イノベーションの重要性が盛んにいわれていますが、その正しい「意味」を理解できていますか? 2022年度大学発スタートアップの増加数(前年度比)がトップの慶応義塾大学で開講されている大人気講義「スタートアップとビジネスイノベーション」。その全28回の講義を1冊にまとめた『 慶應大生が学んでいる スタートアップの講義 』(日本経済新聞出版)から一部を抜粋。1回目は、日本でありがちなイノベーションにおける「勘違い」について。
偉大なイノベーターから学ぶ本質
イノベーターとしてよく名前が挙がるのが、アップルの創業者のスティーブ・ジョブズ氏です。現に、本講座においても多くの学生の方が名前を挙げました。ジョブズ氏は、イノベーションの源泉である創造力は「いろいろなものをつなぐ力であり、一見すると関係ないように見える様々な分野の疑問や課題、アイデアやひらめきを上手につなぎ合わせる力」と言っています。
例えば、彼が世に送り出したiPhoneは世界を大きく変えましたが、iPhoneのもとになっているiPodは、歩きながら音楽を聴くという日本のウォークマンに触発されたものであることを彼自身が認めていますし、電話とインターネットの組み合わせも、日本のiモードがiPhoneより10年近く前にリリースされています。ジョブズ氏は、ここに徹底的なこだわりと革新的なインターフェースを組み合わせることにより、「電話を再発明」したのです。
イノベーションという単語はいろいろなところで用いられており、世界中の多くの文献で様々な定義がなされています。そのうち、最も有名な定義と言えるのが、“イノベーションの父”経済学者ヨーゼフ・シュンペーターのものでしょう。彼は、イノベーションを「新結合」、すなわち「全く新しい生産要素の組み合わせによる価値の創造」と定義しました。スティーブ・ジョブズ氏の「つなぎ合わせる力」というのと、非常に近い定義ですね。
イノベーションというと、よく“ゼロイチ”、つまり何もないところから生み出すようなイメージがありますが、世の中の多くのイノベーションは、実はすでにあるものの組み合わせによって創造されているのです。
イノベーションの3つの分類
シュンペーターによれば、イノベーションは新たな組み合わせです。認知科学の研究教授であり、人工知能、心理学、哲学、認知およびコンピューターサイエンスの研究者としても知られるマーガレット・ボーデン氏も、イノベーションを以下の3つに分類し、組み合わせによるイノベーションの可能性を示唆しました(*1)。
(1)Combinational creativity──組み合わせ型創造性
(2)Exploratory creativity──探索型創造性
(3)Transformational creativity──変換型創造性
また、「組み合わせによるイノベーション」を、次の3つのタイプに分類した研究もあります(*2)。
(1)問題主導型(Problem-driven):問題と現在の解決策の間にあるギャップを既存のアイデアの組み合わせで解消
(2)類似性主導(Similarity-driven):似たような機能、デザイン、目的から想起
(3)インスピレーション主導(Inspiration-driven):一見すると無関係なアイデアの組み合わせ
ニーズ(消費者や社会の要請)とシーズ(生産者が持つ技術やノウハウ)の組み合わせでビジネスモデルを探るのはオーソドックスな考え方です。「イノベーション創出なんて一部の天才にしかできない」などと難しく考えず、ニュースなどの外部情報と自分が持っている雑多な知識を組み合わせる癖を普段から意識づけることにより、柔軟な発想力を鍛えることができるのではないでしょうか。
*2 “Three driven approaches to combinational creativity”, Dyson School of Design Engineering, Imperial College London, December 27, 2017
「イノベーションのジレンマ」に直面
『 イノベーションのジレンマ 増補改訂版 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき 』(玉田俊平太監修/伊豆原弓訳/翔泳社/2001年)の著者として有名なハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授も、「一見、関係なさそうな事柄を結びつける思考」といって、シュンペーターの定義を踏襲しています。
ここで、『イノベーションのジレンマ』にあるイノベーションの説明を簡単に見てみましょう。「持続的イノベーション」は、今存在するサービスやプロダクトの機能を向上させることです。「カイゼン」という言葉が象徴するように、日本の大企業はこれが得意だといわれています。かつてのガラケーや白物家電のように、ある時点でサービスやプロダクトが顧客のニーズを超え、オーバースペックとなってしまうと、マーケットを失います。
テレビを例にとってみましょう。かつて日本からは世界を席巻するようなヒット商品が生まれていましたが、品質の追求がいつしか消費者のニーズを超えてしまい、今やテレビはコモディティ化と技術流出も相まって、韓国勢の独壇場となっています。
一方、「破壊的イノベーション」は、スタート時点では市場性を見いだせないため、大企業の視点からは思い切った投資が難しく、新興のスタートアップが起こす「破壊的イノベーション」が市場に受け入れられ、大企業の提供するサービスやプロダクト(製品・商品)の価値を毀損してしまうものです。ちなみに、経済産業省の統計によると、日本企業の研究開発の約9割が既存技術の改良だったそうです。
クリステンセン氏によれば、イノベーションのジレンマが起こる原因は、おおむね次のように要約できます。
●イノベーション初期の小規模な市場では大企業の成長ニーズを解決できない。
●存在しない市場は分析できず、不確実性が高いため参入の価値がないように見える。
●企業は顧客と投資家に資源を依存しており、既存顧客や短期的利益を求める株主の意向が優先される。
●既存事業への依存度が高まると、異なる事業が行えなくなる(カニバリズム)。
●既存技術を高めることと、市場の需要があることとは関係がない。
大企業ほど新規事業に投資をするのは難しい、といわれるゆえんがここにあります。
日本でありがちな「芽を摘む人」の存在
日本から世界を変えるようなイノベーターが出現しない理由のひとつとして、「ドリームキラー」の存在があります。
「そんなのできっこない」「そんなの誰も買わないよ」「どうせ途中でうまくいかなくなる」「失敗したらどうするの?」「成功する保証はあるの?」
起業に反対する親、新規事業投資に踏み切れない経営者。成功をつかんだ破壊的イノベーターたちは、こうしたドリームキラーの声に打ち勝ってきた人たちばかりです。本講義で登壇してくれた起業家の方々も、周囲の反対にもめげず、自分の信じた道を突き進んできた人ばかりでした。
KPMGコンサルティング ビジネスイノベーションユニット編著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)

