アプリのダウンロード数の世界ランキング2020年版で、動画投稿アプリのTikTok(ティックトック)が、フェイスブックなどを抑えて第1位になりました(米App Annie調べ)。中国の北京字節跳動科技(バイトダンス)が提供するTikTokが世界的に大成功した理由の1つは、同社のビジネスモデルにあります。『 世界最速ビジネスモデル 中国スタートアップ図鑑 』(日経BP)の一部を抜粋・再構成して、TikTokを世界一にしたビジネスモデル展開のポイントを解説します。

アプリダウンロード数の世界ランキングで1位となった「TikTok」。強さの秘密とは?(写真:Ascannio/Shutterstock.com)
アプリダウンロード数の世界ランキングで1位となった「TikTok」。強さの秘密とは?(写真:Ascannio/Shutterstock.com)

ポイント① TikTokの原型はニュース配信アプリ

 TikTokを運営するバイトダンスは、張一鳴(ツァン・イーミン)さんが創業しました。張さんは、中国の南開大学卒業後、スタートアップへの参画や大企業での就業を経て、2012年にバイトダンスを設立しました。

 張さんは、バイトダンスの設立直前まで、自ら設立した不動産情報検索サイト「九九房」のCEO(最高経営責任者)を務めていました。2009年には他社に先駆けてモバイルインターネット市場向けのサービスを導入し、150万人の利用者を獲得していました。

 しかし、張さんは2011年に九九房のCEOを辞任して、バイトダンスの設立に踏み切ったのです。2011年といえばスマホの出荷量がピークを迎え、爆発的に普及していた時代です。ある日、張さんは地下鉄で新聞を読んでいる人が激減していることに気づきます。張さんは、情報伝達の媒体が紙からスマホに変わると感じました。

「2011年末には、情報を伝達する媒体が変わると思いました。紙媒体から携帯電話へと変わり、リアルタイム性、双方向性、マルチモード機能、さまざまなテーマの情報を伝達できるようになります。垂直統合型よりも、プラットフォーム型のビジネスができるとても珍しいチャンスなので、起業を決意しました」

(イラスト:yamyam、『世界最速ビジネスモデル』172ページに掲載)
(イラスト:yamyam、『世界最速ビジネスモデル』172ページに掲載)

「スマホで毎日見るものは何か?」

 スマホのプラットフォームビジネスを始める決意をした張さんですが、最初に始めたのはTikTokではなく、ニュース配信のアプリでした。TikTokの成功は、その原型となったニュース配信アプリを抜きに語ることはできません。

 まず張さんはこう考えました。スマホで情報を提供するのであれば、多くの利用者が毎日閲覧するものでなければなりません。ニュースであれば、毎日、多くの人が読みますし、朝夕と適切なタイミングで配信することができます。張さんは、ニュース配信アプリに目をつけて「今日頭条」(本日のトップニュースという意味)という名のサービスを始めました。

ポイント② アルゴリズムの重要性を先取り

 今日頭条アプリは2012年8月にリリースされ、わずか1年余りで9500万人にまで利用者を伸ばしました。成功の理由は逆転の発想にあります。スマホが普及して以来、すでに大手ポータルサイトによってニュース配信アプリは作られていましたが、内容は紙媒体の時代と同じでした。担当の編集者がいて、マスメディアとして万人が関心を持つニュースや重要なニュースを掲載していたため、すべての利用者に対して、同一の画面、同一のニュースを届けていたのです。

 これに対して、今日頭条のニュースは、編集者によって収集・選別されたものではありません。利用者の好みに合わせて機械が選んで配信するものです。独自アルゴリズムによって、ネット上からからぴったりのニュースを集め、パーソナライズして利用者に届けているのです。

 これを可能にしているのは、①コンテンツ情報、②ユーザー情報、③環境情報、から構成されるビッグデータです。バイトダンスは利用者の閲覧履歴や属性から、利用習慣、好み、場所、ならびに読む時間帯に合わせたニュースを提供しました。

 このレコメンドのアルゴリズムが、後にTikTokをはじめとするさまざまなサービスに活用され、バイトダンスは急成長を成し遂げました。

広告もパーソナライズして配信

 今日頭条は、ニュースだけではなく、広告も利用者のTPO(時間、場所、状況)に合わせてぴったりのものを示しています。

 当初、投資家からの反応は冷ややかなものでした。「スマホは画面が小さい」「広告枠も限られる」「広告料収入を稼ぐのは難しい」という声がほとんどだったのです。

 しかし、利用者にぴったりの広告を選んで配信できるのであれば、画面が小さくても問題になりません。むしろ利用者は、あふれんばかりの雑多な広告に悩まされることなく、関心のあるものだけを閲覧できるようになります。また、データが集まって最適化が進めば進むほど、コンバージョン率(閲覧して購買に至る率)も高くなることがわかってきました。

