ゴルフ場には様々な「祟(たた)り」の伝説がある。有名なものは、マスターズが行われるオーガスタナショナルの12番ホール。世界一難しく有名なパー3といわれるこのホールのグリーンはアメリカ先住民の酋長(しゅうちょう)の墓があったといわれている。これまで多くの名手たちを苦しめたのは、酋長の祟りなのか。今回紹介する河合莞爾(かんじ)さんの推理小説『救済のゲーム』は、ゴルフコースにまつわる「祟り」を題材にした傑作ミステリーだ。
前編 「全米オープンゴルフを舞台にした連続殺人小説『救済のゲーム』」
ファンもうなるゴルフの専門知識
全米オープンで起こった猟奇的串刺し殺人事件がテーマの『 救済のゲーム 』(新潮社/2015年刊)。もちろん小説上のフィクションだが、書かれているゴルフの事柄がとても詳しいので思わず信じたくなる。PGAツアーの機構や全米オープンの予選システムや本戦でのこと、ゴルフの技術理論やゴルフクラブやボールの構造などのテクノロジー、ゴルフコースの設計や進化などの歴史も詳しく説明されている。それらが殺人事件に関わってくるのだから、ゴルフファンも唸(うな)るだろうし、とても勉強になる。さらに進化心理学という学問が事件解決の突破口にもなるのである。こうしたことから著者の河合さんは熱心なゴルフフリークであり、博識な勉強家であることが分かる。
ちなみにネットで河合さんのことを調べてみると、(2015年の情報だが)河合さんは本人いわく、ゴルフの腕前はひどいものらしいが、ゴルフ技術の研究が趣味とのこと。それが今回の優れた作品を生み出したのであろうが、もっと早くこの作品に出会っていれば、私が編集長だった『書斎のゴルフ』にも執筆をお願いしたかった。それだけ河合さんはゴルフに精通しているし、作品はエンターテインメント性にあふれていてとても面白い。
河合さんの趣味は、他にドラム演奏や作曲などの音楽、落語や美術館巡りや料理。この『救済のゲーム』にはそうした事柄は触れられていなかったが、別の小説にはそれらの趣味が大いに反映されていることだろうし、それらが小説に深みを与えることは間違いないだろう。
さて、『救済のゲーム』である。殺人事件の鍵を握る「神の木」の祟りであるが、この「神の木」はこの小説ではカリフォルニア州ヨセミテ国立公園にあるとされる。実際の樹名はブリッスルコーンパインで、世界一長寿な木ということだ。樹齢4000年以上は当たり前で、小説の「神の木」も樹齢4500年だという。白く枯れたような大木で、ねじれ曲がっている異様な形状であり、この木に登った者に祟りがあるというのもうなずける。ネットで検索して写真を見てもらいたいが、この本の表紙に描かれている木がまさしくブリッスルコーンパイン、「神の木」である。
オーガスタにもある「祟り」の伝説
物語は全米オープンゴルフ会場の18番グリーンのピンに串刺しにされた遺体が見つかったことから始まる。それが18番ホール際にある「神の木」の祟りではないかというわけなのだが、実はゴルフ場には様々な祟りの伝説がある。私が知っていることで有名なものは、マスターズが行われるオーガスタナショナル・ゴルフクラブの12番ホール。世界一難しく有名なパー3といわれるこのホールのグリーンは、アメリカ先住民の酋長の墓があったといわれている。墓を潰してグリーンにしたのだ。造成するときにきちんとおはらいをしなければ祟りがあるのは当然かもしれない。
11番から始まって13番までの3ホールは言わずと知れたアーメンコーナーである。選手が思わず「アーメン」と神に祈りを捧(ささ)げるコースの隅っこにある。特に12番ホールはいわくのあるホールだ。1980年には優勝争いをしていたトム・ワイスコフがグリーン手前の池に3度も入れて13を叩(たた)いた。奇跡的な追い上げをモットーとし「恐怖のトム」と選手たちに恐れられていたトムが、恐怖のどん底に突き落とされたホールなのである。2016年には首位を走っていたジョーダン・スピースがこのホールで池に2度入れてトリプルボギーを叩いて首位から陥落。王者、タイガー・ウッズでさえ、2020年にはグリーン周辺のバンカーを行ったり来たりで10打を要した。
