全米オープンゴルフの練習日2日目の早朝に起きた殺人事件。被害者は前年に全米プロの優勝をこのコースで果たしたロビンソンのキャディ、トニー・ライアン。彼は、18番ホールのピンフラッグに串刺しとなった遺体で発見された。なぜライアンは150年以上も前の伝説となっている騎兵隊長と同じ死に方をしたのか。18番ホールにある「神の木」の祟(たた)りなのか。ゴルフコースを舞台にした奇想と感動のミステリー小説『救済のゲーム』(河合莞爾著)を紹介する。
18番ホールに突き立つ遺体
『 救済のゲーム 』(新潮社/2015年刊)はミステリー作家、河合莞爾(かんじ)さんが書いたゴルフの推理小説である。河合さんは早稲田大学法学部を卒業後、出版社に勤務しながら小説を書き、2012年に横溝正史ミステリ大賞を受賞、受賞作は鏑木特捜班シリーズの『 デッドマン 』(角川文庫)、翌年に同シリーズの『 ドラゴンフライ 』(同)、さらにその翌年に『 ダンデライオン 』(同)を続々と刊行。他にカンブリアシリーズがあり、強烈なキャラクターと巧みな謎によってミステリーファンを多く獲得している。
そんな河合さんがなぜにゴルフのジャンルでミステリーを書くことになったのか。早稲田大学ゴルフ部にいたのか、優れた腕前の作家なのか、読み出してからこちらも私にとってはミステリーとなった(この答えは後で分かったが)。
さて『救済のゲーム』だが、どんな話かというと、全米オープンを震撼(しんかん)させた猟奇的な殺人事件である。本書に記載はないが、全文を通じて私が推測するに2014年の全米オープンが舞台ということになる。記載されていないのは事実と違うことが小説上で行われたからである。
そして、この小説上のその年の全米オープン練習日初日が終わった翌火曜日の早朝に、ピンに串刺しにされた遺体が見つかるわけである。それも遺体はあおむけで18番グリーンのカップに突き立っていた。しかも雷に打たれた丸焦げの焼死体である。この殺人事件によって、警察はホテルに泊まる選手や大会関係者を缶詰めにし、事件が解決しなければ、100年以上もの歴史を誇る伝統ある全米オープンの開催を中止させるとしたわけで、これまた一大事である。
なぜそんな猟奇的な殺人事件が起きたのか。その伏線として、小説の冒頭にアメリカ大陸に渡ってきた白人が1851年夏、アメリカ先住民を虐殺した事件が紹介される。村人を皆殺しにして家に火を放ったのだが、その騎兵隊の隊長が「神の木」と呼ばれる大木に登り、隊旗を掲げようとした瞬間、雷が落ちた。隊長は木柱に落下、黒焦げとなったまま串刺しになったわけである。畏れ多き大木に登った報いだと話は伝説化していく。やがてその地は開発されて一大リゾートとなり、「神の木」をシンボルとするゴルフコースが誕生するわけである。
18番ホールの「神の木の祟り」か
そのコース、ホーリーパインヒル・ゴルフコースで全米オープンの前年に全米プロが行われた。優勝したのは偉大なるゴルファー、ニック・ロビンソンである。御年54歳。前人未踏のPGAツアー83勝と四大メジャー通算20勝目を12年ぶりの優勝で達成したのだ。しかしこの優勝には秘密が隠されていた。大詰めの18番ホールでロビンソンはティショットを「神の木」の方角に曲げ、球を探しても見当たらず、キャディのトニー・ライアンが「神の木」に登る暴挙を行ったのである。幸いにしてボールはロープ際にいたギャラリーが見つけて事なきを得たように見えたのだが。
そしてその翌年、同じゴルフコースで全米オープンが開催されることになっていた。ニック・ロビンソンは全米プロ優勝直後に引退していたが、ゴルフ殿堂入りのセレモニーとゴルフ雑誌の取材で現地を訪れていた。ちなみロビンソンはジャック・ニクラウスを彷彿(ほうふつ)とさせる選手であり、そのものと言ってもいい感じである。というのも、1940年生まれのニクラウスとロビンソンは同じ歳。髪の毛や背格好、スイングまでもそっくりである。ちなみに本書にはタイガー・ウッズそっくりのタッド・スタンガーやフィル・ミケルソンとうり二つのサミー・アンダーソンも登場する。他にも様々な選手が登場するが、そのモデルとなった選手が誰なのかを推測するのも面白い。
そして、この物語には想像上の大事な登場人物が登場する。日本人の血が流れているジャック・アキラ・グリーンフィールド。ハーバード大学で進化心理学を学んだ秀才で、ゴルフ理論に詳しく、ゴルフを始めてわずか1年で過酷な全米オープンの予選を勝ち上がって本選出場を成し遂げた、20代前半のPGAツアールーキーである。細身で並の身長ながら絞り上げられた筋肉でかっ飛ばし、すべてのホールでバーディ・イーグルを奪うことを目標とする若者だ。ジャックはティムというでっかいキャディを相棒として、全米オープン優勝をもくろんでいた。しかし、予期せぬ殺人事件が起きて、頭の良さとゴルフの経験を見込まれて敏腕刑事から捜査協力を依頼されるのだ。
その殺人事件。全米オープンの練習日2日目の早朝に起きた串刺し事件だが、被害者は昨年全米プロの優勝をこのコースで果たしたロビンソンのキャディ、トニー・ライアンであった。なぜライアンは150年以上も前の伝説となっている騎兵隊長と同じ死に方をしたのか。それは「神の木」の祟りなのか。しかもその翌日には海岸で流木に串刺しとなった男が見つかった。その男は誰なのか。串刺しという死に方が同じである以上、この2つの事件はつながっているのか。殺人者は一体誰なのか。何の目的があってこんな殺人を犯したのか。謎は深まるばかりであった。
(後編に続く)
写真/スタジオキャスパー
