コロナ禍が長引く中で、私たち全員が自律神経を乱していたと言っても過言でないという。自律神経研究の第一人者で、ベストセラー『 整える習慣 』(日経ビジネス人文庫)の著者でもある小林弘幸・順天堂大学教授が行ったオンラインセミナー(丸善ジュンク堂主催/聞き手:産業カウンセラー・イイダテツヤ氏)をもとに、ちょっとした生活習慣の改善によって、コンディションを整え、日常を取り戻す秘訣を教える。
コロナは私たちの心を支配するモンスター
小林先生は新型コロナウイルスを「モンスター」と呼んでいるそうですね。
小林弘幸氏(以下、小林):私たちの心に棲(す)みつき、支配してしまったという意味で、新型コロナウイルスは、まさに「モンスター」だと思います。
コロナによって、当たり前だったはずの日常が日常でなくなりました。この「日常でない日常」に慣れてしまった面もありますが、テレワーク、外出自粛、会食禁止など以前なら考えられないことがずっと続いたのです。
私たちの心を支配してしまったコロナから脱するために、先生は新しいことを始めたそうですね。
小林:コロナ感染が急拡大し始めた2020年の春。久しぶりに朝5時ぐらいに起き、ちょっと歩こうと散歩をしていたときのことです。ふと青空を見上げたら、なんてきれいなんだと思いました。それまでは、すべての自分の関心がコロナに向かっていました。
そんなとき、ふと見上げると、空は以前と変わらずきれいだった。それでスマホで写真を撮り、インスタグラムにあげたのです。
1日1枚、写真を撮る
先生がインスタを始めたと聞いて正直驚きました。SNSは一切されない方だと思っていましたので。
小林:その後1日1枚、気になったものを写真に撮り、アップするようになりました。花や木々、空などが多いですね。それだけです。他に言葉も何もつけません。
コロナ禍以降、私たちはみな視野狭窄(きょうさく)になっていますから、自然をはじめ別のものに目を向ける時間をつくって、視野狭窄の状態から脱しようと思ったのです。
先生自身がそれを始めて何か変わってきたことはありますか。
小林:自然は偉大です。我々を助けてくれるすべを知っています。雨の日には雨のよさ、曇りの日には曇りのよさ、晴れの日には晴れのよさがあります。
例えば、道端に咲いている1輪の花に目を向けることで、コロナ漬けになってしまった自分の心を、現実の世界に引き戻すことができるようになりました。
写真を撮ることは、自分の生活の中に「小さなリセット」をつくる方法の1つなんです。

朝4時半に起きる
他に新しく始めたことはありますか。
小林:コロナ禍になってから、朝4時半に起きるようになりました。もともと早起きでしたが、さらに早くなりました。
起床後は、近所を1時間弱歩いています。こういうことってコロナ禍になる前はできませんでした。
それは、忙しくてできなかったということですか。
小林:忙しくてできなかったというよりは、コロナ禍になって、何か生活習慣を変えないとまずいと思ったからです。では、何を変えられるんだろうと考えたところ、手っ取り早いのは早起きだと気づきました。
まさに「早起きは三文の徳」で、朝早く起きると、今までは見えなかった光景が見えてきます。街の姿も全く違っていて、高齢の方がたくさん歩いていることも知りました。まだ真っ暗なうちからです。
そうなんですね。
小林:朝早く起きる。シンプルなんだけれども、これをやることで1日が長くなり、充実した気持ちになります。
自律神経の面から考えても、朝は仕事がはかどる時間帯です。『整える習慣』でも書いていますが、重要な仕事はみんな午前中に持ってきたほうがいいです。
午前中は「勝負の時間」ということですね。
小林:はい、そうです。そもそも、人間には「集中力が高まる時間」「ものを考えるのに適した時間」があります。それが午前中なんです。その時間帯が最も集中力が高く、創造的な作業をするのに向いています。
少し脱線しますが、せっかくの「勝負の時間」に、「さあ、これから何をしようか」と考え始めるのも、じつにもったいない話です。「何をするか」は最低でも前日に考えておき、朝イチですぐに作業を開始できる状態にして、脳の力を100%発揮する。これでパフォーマンスは格段に違ってきます。