こうした名手たちの信じられないミスは、12番グリーンにすむアメリカ先住民の酋長の霊が、その選手のボールをグリーンに乗せさせまいとしたに違いないと思える。自分こそ勇者でありチャンピオンだと思った選手に、それは驕(おご)りだと思い知らせるための罰だと思えて仕方ない。酋長の怒りを買ったに違いないが、このことを知る選手は少ない。ショットを打つ前にグリーンにすむアメリカ先住民の酋長にきちんと挨拶をしなければいけないのである。
もう一つ、私が知るグリーンの祟りはゴルフの聖地、セントアンドリュースである。セントアンドリュースの18番グリーンは、この地に戦があった頃の戦士たちの墓だったといわれている。グリーン手前には谷がある。有名な「罪の谷」である。グリーンにわずかに届かなかったボールが転がり落ちる「罪の谷」。ここでもオーガスタ同様に亡くなった戦士たちの霊が自分たちの墓に土足で踏み入るなと、グリーンオンを妨げているに違いないと思える。
簡単そうに見えて侮れないセントアンドリュースの最終ホール。亡き戦士たちの怒りに触れて海からの突風が吹けばあっという間に「罪の谷」に落とし込まれる。首位を走っていた者が地獄に落ちる。このことも今となると知る選手は少ないだろう。墓に眠っていた戦士たちに敬意を払い、きちんと祈りを捧げる必要があろう。
私事だが、若い頃よく行っていた伊豆の伊東にあるサザンクロスカントリークラブにはフェアウェイサイドに墓場があるホールがある。そのホールでは、必ずと言ってよいほどOBである墓場に打ち込んでしまうのだ。キャディさんが、「お墓参りをしてほしいと死んだ人の魂が言っているのよ」と不気味なことを話していた。まさにこの『救済のゲーム』で名手ロビンソンが「神の木」に打ってしまったようなことである。死んだ人の霊魂が打球を呼び寄せるのだ。
キャディとボール
河合さんがこうしたゴルフコースの祟りについて知っていたかは定かではないが、この小説、『救済のゲーム』で「神の木」をモチーフに祟りの伝説を甦(よみがえ)らせて殺人事件としたのは、よくある都市伝説でもあり、とても面白かった。
さて、この物語で、肝心の殺人犯は一体誰なのか。殺人の動機は何だったのか。読み進むほどに謎が解明していく上手な筋立てである。私は本書の半ばで殺人犯が分かったが、細部までは正しく推論できなかった。果たして皆さんはいかがだろう。
ちなみに、本書の中で、キャディは選手のために予備のボールをポケットに入れてはいないものだとされているが、私の友人で倉本昌弘プロの専属といっていい渡辺宏之キャディはいつも何個かボールをポケットに入れているという。倉本プロが2ホールごとにボールを変えるからだし、傷ついたらすぐに交換したいと言うからである。
ゴルフのプレーはリズムが最も大切。すぐにボールが出せなくて選手のリズムが崩れることをキャディは恐れる。これはPGAツアーのデイブ・ストックトンのキャディなども同様で、PGAツアーでも常識なのかもしれない。
また余談だが、この小説での全米オープン優勝者はここでは明かさないが、本当の全米オープン2014年のチャンピオンはマルティン・カイマーであり、2013年の全米プロチャンピオンはジェイソン・ダフナーだった。となれば、河合さんがこの小説の舞台となる全米オープンや全米プロがいつであったかを定かにしたくないのは当然であるが、ゴルフファンとしては気になるところだ。
写真/スタジオキャスパー
