アラバマ大学のゴルフ部で主将を務め、プロゴルファーになるのが夢だったランディ・クラーク。しかし、プロテストに1打差で合格できず、弁護士の道を選んだ。ランディの息子が白血病で亡くなったとき、彼には助けられなかった後悔と莫大な借金が残った。借金返済のために自殺を決意するランディ。そんな彼の前に、幽霊となった元プロゴルファーの友人から遺言めいた謎の言葉が届く。「君に4人のヒーローとの4つのラウンドを贈る」と。ゴルフを題材にした小説『ゴルファーズ・キャロル』を紹介する。

前編 「プロゴルファーになる夢を絶たれた男の再生物語」

レジェンドたちとの不思議なゴルフレッスン

 家族を救い、将来のために自らの命を絶とうとしていたランディ・クラーク。『 ゴルファーズ・キャロル 』(ロバート・ベイリー著/吉野弘人訳/小学館/2021年刊)の主人公は死のうと思っていた日の前日、幽霊から誕生日プレゼントを受け取ることになる。幽霊はランディの大学ゴルフ部の先輩で、プロゴルファーのダービー・ヘイズ。彼はその日、酔っ払い運転で事故死を遂げていた。

『ゴルファーズ・キャロル』(ロバート・ベイリー著)。著者のロバート・ベイリーはゴルフやスポーツものを書く小説家ではない。アラバマ大学ロースクールを卒業後、弁護士として活躍。2014年にこれまでの経歴を生かし、法廷ミステリーを書き出し、最初の一冊となる『ザ・プロフェッサー』がヒットした
『ゴルファーズ・キャロル』(ロバート・ベイリー著)。著者のロバート・ベイリーはゴルフやスポーツものを書く小説家ではない。アラバマ大学ロースクールを卒業後、弁護士として活躍。2014年にこれまでの経歴を生かし、法廷ミステリーを書き出し、最初の一冊となる『ザ・プロフェッサー』がヒットした
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 贈り物は4人のヒーローとの4つのラウンドである。どんなヒーローが現れてどんなラウンドを行うのか? それがどんな意味をもたらすのか? おそらくそれがランディの自殺を防ぐことになるだろうと読者は想像がつくわけだが、目の前の借金地獄から逃れ、保険金で家族を助けようとしているランディには皆目見当もつかない。しかし、贈り物の箱の蓋はすぐにも開いてしまうのである。

 4人のヒーローの1人目はボビー・ジョーンズだった。やはり昔のヒーローだったかと読者は思うだろう。幽霊が出てくるところから現実的ではないし、ならば歴史上のヒーローが出現してもおかしくない。史上初めてグランドスラムを成し遂げた本物のヒーローはランディに己の教訓を示唆する。

 彼は若いときはとてつもない癇癪(かんしゃく)持ちで、ゴルファーとしてやってはならないことをやったと後悔する。自分は天才でも何でもなく、その短気を克服してマインドコントロールできるようになったからこそ、偉業を達成できたと語るのである。ジョーンズは「自分に負けないためにセルフコントロールを学び、実践せよ」とランディに告げて消えてしまう。

 しかし、こんなことではランディの自殺願望は止まらない。続いて現れるヒーローが、鉄人ベン・ホーガンである。ホーガンが子どもの頃に直面した信じ難い不幸のシーン、さらには再起不能といわれた交通事故から復活優勝を遂げたシーンがランディの前に現れる。ホーガンがランディに言いたかったのは、「大きな逆境に直面しても復活力を発揮せよ」ということ。どんな不幸が訪れようが人間は回復できる、その力があるという教えだった。

 自殺の機会を逃したランディの心は徐々に変わっていく。3人目のヒーローはゴルフ界のキング、アーノルド・パーマーだった。実現不可能と思われた全米オープンの大逆転劇をランディは目撃する。そして、自家用機を操るパーマーも。パーマーからランディは、自分を信じることがどれほど大事なことか、苦手を克服することがどれほど自分の可能性を広げることになるのかを学んだ。パーマーの教えは「信念を持つこと」であった。