小林弘幸(こばやし・ひろゆき)氏
順天堂大学医学部教授
1960年、埼玉県生まれ。1987年、順天堂大学医学部卒業。1992年、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属医学研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学小児外科講師・助教授を歴任。自律神経研究の第一人者として、数多くのプロスポーツ選手、アーティスト、文化人へのコンディショニング、パフォーマンス向上指導に関わる。
朝4時半に起きる、に話を戻します。夜寝るのは何時ぐらいですか。
小林:寝るのも早くなりました。以前は夜中の12時や午前1時ぐらいでしたが、今は11時には寝るようにしています。
それほど長い睡眠時間ではありませんが、十分なのですか。
小林:もともと私は遺伝子的にショートスリーパーなんです。だから、あまり長く寝ていると調子が悪くなります。
人によって個人差が大きいですか?
小林:遺伝子的にショートスリーパーの人は、早起きがそれほどつらくないですが、ロングスリーパーの人の中には、早起きは苦手な方もいらっしゃると思います。でも、4時半でなくても1時間でも早く起きて、散歩などの習慣を取り入れてみることをお勧めします。そうすれば、違う風景が見えてきます。
早起きには時間の余裕ができるという利点もあります。自律神経的に非常にいいことです。反対に時間に余裕がないと、自律神経が乱れ、忘れ物が多くなります。逆に朝から余裕があれば、部屋のごみ1つまで目が届き、仕事相手の微妙な言動にも気づきやすくなり、できる人と言われます。
これまでお世話になった人に手紙を書く
小林:生活習慣を変えるということ自体なかなか難しいと思いますが、私は、もう1つコロナ禍に始めたことがあります。それは手紙を書くことです。
手書きですか。
小林:はい、手書きの手紙です。私たちは普段ばたばたと過ごしていると、感謝の気持ちを忘れがちになります。そこで、これまでお世話になった人に感謝を伝えようと手紙を書き、本を送ったりもしました。
どうしてやろうと思ったんですか。
小林:私は医師なので常に人の生と死に向き合います。自分の限られた人生の中でやり残していることは何だろうかと考えるようになり、それは仕事じゃないなあ、自分が世話になった人たちに感謝の気持ちを示すことだなと思いました。きっとそれをしないと後悔するんじゃないかなという気になったのです。
そこで、コロナ禍で人にあまり会わなくなって生まれた時間を使って、手紙を書くことにしました。私の場合は、これまで世話になった人たちですが、感謝の対象は親でも配偶者でも恩師でもいろいろでしょう。
先生は人の生死を身近に見ているので、何が大事で何を優先しなきゃいけないかが見えてくるというようなお話をされますね。
小林:誰も何が起きるか分かりません。救急医療をしていれば、交通事故や災害によって尊い命がなくなるのを目のあたりにします。そういう経験をしていると、自分が何をしておかなければならないか教えられることがあります。
手紙を書くことは、お世話になった方々に感謝の意を表すとともに、コロナ禍の異常な時代に自分らしさを取り戻すためだったという面もあります。感謝ほど自律神経が整うことはないのです。
字はきれいじゃなくても構いません。手書きの文字には魂がこもります。気持ちもすがすがしくなり、空もより青く見えます。

(後編に続く)
[日経ビジネス電子版 2021年8月11日付の記事を転載]
ストレスフルな心と体に!
名医が、自律神経と上手につき合う108の行動術を伝授します。
コロナ禍により、知らず知らずのうち、私たちの心と体は大きなダメージを受けています。そこで大事になるのが、自律神経を整える毎日のちょっとした積み重ね。身の回り、時間、人間関係の整え方から、食生活、心身、メンタルの整え方まで。今日からできるアドバイスが満載の一冊です。
小林弘幸(著) 日経ビジネス人文庫 880円(税込み)