笑いあり、エスプリあり、涙あり――。ゴルフに憑(つ)かれた愛すべき人々の珍談・奇談・美談が満載。ゴルフがますます好きになる、41の物語を収録。「読めば読むほどうまくなる『書斎のゴルフ』」連載第2回は、名コラムニスト・夏坂健氏の作品を紹介します。プレーするより面白い、これぞ究極の「読むゴルフ」!

名コラムニストが贈る「心のレッスン書」

『ゴルフがある幸せ。』(夏坂健著/単行本版)。「読むゴルフ」のジャンルを確立した名コラムニスト・夏坂健氏が贈る、極上の物語41篇(写真/スタジオキャスパー)
『ゴルフがある幸せ。』(夏坂健著/単行本版)。「読むゴルフ」のジャンルを確立した名コラムニスト・夏坂健氏が贈る、極上の物語41篇(写真/スタジオキャスパー)
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 夏坂健氏というゴルフの名コラムニストがいた。1935年に横浜で生まれ、通信社の特派員を経て雑誌編集者となり、その後、料理ライターをしていた。趣味はゴルフだった。シングルハンデの腕前で競技ゴルフも楽しんでいたが、あるとき、趣味を実益にしたいとゴルフライターになった。それも自分が好きな古きよきスコットランドのゴルフを題材にしたエッセイを書き始め、「読むゴルフ」の道を切り開いた。

 大英図書館でゴルフの本をあさり、スコットランドでゴルフを楽しみながら図書館通い。豊富な資料から面白そうなネタを拾っては夏坂節を効かせたショートエッセイに仕立て上げた。

 「へえーっ、スコットランドの王様や女王がこんなゴルフをしていたのか?」「スコットランドの貴族はこんなプレーを楽しんでいたのか?」などなど、私たちが知らない事柄が落語家の小咄(こばなし)のように語られるのだからゴルフ好きにはたまらない。電車の中で読み、思わず声を出して笑ってしまい、周囲の目を気にすることもある。

 あまりに出来すぎ、眉唾物じゃないの? という話もある。話のネタ元となる出典がまったく明らかにされていないので、そう思う正しきゴルフ評論家も結構いたが、夏坂氏はまったく気にしていないようで、湧き水のごとく面白話が量産された。「サンデー毎日」「ゴルフダイジェスト」「週刊現代」「日本経済新聞」などに次々と連載され、それが本にまとまっていく。

 その絶えない情熱はどこから来るのかと思われるほどで、およそ10年間のゴルフエッセイ執筆期間で、単行本がおよそ20冊、文庫は16冊もあり、本人が亡くなったあとも新書などが刊行されている。それもこれも楽しい夏坂氏のゴルフエッセイに魅せられる人が後を絶たないからだろう。

 無謀なほどのラウンド量をこなしながら、ネタの資料集めや膨大な原稿執筆に精を出し、さらに自分のファンを集めた「地球ゴルフ倶楽部」の人たちと日本各地、世界中のコースを巡る旅から旅。小柄ながらも格闘家のような筋骨隆々の肉体で体力には自信があったが、とうとう内臓を患った。48歳のときに心筋梗塞となり、心拍停止となったが、電気ショックにより一命を取り留める。再び執筆活動に励んだものの、疲労が蓄積し、再び心臓がやられて2度の手術むなしく65歳のときに永眠。2000年1月19日のことだった。

 今回紹介する『 ゴルフがある幸せ。 』(日経ビジネス人文庫/2015年1月刊。単行本版は2004年2月刊)は夏坂氏が亡くなる少し前の1998年5月から1999年3月まで「週刊現代」で連載された「地球ゴルフ倶楽部通信 夏坂健のナイス・ボギー」をまとめたものである。そこでは風光明媚(めいび)なスコットランドのゴルフコースやそこでプレーする愉快なゴルファーたちがいきいきと描かれているが、最後のほうのエッセイは自身の病状や手術のことが書かれている。そこにはまだまだゴルフがしたい、ゴルフエッセイを書きたいという気持ちと共に、多くのことはもうやったといったすがすがしい思いもあるように感じた。その気持ちが本のタイトル、『ゴルフがある幸せ。』に表れている気がしてならない。