最後のヒーローはレジェンドではなかった

 そして最後のヒーロー。それはゴルフ界のレジェンドではなく、自分の父であった。「誰もがヒーローになれるわけではない」と語り、ランディの夢を奪ったまま死んだ父。そんな父が幽霊となって現れ、若きランディとラウンドする。その頃、親子はゴルフをよく楽しんでいた。息子は父を愛し、尊敬していた。それがあるときから変わってしまったのだった。

 幽霊の父にはプレーのパートナーが息子であることが分からない。それはランディが父を許していないせいだった。2人は打ち解けないままラウンドの終盤を迎える。そこでランディが放った質問から、とうとう父は「自分が誤ったことを息子に忠告した」と告白する。「息子に確実な人生を歩ませたかったのだが、それが息子の情熱を奪った」と。ランディはこの言葉で初めて父の本心を知り、父を許した。そして、まだわだかまっていた自分を許したのである。

 父親と和解できたランディから、もはや自殺願望は消えたといっていいかもしれない。それが決定的となったのは、現実世界に戻ってから目の前で起きた出来事だった。1986年のマスターズで、帝王ジャック・ニクラウスが46歳という年齢で見事な逆転優勝を達成したことである。若く威勢のいい才能あふれる若いゴルファーたちを相手に、ニクラウスは誰もが不可能だと思えた優勝を成し遂げたのだから。ランディは妻に、「息子が死んだあと逃げていた」と語り、謝罪した。この一言で冷め切っていた夫婦の関係が戻った。愛していたのに死のうとしていたなんて。それは父に対しても同様だった。

 ランディの自殺の意思は完全に消え、自殺以外の解決方法を模索し始める。未来に向かって歩みを進めていこうと決意するのである。憧れの先輩が贈ってくれたギフト、4人のヒーローとの4つのラウンドは、人生に希望を失ったランディを立ち直らせた。それもジャック・ニクラウスという現実のヒーローがダメを押してくれたのである。

 『ゴルファーズ・キャロル』の話はこれでおしまいとなるわけだが、アラバマ大学で法律を勉強して弁護士となり、その後、作家としても活躍して法廷ミステリーを主軸に書いてきたロバート・ベイリーはなぜゴルフの物語を書いたのか。

 ベイリーはアラバマ大学でゴルフ部には所属していなかったようだ。しかし、父や弟とゴルフをよくしていたようで、ゴルフ好きであることは間違いない。しかも、父が年老いた2015年に、弟と3人で偉大なるヒーローがいたゴルフコースでプレーする旅を実践しようとした。

 そのゴルフコースとは、ジョーンズが育ったジョージア州のイーストレイク、ニクラウスのホームコースであるオハイオ州のサイオート、ホーガンが創設したテキサス州のシェイデイ、そしてパーマーがゴルフを習ったペンシルベニア州ラトローブである。

 実際には父が病に倒れたため、イーストレイクしかプレーは実現できなかった。しかしこのゴルフ旅の計画を基に、父と子の小説を書きたいとベイリーは思い立ったのである。それも父が2017年に他界し、妻ががんに侵されて手術を受けたことによってその意思は固まり、2019年にこの小説ができあがったのだ。

「人間は決して希望を捨ててはいけない」

 この『ゴルファーズ・キャロル』は、ゴルフが好きな人にとって、ジョーンズやホーガン、パーマーなどの逸話が随所で楽しめるし、ゴルフをやったことのない人でもゴルフというスポーツが人生の苦境から立ち直れるきっかけとなることを知ると思う。それはゴルフがあまりにも人生に似ているからである。

 思い通りにはいかないゴルフだからこそ、歯を食いしばって立ち上がらなくてはいけないことを悟るのだ。そして、そのことが明るい未来をもたらすであろうこと、とても味わい深く楽しい出来事にもなるということを知るのである。著者のベイリーもそのことを痛感しているからこそ、ゴルフもので、「人間は決して希望を捨ててはいけない」ということを家族の物語で描きたかったのだろう。だからこそ、私としてはゴルフをしていない人にも読んでもらいたいと思う一冊なのである。

写真/スタジオキャスパー