 張さんがアルゴリズムの開発を呼びかけたのは、2012年の末、今日頭条をリリースした直後のことです。起業仲間たちとミーティングを開いたところ、当初、仲間たちはみな「能力不足で経験も足りない」と言ってアルゴリズムの開発に尻込みしたそうです。

 他のスタートアップ企業もレコメンドアルゴリズムの開発には失敗していました。次善の策として、ニュース配信アプリの中に複数のチャンネルを準備して、利用者に選択肢を提示していたのです。しかし、張さんは、他社が失敗している状況だからこそ挑戦する意義があると仲間を鼓舞したそうです。

 「個人最適化の問題を解決しなければ、イノベーションはわずかなものにとどまってしまう。モバイルインターネットから利益をいくらか得ることはできるかもしれないが、根本的なブレークスルーは不可能であり、真の価値を生み出すことはできない。根本的に問題を解決するために、常に一生懸命努力しなければならないんだ」

ポイント③ コンテンツは外部から集める

 アルゴリズムがあってもコンテンツがなければ配信はできません。バイトダンスはニュースコンテンツを作るのではなく、既存のものを流用しました。

 ところが、そのやり方が良くありませんでした。原作者やメディアの許可なくニュースを配信したり、掲載された広告や出典元を許可なく削除して自社の広告に入れ替えてしまったりしたのです。さまざまなメディアから訴えられてしまいました。

 そこで今日頭条は、各メディアと正式に契約を結んで承諾を得ることにします。契約先は、中央や地方の政府機関、新聞社やウェブメディアなど多岐にわたります。メディアとしては、正しく情報が掲載されるのであれば問題はありません。むしろ、閲覧者数が増えて広告料収入も入るというメリットがあります。

 外部のメディアの記事に活路を見出したバイトダンスは、2014年に新しいサービスを始めます。メディア各社や政府機関は、アカウントを開設すれば、直接ニュースを書き込むことができるようにしました。

 そのときすでに今日頭条には数千万人の利用者がいました。記事を書けばたくさんの利用者の目に触れることができます。そのため、メディア各社や政府機関は、こぞってアカウントを開設したのです。

ライターを育てて企業にプロモーション活動の場を提供

 この仕組みは一般ライターにも広げられました。一定以上の人気があり、バイトダンスに認められたライターは、バイトダンスが立ち上げたプラットフォームを通じて、企業と契約してプロモーション活動の場を提供することもできます。プロモーション活動では、ライターが広告に最適化したトピックや内容の記事を作成します。

 そしてこの仕組みがうまくいくという感触をつかんだバイトダンスは、一般ライターの育成プログラムを次々に立ち上げます。2015年、活躍しているライター1000人を選び出し、月1万元(約16万円)の基本収入を保証するなどして支援を行いました。投稿アカウントの数は2019年12月までに180万を超え、1日平均60万件の記事が発信されています。

 個人のライターが書く記事は、それぞれの多様な視点が生かされたもので、大手メディアのそれとは一味違ったものとなります。これが今日頭条の魅力です。しかも、利用者には自分の好みや関心に合ったニュースがレコメンドされ、配信されます。閲覧すればするほどその履歴が今日頭条に蓄積され、アルゴリズムによって解析されるのでレコメンドの精度も上がります。ニュースとともに配信される広告も、利用者の好みや関心に合ったものになるので広告媒体としての価値も高まるのです。

 こうして今日頭条が成功を収め、ビジネスモデルの原型が定まりました。バイトダンスは、今日頭条で培ったビジネスモデルの原型を他の領域に横展開して成長を加速させます。そのビジネスモデルをピクト図解(板橋悟さんが考案。板橋悟著『ビジネスモデルを見える化するピクト図解』ダイヤモンド社などを参照)で示すと、次のようになります。

ニュース配信アプリ「今日頭条」のピクト図解
ニュース配信アプリ「今日頭条」のピクト図解
(『世界最速ビジネスモデル』185ページに掲載)

ポイント④ ビジネスモデルを横展開

 バイトダンスのビジネスモデルの強みは、①外部コンテンツの有効活用、②アルゴリズムを活用したコンテンツ配信、③アルゴリズムを活用した広告提供、という3つです。

 これが生かせる領域としてショートムービーに白羽の矢が立ちました。2016年にスマホ向けのアプリ(10数秒から数分の動画を撮影、編集、共有するもの)を開発し、ショートムービーの業界に参入したのです。

