第14回 日経小説大賞(日本経済新聞社・日経BP共催)の栄冠に輝いたのはプロレス小説『散り花』でした。著者の中上竜志さんは、昨年のアントニオ猪木さんの死、そして今年、「闘魂三銃士」の1人、武藤敬司さんの引退……昭和からのプロレスが幕を下ろしたこのときに受賞したことに縁のようなものを感じるといいます。中上さんが創作において最も影響を受けたのは、半世紀以上もロックの世界の頂点に君臨する、あのギタリストでした。
前編 「日経小説大賞・中上竜志 『プロレスを書きたい』という強い思い」
このときに作品を発表できた縁
ご自身の小説『 散り花 』が初めて本になった感想は?
中上竜志さん(以下、中上) この作品は数年前に書いたものですが、昨年10月にアントニオ猪木さんが亡くなり、今年の2月21日には闘魂三銃士の武藤敬司さんが引退されて、昭和からのプロレスが幕を下ろしたこのときに、この作品を発表できることに縁のようなものを感じています。『散り花』の時代設定は約20年前ですが、当時、総合格闘技の人気に押されるなか、プロレス界は発展性のない分裂を繰り返し、その結果、衰退していきました。団体の垣根を超えて、協力して立ち向かっていたら、その後の冬の時代はなかったかもしれません。そうした思いも込めています。
かつてのファンの思いを小説にしたということでしょうか。現在のプロレスは動画配信なども盛んで、エンターテインメントとして「コンテンツ化」されてきた印象があります。
中上 今の選手の試合は技が複雑でより高度になっていますが、その分、スポーツ化した傾向があるように思います。殺伐とした不穏な試合や、なにが起こるか分からない緊迫感もプロレスの魅力だと思うのですが。
創作において一番影響を受けた人物
前回、創作において最も影響を受けたのはキース・リチャーズ(ローリング・ストーンズのギタリスト)だと明言されていました。
中上 若い頃バンドを組んで、ライブハウスで演奏していました。ストーンズに、1960年代、70年代のロックやブルースを自分たち流にアレンジしてカバーしていました。キースは自分の生き方を貫いているというか、デビューから60年、ずっとぶれないでいるんですね。キースのようにはなれませんが、ぶれずに生きたいとは思っています。
バンドでは何を?
中上 ギターです。
なるほど。それでキースなんですね。この作品の魅力の1つは、短い文章でたたみかけるように試合場面を描写する文章だと思うのですが、文章から感じられるビートから、てっきりベースかドラムかと思っていました。
中上 ストーンズはキースのギターが核なんですね。ドラムやベースがギターに合わせるので、ある種独特のグルーブ感が生まれます。ストーンズを聴いて育ったので、ビートという意味では影響を受けているのかもしれません。
小説の文章を紡ぎ出すことと、ライブハウスで演奏することは似ていますか。
中上 感覚的には似ているかもしれません。表現という意味では文学と音楽は近いように思います。実際、執筆中もゲラの校正中も、頭がパンクしそうになるとギターを弾いて発散していました。
ロックがロックらしい時代の音楽を聴き、それが小説にも生かされていると。小説を執筆するに当たって、プロットを固めてから執筆するほうですか。それとも流れに任せてですか。
中上 書くときは大まかなプロットを考えて、後は流れに任せるほうです。
なるほど。そのあたりも文章の独特のグルーブ感につながっているのかもしれません。
中上 小説を書き始めた頃から文章は変わっていないと思います。僕はストイックな人間しか描けないので、自然と書き方が定まったというか。
「散り花」は結末で同期3人のレスラーのさらなる展開をにおわせています。続編はあるのでしょうか。
中上 はい。あえて貧乏くじを引く道を選んだ同期の3人のその後を書こうと思っています。
まだまだ、同期3人の物語は続いていくと。楽しみですね。
取材/苅山泰幸(日経BOOKSユニット) 文/三浦香代子 写真/鈴木愛子
2023年4月21日(金)19時から、「第14回 日経小説大賞座談会」を行います。受賞者の中上さんと、選考委員の辻原登氏、高樹のぶ子氏、角田光代氏が語り合う注目のトークイベントです。
詳細はこちらをご覧ください。
虚実入り交じる世界で、最強を目指す。かつての輝きが薄れてしまっても、リング上で身体を張って闘い続ける男たちの生きざまを、乾いた筆致でハードボイルドに描き切ったプロレス小説。
中上竜志著/日本経済新聞出版/1760円(税込み)