個性豊かなゲストが出演し、議論が白熱してけんかになることもある「ABEMA Prime」。その進行役が、「アベプラの猛獣使い」として知られる、テレビ朝日アナウンサーの平石直之さん。どんな展開になっても場を仕切れる、圧倒的な瞬発力はどうやって身に付けたのか。あの抜群のファシリテーションの原点には、一冊の本との出合いがあった。
今日、本棚から持ってきたんです。この『話術』は、日常会話をはじめ雑談やスピーチなど、あらゆる場面での話し方の心構えを網羅していて、私のバイブルなんですよ。話し方についてここまで見事に総括していて、的を射た理論が展開された本はきっとほかにないでしょう。
世に話し方マニュアルはいろいろありますが、はっきり言って内容の薄いものが多いと感じています。「はっきり話そう」「ゆっくり話そう」と言われても、そりゃそうだけどさ、という残念な気持ちにさせられがちで……。いろいろな話し方の本を読んで、同じような思いをしたことのある人には、この本、本当にお勧めですよ。
話し方の本に対する印象が一変するでしょう。著者は、文筆家としても活躍された徳川夢声さん。文章も面白いので、とにかくのめり込んで読めると思います。正直言って……誰にも(特に同業者には)教えたくないほど抜きんでて優れた一冊だと思います。
――大正時代から昭和時代にかけて活動写真弁士、漫談家、俳優、文筆家としても活躍し“話術の神様”と言われた徳川夢声が書き記した「話し方の教科書」。
話は誰にもできるからこそ、上手に話すことは難しい。日常会話では、何を、どう話すといいのか。大勢の聞き手を相手にするときに気をつけておくことは。声の出し方や、「間」の取り方は(どうするといいのか)。お世辞や毒舌、自慢はやりすぎると嫌われる。ほら吹き、知ったかぶりは恥ずかしいなど、人生のあらゆる場面で役立つ普遍的な究極の話し方マニュアルだ――。
私がこの本を買ったのは1999年6月30日です。なぜはっきり分かるかというと、以前は奥付のところに、購入した日付を書く習慣があったからです。
当時、私は25歳で、入社2、3年目のころ。常々自分の話し方を模索していたときで、よさそうなマニュアル本を探しては読んでいました。そのマニュアル本探しも、この本と出合ってやめました。これを上回るものはないだろう、と思えたからです。
自分の話し方を模索していたときに読むことができて、本当に幸運だったと思います
この本は、ビジネスパーソンの皆さんにとっては、プレゼンやスピーチでの話し方に大いに役立つところがあると思います。ちなみに、本の中に「演説心得六カ条」というものがありまして。
第2条 聴衆の状態によって、言語態度など変通自在に加減する。
第3条 場所の状況如何によって、臨機応変たること。
第4条 自分性来の声、すなわち地声をよく鍛錬すること。
第5条 会場の広狭、聴衆の多少によって、声の調節を計ること。
第6条 聞かせるのが半分、観せるのが半分と心がけること。
(『話術』徳川夢声著/新潮文庫)より抜粋
いかがですか。どれも実践的なハウツーに落とし込まれているので、自分が人前で話す想定で読むと身に付きやすいと思うんです。
「ファシリ力」の決め手は、間と波
私がアナウンサーとして最も勉強になったのは、「間」の取り方についてです。
著者いわく「話術とはマ術なり」。単に息継ぎや、言葉と言葉の区切りとして一呼吸置くのは「『マ』の中のもっとも初歩のもの」。そうではなくて、「神経を鋭敏に働かせて、レーダーの如く、正確無比に適不適を計るところの『沈黙の時間』」の使い手になってこそ、話に命を与えると書かれていて、なるほど! と感嘆しました。
聞いていて飽きない話というのは「波」のようなもの、という解説にも膝を打つ思いでした。ザーッと押し寄せてきたかと思ったら、サーッと引く。一度として同じ波はなく、嵐になって荒れ狂うときもある。飽きずにずっと聞いていられるのは、波のようであるからだ、と。
相手の話は黙ってジッと聞き入って、自分が主張するところではせきを切ったように話し出したり。かと思えば、ちょっと間を置いてためてみたり。そうした緩急をつけないと、抑揚のないAI音声のようになって、単調で退屈で聞き手に自分の思いや考えは届かない気がします。波と間を意識している人としていない人とでは、話し方に大きな差が出るのではないでしょうか。
この間と波は、ファシリテーターを務める討論型の報道番組「ABEMA PRIME」(通称アベプラ)でも意識しています。
今はあの識者一人の発言を静かに聞く場面、一転してみんなで意見交換する場面、あるいは私と一人の識者が1対1のやりとりをする場面など、全員の発言回数や時間をコントロールしながら、討論全体の間と波を意識しています。うまくいくと、識者たちの気持ちが乗って熱い議論になり、視聴者の人たちからの反応もよい結果に結びつきます。
会議で進行がうまくいかない場合は…
ビジネスパーソンの皆さんが参加されるミーティングや会議では、全体の間や波まで意識する必要はないのかもしれません。でも、プロジェクトを前に進めるために、共感を生み出していくファシリテーターのような役割を担う人がいるかどうかで、結果が違ってくる(ということはあるんじゃないか)と思うんです。
会議では、お互いの意見を有意義に交わし合わなくてはいけないのに、なぜか会話のキャッチボールが成立しなかったり、保身に回って自己満足するだけの発言で終わらせてしまう人が出てきたり…。そういうとき、クッションになって間をつなぐことができる人がいたらいいですよね。
もし進行を任されたけどうまく仕切れない、なかなか有意義な話し合いにならない、という場合は、次の3つを念頭に置いてみるのはいかがでしょうか。
- 「準備力」で“芯を外さない進行”のイメージを固め、
- 「聞く力」で軌道修正しながら議論を深め、
- 「場を作る力」で会議の成果を出し、チームの活性化させる。
これは、常日ごろ私が実践していることで、拙著 『超ファシリテーション力』(アスコム) で、平石流ファシリテーションとして紹介したポイントです。ファシリテーターとは円滑なコミュニケーションを促す人とイコールで、ミーティングや会議ではもちろん、チームや組織にも必要不可欠な存在なんですよね。
リーダーがファシリテーター役を担うことができたらいいかもしれませんが、何事にも向き不向きがあるように、ファシリテーターにも向いている人とそうでない人がいることも事実です。そんなときは、チーム全体の中から、適任者を立てればいいと私は思います。仕事はチーム戦ですから。
みんながファシリテーターになることを目指す必要もないんです。企画力や営業力でチームをサポートすることも重要な役割です。それぞれの能力を適材適所で発揮するチームをつくるために、誰がどんな役割を担うのかをみんなが意識することが大事なんだと思います。
私自身も、もともと積極的に人前で意見を言ったり、場を仕切ったりするタイプはありませんでした。できなかったからこそ気づいたこと・見えてきたことが多く、どうしたらできるようになるかを考え抜いた結果、独自のコツを編み出すことができたように思います。
取材・文/茅島奈緒深 写真/鈴木愛子