 その代表がTikTokの原型となる抖音(ドウイン)です。抖音は、音楽機能に特化したショートムービーアプリです。

 バイトダンスは今日頭条で開発したアルゴリズムを抖音に活用しました。アルゴリズムがあれば利用者の視聴履歴はビッグデータとして解析できます。それぞれの好みに応じて動画を次から次へと流すことができるので、利用者としては、1曲だけのつもりが、気がつけば2曲、3曲と動画に釘付けとなります。利用者が関心を持ちそうな広告が短い動画のコ ンテンツとして流されるので、利用者はそれも眺めることになります。

動画アプリは他社の模倣だがアルゴリズムで勝利

 抖音は、先行していたショートムービー「Musical.ly」を手本にしたものです。Musical.lyは、中国人の起業家である朱駿(ジュ・ジュン)さんと楊陸育(ヤン・ルーユー)さんによって2014年7月にリリースされました。音楽機能に特化し、人気歌手の曲に合わせて15秒の口パクやダンス動画を制作・共有できるものでした。

 注目すべきは、Musical.lyはアメリカ市場にも同時に投入されたという点です。ちょうどその頃、アメリカでは『リップ・シンク・バトル』という口パクコンテストの番組が流行っていました。Musical.lyのアプリは話題になり、毎日約500人がダウンロードして利用したそうです。とくに、毎週木曜日、この番組が放送された後にたくさんの人がダウンロードして、大成功を収めたそうです。

 アメリカ市場での反応が中国国内をはるかに上回ったので、Musical.lyの経営陣は資源をアメリカ市場に集中させます。しかし、これが思わぬ結果を引き起こします。のちに中国市場を開拓しようとしたとき、すでに抖音をはじめとした競合に市場を占められてしまったのです。

 抖音はMusical.lyを徹底的に模倣しました。トップページのUI(ユーザーインターフェイス)ばかりでなく、基本機能もほぼ同じです。利用者を増やすための打ち手であるハッシュタグの運営もまったく同じです。

 Musical.lyはUIの基本機能などで先進的だったのですが、最適なレコメンドをするためのアルゴリズムについては大きく後れを取り、挽回することができませんでした。

外国市場への展開を開始

 抖音で大成功を収めたバイトダンスは、2017年、同様のサービスを外国向けに展開します。サービス名を「TikTok」として150の国・地域へと市場を広げていきました。そしてついに世界一のアプリとなったのです。

 最初はニュース配信アプリからスタートしたバイトダンスですが、次はそれをショートムービーへと展開しました。そして、そのアプリを中国国内から、外国市場へと横展開していったのです。

バイトダンスの横展開による成長
バイトダンスの横展開による成長
(『世界最速ビジネスモデル』196~197ページに掲載)

 このようにバイトダンスの基本戦略はきわめて単純です。まず、利用者の閲覧履歴などの行動情報をもとに利用者にぴったりのコンテンツをレコメンドするという技術を開発しました。そして、この独自技術を生かしてキラーアプリを開発して世界中に広げていきました。次に、自社のアプリの利用者を拡大し、できるだけ長い時間そこに留まらせ、膨大なトラフィックを確保しました。トラフィックが増えれば増えるほど、広告料収入を伸ばすことができるのです。

日経ビジネス電子版 2021年8月27日付の記事を転載]

世界最先端の起業実験場から勝ちパターンを抽出

アリババ集団や 騰訊控股(テンセント)など「中国の元祖スタートアップ」はもちろん、それに続く新星スタートアップ企業の「最速の勝ちパターン」をビジネスモデルの視点から解説。成功や失敗の因果関係を整理するシステムシンキングや、ビジネスモデルを見える化するピクト図解を使って、世界最先端の起業実験場となった中国のエコシステムを分かりやすく説明します。

井上達彦・鄭雅方(著) 日経BP

◎目次
第1部:事業レベルの急成長の論理――好循環を生み出すビジネスモデル

 快看漫画――スマホから生まれたヒット連発の漫画エコシステム
 新氧――「整形日記」公開で美容外科の世界最大プラットフォーム誕生
 VIPKID――中国の子供とアメリカの英語教師をマッチング
 ピンドゥオドゥオ――SNS共同購入でアリババ超えの神速成長

第2部:全社レベルの急成長の論理――企業価値を高めるビジネスモデルの展開
 バイトダンス――TikTokはニュース配信のアルゴリズムから生まれた
 メイトゥアン――ありとあらゆるサービスを提供するスーパーアプリ
 シャオミ――スマホメーカーからネットサービス企業へと進化

第3部:エコシステムの急成長の論理――「緩やかな連携」と「緊密な統合」
 テンセント――模倣戦略からオープンプラットフォームへ
 アリババ――あらゆるビジネスの可能性を広げる力になる
まとめ:史上最速成長の理由――中国スタートアップを支えるミクロとマクロの好循環