2023年のウォーレン・バフェット氏の来日や、一流企業の大株主に海外ファンドが名前を連ねるなど、これまでにないほど海外投資家から日本市場に注目が集まっている。『 海外投資家はなぜ、日本に投資するのか(日経プレミアシリーズ) 』は、米国で40年余り、日米の両市場の投資家として活動してきたワイズマン廣田綾子氏による、海外投資家から見た日本市場、日本企業の可能性について述べた一冊だ。株式評価の割安さや法整備の改善などから世界に注目される日本市場の今後を、自身が体験し、今の日本と類似しているという1980年代の米国市場と比較しながら解説する。本書の読みどころを一橋大学名誉教授のクリスティーナ・アメージャン氏がひもとく。

 海外投資家は、日本経済と企業の救世主となるのか、それともそれらを食い尽くす存在なのか? この挑発的かつタイムリーな問いを投げかけるのが、ワイズマン廣田綾子氏の新刊です。法律の改善などで日本市場がグローバル資本にますます開かれていく中で、廣田氏は「海外投資家=侵略者」という古いイメージを脱し、むしろ企業再生のパートナーとして向き合うべきだと私たちに問いかけます。

 現在、東京証券取引所のプライム市場における取引の70%を海外投資家が占めています。しかし日本国内では、彼らはしばしば誤解され、恐れられ、あるいは無視されています。

 知的で読みやすい本書の中で、日米両市場で40年以上の経験を持つ廣田氏は、こうした認識に一石を投じ、海外投資家の「建設的な関与」という新たな道を提案します。

 廣田氏は投資家として、また日本企業の社外取締役としての豊富な経験に基づき、読者に「本当の企業価値とは何か」を示します。その洞察は、専門的でありながら情熱的で、日本企業をグローバルな投資家の視点から捉え直す貴重な機会を与えてくれます。

 現在、日本に対する海外投資家の関心は、地政学的背景、市場の非効率性、インフレへの転換、ガバナンス改革、割安な企業評価などに支えられています。 

 しかしながら、投資家の関心は、必ずしも「信頼」ではありません。

 日立、レゾナック、ニトリといった企業のように、明確な戦略と責任ある経営によって高い株主価値を生み出している企業があります。創業者が経営する企業は、高い集中力と説明責任を持ち、廣田氏の投資戦略でも重要な位置を占めています。その一方で、多くの企業はいまだに不透明な意思決定、非効率な多角化、馴(な)れ合いの取引関係に苦しみ、企業価値を損ねています。

 廣田氏は警鐘を鳴らします──。より多くの日本企業が投資家に対して「価値を創造し、それを説明する力」を持てなければ、現在の資本流入は一転、急速な資本流出に変わる可能性があると。

 もちろん、日本企業は以前に比べれば前進しています。ROE、ROIC、WACC、PBRといった指標が重視され、CEOやIR部門、さらには社外取締役も投資家との対話に積極的になっています。しかし廣田氏は、「指標や中期経営計画を掲げるだけでは不十分」と断言します。企業経営者は、数字の意味と投資家がそれを重視する理由を深く理解し、経営戦略に落とし込む必要があります。単に情報を開示するだけでなく、どのように価値を生み出し、それをどう測るのかという「物語」を語ることが求められるのです。

 本書はまた、「海外投資家=短期志向の強欲なハゲタカ」というステレオタイプにも真っ向から反論します。短期的な利益を狙う投資家が存在するのは事実ですが、廣田氏は、企業と協働しながら中長期的な成長を目指す投資家たちの存在に光を当てます。彼らは資本だけでなく、アイデア、規律、持続可能な成長へのコミットメントを企業にもたらすパートナーでもあるのです。彼らを「異質な存在」として排除することは、大きな可能性を逃すことにつながります。

 廣田氏は本書を、特に次世代の日本のリーダーたちに向けて書いています。経営や投資の基礎を学び、日本の価値観を守りながら、グローバルな透明性や活力を取り入れた新しい経済モデルを築いてほしい──。その強い願いが行間から伝わってきます。彼女はアメリカの模倣を求めているのではありません。むしろ「情報に基づいた、自主的な進化」を呼びかけています。実際、アメリカもかつては日本と同様、閉鎖的で株主責任の曖昧な企業文化を持っていました。日本も今、同じような転換点に立っているのです。

 本書の魅力は経済的な議論だけにとどまりません。廣田氏自身のキャリアの軌跡──。大学卒業後に金融の世界へ飛び込み、数々の失敗と学びを経て、信頼できる投資家としての地位を築いてきた人生の物語も感動的です。これは、日本の企業社会にもっと多様な声を、そして未来を切り開く自律的なキャリアを育てていこうという力強いメッセージでもあります。

 廣田氏の主張は明快です。「孤立でも模倣でもない。日本が未来を切り開くには、自国の人々と世界とが、知的で価値志向の対話を通じて向き合うことが必要なのだ」と。

 本書は、日本資本主義の未来を真剣に考えるすべての読者にとって、必読の一冊です。

<評者> クリスティーナ・アメージャン(Christina Ahmadjian) 一橋大学大学名誉教授
1981年米ハーバード大学卒業。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を著したエズラ・ヴォーゲル氏の勧めで来日し、82年から三菱電機で勤務。87年米スタンフォード大学経営大学院でMBA(経営学修士号)、95年米カリフォルニア大学バークレー校でPh.D.(博士号)を取得。95年米コロンビア大学経営大学院助教授に就任。2004年一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。専門研究テーマは、比較コーポレート・ガバナンスや資本主義システム、日本のビジネスおよび経営。現在、住友電気工業、NEC等の社外取締役を務める。日本在住25年超。