『ゴルフがある幸せ。』(単行本版)の表紙には、夏坂氏の直筆による書名と、著者サインが入っている。イラストは、夏坂氏と親交が深かった村上豊氏のもの。本文にも読者を楽しませてくれるユニークな挿絵がたくさん入っている
『ゴルフがある幸せ。』(単行本版)の表紙には、夏坂氏の直筆による書名と、著者サインが入っている。イラストは、夏坂氏と親交が深かった村上豊氏のもの。本文にも読者を楽しませてくれるユニークな挿絵がたくさん入っている
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夏坂健氏(写真/『ゴルフがある幸せ。』より)
夏坂健氏(写真/『ゴルフがある幸せ。』より)
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夏坂 健
(なつさか・けん) 作家。1935年横浜生まれ。35年間シングルを維持し、北極圏から南米チリまで世界中のグリーンを席巻。それまで「自分でやるゴルフ」と「テレビで見るゴルフ」の2種類しかなかった日本に、「読むゴルフ」の分野を切り開いた。著書は『ゴルフを以って人を観ん』『昭和天皇のパター』『ナイス・ボギー』『ゴルフの神様』『ゴルフへの恋文』など多数。2000年逝去。

笑いあり、エスプリあり、そして涙あり

 『ゴルフがある幸せ。』の具体的な中身についてご紹介していこう。本書はトーナメントに擬して4日間の4章に分かれ、それぞれ10篇(4日目だけ11篇)のショートエッセイが詰まっている。どれもこれも楽しい珠玉の物語だが、まずは1日目(第1章)の「奥義」からピックアップしてみたい。

 冒頭は「アッラーの神の思し召し」の見出しで、砂漠の国、サウジアラビアから全米オープンの予選会にやってきたプロゴルファーのことが書かれている。「ムハンマッド・イヴン・ヘジャズ・アブドゥル・ファナイザ」なるあまりに長い名前に大会役員が驚き、スコアボードに名前が入るよう、どのように略すかという小咄である。長い単行本の最初は重いパンチよりも軽いジャブがよろしかろうといった編者の気遣いが感じられる1番スタートだ。

 「いい加減こそ良けれ」はゴルフにはまった国文学者と夏坂氏とのやりとり。打てば打つほど混乱の極みとなるゴルフの正体を教えてほしいという国文学者の便りに夏坂氏が兼好法師の『徒然草』をもじって回答する。夏坂氏の教養の深さと一流のユーモアが相まっての珍回答に思わず笑ってしまった。どんな文章かは読んでいただくに限る。

 「0.5秒のパニック」は突然ゴルファーに襲いかかる厄介な菌、夏坂氏が名付けた「セルフ・ダウト菌」のお話。どんなゴルファーも感染する恐ろしい菌で、世界のトッププロも決して免れない。犯したミスショットに自分を疑い出してついにはスイングが壊れてしまう。あなたもきっと経験があるに違いない。

 「麗しき決闘の美学」は、ゴルフはマッチプレーがそもそもの競技方法であることを思い出させてくれる。つまり、「ゴルフは決闘」であるという趣旨の話。1対1の決闘ゆえに正々堂々と戦わねばならない。武士道、並びに騎士道の精神が宿るのがゴルフであるということ。

 このゴルフの精神はストロークプレーになった今も脈々と受け継がれなければならないわけだが、集団で争うとルールが複雑になる。1対1ならば、お互いが認めればどんなことでもそれでよし。複雑なルールなどいらない。相手を尊重する心があればそれで良いわけで、このコラムを書く私はいたく感じいってしまった。これからライバルとはマッチプレーで闘おうと思った次第である。

 それだけに「退役大佐が吠(ほ)えた日」の話は納得がいった。その大佐はゴルフの試合は太古からの2つのルールで十分と言うのである。

「自分の有利に振る舞わない」
「あるがままにプレーする」

 マッチプレーならばそれだけで十分。集団のストロークプレーでもその2つのルールで良いではないかと大佐は吠えたわけである。それこそゴルフは紳士の矜持(きょうじ)で成り立つというわけである。

(後半に続く)

日経ビジネス人文庫『 ゴルフがある幸せ。
プレーするより面白い。これぞ究極の「読むゴルフ」!

50歳を過ぎてゴルフにはまった国文学者の懊悩(おうのう)。セルフ・ダウト菌にすみつかれたハンサムなプロの悲劇。夫君が殺されてもマッチプレーに明け暮れた女王――。ゴルフに憑(つ)かれた古今東西の名人、達人、奇人たちによる歓喜と狂気のドラマが満載。

夏坂健著/日本経済新聞出版/935円(税込み)