ゴルフには三つの楽しみがある。一つ目はやる楽しみ。二つ目は見る楽しみ。そして三つ目は読む楽しみである。「書斎のゴルフ」連載第2回は、名コラムニスト・夏坂健氏の作品を紹介します。ゴルフ書愛好家「アームチェアゴルファー」のための、プレー前夜、オフに読みたい珠玉のゴルフエッセイ集。
読んで楽しむベッドサイドブック
ゴルフには三つの楽しみがある。一つ目はやる楽しみ。二つ目は見る楽しみ。そして三つ目は読む楽しみである。ゴルフの本は海外ではベッドサイドブックと親しまれていて、寝る前にベッド脇に置いたゴルフの本をちょっと読むとぐっすり眠れるというわけだ。まさに夏坂健氏の本はベッドサイドブックである。ゴルフ本を読む人を「アームチェアゴルファー」と呼ぶが、夏坂氏の本でその楽しみを大いに享受した人は多かったに違いない。もちろんこのコラムを書いている私もその一人である。
前編から紹介している夏坂氏の『 ゴルフがある幸せ。 』(夏坂健著/日経ビジネス人文庫/2015年1月刊)は「アームチェアゴルファー」にとって面白い小咄(こばなし)がたくさん載っている一冊である。前編では41篇ある小咄を4日間に分けた1日目(第1章)「奥義」にあるいくつかの話を紹介したが、この後編では2日目(第2章)以降の話を紹介しよう。
2日目は「機知」と名付けられていて、夏坂氏が瞠目(どうもく)した英国の人々とコースの多くにスポットが当てられている。最初の「アウフ・ヴィーダーゼーン」は世界大戦で英国の捕虜となったドイツ兵の話。スコットランドの田舎町の人々は情が厚く、捕虜たちもその温情に労働奉仕で応えたという美しい話。「アルキメデスの末裔(まつえい)」は、パットの天才、ジャック・バーク・ジュニアの話で、夏坂氏は狙い打てるのは理論でなく天性のものだと述べている。「ハーフの天才」は最初のハーフだけしか集中力がもたないゴルファーの話。私の友人にもいる。こちらは最初のハーフでランチとビールを賭けるからだが。
目にも麗しいコースが登場するのは「奇跡の証人」で、ここではアイルランド屈指のリンクス「トラリー」が登場。平坦(へいたん)なところはティーグラウンドだけという恐竜の内臓のような不気味なコース。すべてのホールが難所だらけで、「無垢(むく)なる残酷」と呼ばれるこの「トラリー」で、なんとホールインワンとアルバトロスを1ラウンド中に達成した人の話だ。
「私の助っ人は超ド級①」の舞台は、アイルランドの「キラーニー・ゴルフクラブ」。アガサ・クリスティが「地上最高の楽園」と呼び、その美しさは「妖精の憩いの場」と讃(たた)えられている。その②では、英国史上最高の女性ゴルファー、ジョイス・ウェザレットをまったく知らずにミックスダブルスのパートナーにしてしまった若いゴルファーの秘話である。
3日目(第3章)は2日目と打って変わってゴルフジョークの小咄が百花繚乱(りょうらん)。「19番ホールの場外乱闘」では、妻の葬式の日にもゴルフをしている夫の話。男性の大事なところにハリエニシダのトゲが刺さった馬鹿話。さらに未亡人や女性ゴルファーの艶(つや)話も事欠かない。夫を変えたり浮気をしたり、女性たちの笑い話は絶えない。私が思わず声を出して笑ったのは「あなたが日曜日にゴルフをしないで家にいるなんて、びっくりして死んでみせるわ」と言った妻に対し、「だったら今日は家にいよう」と言った亭主の一言だ。
「笑いの天才たち」では牛ふんを持ち歩き食べ物をせびるキャディー、けんかして自分の耳を捜す男の話などで抱腹絶倒。ブラックジョークあり、ピンクジョークありは、噺家(はなしか)、夏坂健の真骨頂である。
4日目最終日(第4章)「希望」では、経験豊富なゴルフライターでも知らない「ちょっといい話」が満載である。「短い鉛筆の終焉(しゅうえん)」は赤星六郎に習ったという南郷三郎の逸話。「苦悩する王子様」は今や国王となったチャールズ皇太子のゴルフ習得話。どんなゴルフだったかを検索していた私は美しいキャサリン妃の見事な空振り写真を発見。夏坂氏のエッセイからお宝写真を見ることができた。
「ドラコン少年と伯爵」は視力の乏しい少年が史上初のドラコン大会で優勝、賞金で目を治療して船舶王になった話。「ボギー大佐の苦笑」は英国ではボギーと呼んでいたスコアが、なぜアメリカでパーと呼ぶようになったかで、この逸話は私も知らなかった。
「クラブの森に遊ぶ」はアンティーククラブのお話。「クラブのストラディバリウス」と呼ばれる名器があることや、各クラブの名称の由来、クラブの発展史にまで及ぶ夏坂氏の博識の広さをうかがえるものばかり。夏坂氏は言う。「素晴らしいクラブには、歳月を超えた輝きがある。機能的にも研究され尽くされて申し分ない」と。そして、新素材のクラブに狂乱するこの世を皮肉り、トム・モリス翁の言葉で締めくくる。「テクニックを含めて、ゴルフには何一つ新しいものはない」と。この言葉に共感した私は、次のプレーから家宝となっているアンティーククラブ「ケネススミス」のパーシモンでプレーしたのである。
「墓はいらない。著作が墓だから」
さて、夏坂氏は数々の素晴らしいエッセイをのこして2000年1月19日に他界したが、彼を知る仲間たちが、夏坂氏最後の単行本となった『昭和天皇のパター』(夏坂健著/日経ビジネス人文庫/2015年2月刊。単行本版は2004年9月刊)の巻末で追悼の辞を著している。
五木寛之氏は「本当に達意の文章を書く人は、文芸ジャーナリズムの外側にいる」と夏坂氏の文章に感じ入ったという。児玉清氏は夏坂氏が「天然の手袋」と呼んだ素手のゴルフをまねたとエピソードを披露。倉本昌弘プロは「スコットランドのコースを回っているとき、よく夏坂さんのエッセイを思い出した」と語る。黒鉄ヒロシ氏は「ゴルフ資料を当たるといつも夏坂さんがいた」と言い、夏坂氏とは旧知である永井淳氏は「ゴルフの哲人、あるいは賢者の趣があった」と述べている。
他に高橋三千綱氏や山野辺進氏、床ヌブリ氏など著名人の夏坂氏との思い出がつづられているが、この『ゴルフがある幸せ。』や『昭和天皇のパター』の表紙の絵や文中の挿絵を描いた村上豊氏は次のように言った。
「あなたの連載原稿が届くのが毎回待ち遠しくてなりませんでした。あんなにも華麗でしかも辛口の文章が書ける人は、少なくともゴルフの世界では二度と現れないと思っています」
「夏坂健」はペンネームである。「夏は書けん」から付けたという。そんな夏坂氏が亡くなる前に言っていた一言。
「墓はいらない。著作が墓だから」
ならば、今年もまた夏坂本を読んで墓参りしよう。
50歳を過ぎてゴルフにはまった国文学者の懊悩(おうのう)。セルフ・ダウト菌にすみつかれたハンサムなプロの悲劇。夫君が殺されてもマッチプレーに明け暮れた女王――。ゴルフに憑(つ)かれた古今東西の名人、達人、奇人たちによる歓喜と狂気のドラマが満載。
夏坂健著/日本経済新聞出版/935円(税込み)


