売れ筋の医療保険に60歳男性が加入する場合、入院日額1万円、手術給付金10万円といったプランで、年間保険料は約12万円に達します。
複数の保険数理の専門家によると、医療保険の保険料には保険会社の経費や給付を高めに見込んでおくことで余るお金が30%程度は含まれているそうです。
専用口座に12万円入金すると4万円ほど手数料が引かれる仕組みと見られるのです。お金の心配をしている人が頼りにしてはいけないと感じます。
私たちは誰もが「持病があっても一生涯保障が続く」健康保険に加入しています。それは高齢者や低所得者の負担が低い保険でもあります。「とっくに最良の保険に加入済み」と認識していいはずなのです。
常識で考えてあり得ない
常識でストーリー性にダメ出しできると思います。がんに罹る人が少ないほうが、安い保険料で手厚い保障を得られるはずだからです。
「保険金の支払いが多くなりそうな保険を積極的に薦めるのはヘンだ。CMの費用を負担するのは誰だ?」といった疑問が浮かんで当然なのです。
ある保険会社でがん保険の商品設計を手掛けてきた人によると「がんは基本的に高齢者の病気なので、確率論が働きやすく高い収益を見込める商品になる」そうです。
要は、保険会社にとってずいぶん余裕がある、顧客側から見るとかなり割高な保険料設定になっているのです。
たしかに、診断時に給付金を受け取れるプランを選べる複数の商品で試算したところ、おおむね「100万円の受給権を200万~300万円で買うような仕組み」と見られました。
保険会社の人たちは、不安に駆られた人は保険加入に前のめりになると認識していて、あえてストーリー性に難がある情報を流布しているのかもしれません。
例えば「現状、要介護状態になっても、公的介護保険制度のおかげで費用の負担は1割で済みます。ただ、今後は2~3割もあるかと思います」などと、自助努力を促す話法です。
雑なストーリーだと感じます。「公的保険の今後」と「民間の保険商品の品質」には何の関係もないからです。
もともと保険の仕組みは、給付が多発しやすい老後の保障には不向きです。また緊急性の問題もあります。例えば健康保険で、医療費の自己負担割合が突然10%から50%になるような制度変更はなされないと思うのです。
現時点で、公的制度における自己負担費用が緩やかに増えていく見通しであっても「(負担増に備える)準備期間はある」という認識でいいはずです。
やはりストーリーが粗い例です。「健康寿命の根拠」が怪しいからです。厚生労働省が行っている「国民生活基礎調査」の結果から算出されていますが、調査票をダウンロードして確認すると分かります。
例えば「あなたは現在、健康上の問題で日常生活に何か影響がありますか」という質問には「ある・ない」のどちらかで回答します。あると答えた人は、さらに、日常生活動作・外出・仕事・家事その他の項目で影響がある全てにマルをつけます。
また、「あなたの現在の健康状態はいかがですか」という質問には、「よい・まあよい・ふつう・あまりよくない・よくない」の5つから回答を選びます。つまり、医学的な基準はなく個人の主観・体感次第なのです。
民間の保険が保障するのは、「個人が自覚している健康上の問題や日常生活への影響」ではなく、入院や手術など「保険会社が認める所定の状態」です。筆者は、健康寿命を枕に展開される話に付き合うのは時間の無駄だと思っています。

FPと顧客は利益相反
ある外資系保険会社のホームページから引用しています。ストーリー性と不確実性に問題があると思います。
まず、1社専属の営業担当者に「お客様に最適な生命保険」の提供は難しいはずです。他社に優良品があっても扱えないからです。
また、一生涯、お客様に寄り添えるのかも疑問です。例えば、同社は2016年度から2020年度までの5年間に3328人の営業社員を採用しているものの、在籍者数の増加は1184人にとどまります。営業開始は1988年ですが2020年度末の平均勤続年数は8.8年です。同社に限らず、保険業界の営業職は数年で退社する人が多いのです。
だからといって、勤続年数が長い担当者に頼るのも怖いと思います。商品の選択肢が限られている中「他社に劣る商品でも売れる」力を持っているかもしれないからです。
一般の人は「販売員の説明が不要な保険」を検討するほうが無難に違いありません。
複数の保険会社の商品を扱う代理店が常用するコピーです。ストーリー性に2点、問題があります。
まず、金融機関や代理店に勤務している限り、FPの資格を持っていても、商品などのデメリット情報に触れる機会は少ないと考えられます。販売促進の動機づけが難しくなるからです。
次に無料で相談に対応している大半のFPは、金融商品の販売手数料などを収入源にしています。固定給でも、給与の原資には手数料が含まれている可能性が大きいです。
したがって、相談の場では手数料が高いプランに誘導されやすくなります。彼らはFP資格を持っていても「販売のプロ」にすぎず、顧客とは利益相反の関係なのです。
以上のように、総じてストーリー性に難がある事例が目立ちます。常識で「怪しい」と判断できる例も珍しくありません。読者の皆様が不安を喚起する情報に接した際も、いったん立ち止まって、3つのキーワードに照らしてみていただきたいと思います。
[日経ビジネス電子版 2022年3月29日付の記事を転載]
「医療保険やがん保険は、ギャンブルより損が出やすい」「貯蓄性がある保険は、お金が増えにくい」――。
「高額商品」であるにもかかわらず、生命保険はその中身が分からない「ブラックボックス」だ。保険の有料相談を行う保険コンサルタントである後田亨氏が、具体的な商品を取り上げながら、生保のカラクリを明らかにして好評を博した同名書の最新版。「結局、その保険に加入するのは得なのか?」が分かり、「いつの時代にも通用する根本的な保険との付き合い方」を学ぶことができる1冊。
後田亨(著) 日本経済新聞出版 1650円(税込み)