マーケティングコンサルタントの竹内謙礼さんによる書き下ろし『 売り方の正解 小さなお店が生き残る50のヒント 』は、著者の650社を超す取材経験を生かし、小さなお店や会社が行うべき販促・集客法を50項目に凝縮してまとめたものだ。商業経営専門誌『商業界』の元編集長である笹井清範氏が本書を解説する。

 朝の開店準備を終え、帳簿を開いた瞬間にため息が出る。広告費をかけているのに反応は鈍く、在庫は減らず、スタッフも増やせない。やるべきことは山ほどあるのに、時間もお金も余裕もない――。

 そんな「人も金も時間もない小さな会社」の経営者にとって、いま何をやめ、何を残すべきかは切実なテーマです。努力しているのに報われないときほど、足す発想ではなく、引く決断が問われます。頑張り続けるほど苦しくなる経営の正体は、多くの場合「やらなくていいこと」を抱え込みすぎている点にあります。

 ドラッカーは、イノベーションの第一歩は「廃棄」であると説きました。事業にとって陳腐化したもの、役に立たなくなったものを捨てよ、という思想です。彼はそれを「死せる者を埋葬して、初めて復活はなされる」と表現し、痛みを伴う決断の先にしか再生はないことを示しています。

 竹内謙礼さんの新著『売り方の正解』はこのドラッカーの思想を、机上の理論ではなく、現場の感覚でかみ砕いた一冊となっています。とりわけ第5章「売れない商品は処分しなさい――経費削減と経営改革10選」では、「ネット広告を、今すぐやめなさい」「余剰在庫は、迷わず廃棄しなさい」「『もったいない』を捨てなさい」と一刀両断。

 これらの“正解”は、一見すると過激で冷酷にも映ります。しかし読み進めるほどに、それが小さな会社を守るための極めて現実的な提案であることが分かります。はやりの手法や“やっている感”に頼る経営を、著者は愛情をもって、容赦なく切り捨てていきます。

 特にネット広告については、大企業と同じ土俵に立たされ、資金力で消耗戦に巻き込まれる現実を直視せよ、と迫ります。その姿勢は挑発的ですが、実態を知る経営者ほど背中を思い切り押される感覚を抱くことでしょう。

 「投資した社長や、責任を取らなくてはいけない上司は、現場で働いているスタッフよりも『もったいない』という意識が生まれやすい」(本書200ページ)という指摘は、本書の思想を象徴する一文と言っていいでしょう。

 ここで語られているのは、サンクコスト(すでに実行してしまい、二度と回収できないお金や時間、労力)の問題です。それらを惜しむあまり、本来ならやめるべき行動を続け、結果として損失を拡大させてしまう経営者がいかに多いことでしょうか。余剰在庫を処分できないのも、効果の薄い広告をやめられないのも、「ここまでやったのだから」という感情が冷静な判断を奪ってしまうからだと著者は指摘します。

 これら本書で取り上げる50の手法は、読者がこれまで抱いていたマーケティングの常識と違うかもしれません。しかし、そうした常識は過去のものであり、必ずしも未来を保証しません。私たちが当たり前だと思っていた前提や価値観が、テクノロジーの進化や社会構造の変化によって根底から揺さぶられている現在、常識を超えたところに「売り方の正解」はあります。著者が一貫して伝えているのは、過去の成功事例の模倣よりも前提そのものを疑う姿勢の重要性です。

 同時に本書は、単なるコスト削減の指南書ではありません。根底には、これから先の10年間、商売人が生き残るために不可欠な三つの力――「顔を売る力」「見極める力」「考える力」――の具体的な実践像が浮かび上がります。顔を出して売る力とは、単に実名や写真を出すことではなく、誰が、どんな思いで、この商品を薦めているのかを伝える行為です。見極める力とは、世の中の流行ではなく、自分の店とお客に合うかどうかを判断する力です。そして考える力とは、正解のない時代において、立ち止まり、選び直す勇気にほかなりません。

 著者は、ネットショップ支援や中小事業者向けコンサルティングの第一線で長年活動してきた実務家です。20年間にわたって発信するメルマガ「ボカンと売れるネット通信講座」では、ウェブショップのみならず、実店舗のオーナーにも売れるための「いろは」を提供しています。理論ではなく、数多くの失敗と成功を見てきた経験があるからこそ、「やめなさい」「捨てなさい」という言葉に現実を動かす重みが宿ります。

 人も金も時間もない小さな会社にとって、最大の資源は経営者自身の決断力です。『売り方の正解』は、足し算をやめ、引き算から始める勇気を与えてくれます。何かを捨てたとき、初めて見えてくる景色があります。その景色は決して派手ではありませんが、地に足がつき、持続可能な商いの風景です。迷いながらも前に進もうとする商売人にとって、本書は「何を始めるか」よりも先に、「何を終わらせるか」を問いかけ続ける存在となるでしょう。

<評者> 笹井清範(ささい・きよのり) 商い未来研究所代表
商業経営専門誌「商業界」で編集長として25年。取材数4000社超から導き出した“繁盛の法則”を体系化。2020年に「商い未来研究所」設立以来、人口減少・成熟化社会でも成長できる事業者の育成を目的に、研修やコンサルティング、講演や執筆にあたる。独自のインタビュー技術によって、本人が認識していない強みや課題を顕在化させる“訊く力”に定評があり、日本全国の中小企業の業績向上、事業者のモチベーション向上に貢献。著書に『 売れる人がやっているたった四つの繁盛の法則 』(同文舘出版)、『 店は客のためにあり 店員とともに栄え 店主とともに滅びる 』(プレジデント社)。