書籍編集者は、四六時中、本について考えています。自分の担当書をより面白くするにはどうするか。他の編集者が担当したベストセラーを読めば、さすがだなとうなったり、悔しがったり。そんな書籍編集者が30人以上も所属する日経BOOKSユニット第1編集部の野澤靖宏部長に、夏の読書に全力でお薦めしたい同僚が作った本を聞きました。
中川ヒロミ(以下、中川):日経BOOKプラスでは、著名人の方々にお薦めの本を紹介していただいています。夏休み前なので、手前みそにはなりますが、書籍の作り手側の我々からもイチオシの本をご紹介したいですね。やっぱり夏といえば読書ですから! 私は夏休みに旅先で、いつもはなかなか読めない厚い本を読むことに幸せを感じます。
野澤靖宏(以下、野澤):読書といえば秋、じゃないですか?(笑) ともあれ、夏休みなど時間があるときに教養書を読むのはお勧めですね。
中川:では、日経BPでビジネス書や経済書を多く発行する第1編集部の部長である野澤さんが夏休みにお薦めする本はどれでしょうか?
この夏、経済学の巨人、シュンペーターのすごみを知る
野澤:まず、シュンペーターです。
中川:有名な経済学者のヨーゼフ・シュンペーターですね…と、知っているふりをしましたが、経済学について詳しくないので、経済書を数多く手掛けてきた野澤さん、シュンペーターのすごみを教えていただけますか?
野澤:私も自信満々に詳しく語れるほどではありませんが、シュンペーターといえば、イノベーションの理論について深く考察して、研究者だけでなく、企業家をはじめ、今もビジネスパーソンに大きな影響を与える存在ですよね。
中川:日経BPからもシュンペーターの翻訳書がたくさん発行されています。 『日経BPクラシックス 資本主義、社会主義、民主主義I』 『同 II』 、 『シュンペーター 経済発展の理論(初版)』 など、いずれも経済学に詳しいベテランの編集者が担当していますね。
野澤:はい、僕たちの先輩方が編集しています。経済学の巨人といわれるシュンペーターですが、「難しい」と挫折する人も多いようです。そこで、現代人にも読みやすいように新たに訳している、というのがポイントになります。
イラストと事例豊富な解説を入り口に
中川:シュンペーターの著作が身近になってきたのですが、私のような経済学に詳しくない人には、それでもまだ壁が…。そんな方にも楽しく読んでいただけるのが、今年発行された 『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者 シュンペーター』 です。
私はスティーブ・ジョブズなどテック業界の創業者が新しいものを生み出す物語が好きでシリコンバレー関連の本を編集してきましたが、「ゼロからヒットは生み出せない。すでにあるもの同士を組み合わせることが大切」といった話、「iPhoneをゼロからつくったことがすごいのではなく、世界にスケールさせたことが真骨頂」といった解説を、著者の名和高司さんがシュンペーターの理論を基にされていて、とても分かりやすかったです。
野澤:そうですね。この本を担当した編集者は、難しいことを分かりやすく解説するのが上手。イラストもたくさん入っていて、これまで経済書をつくってきた僕から見ても、「おお、こんな編集の仕方があるのか!」と衝撃を受けました。本って、担当する編集者によって、まったく出来上がりが違うところも面白いですよね。
中川:私もうまい作り方だなあと思いました。それに、1950年に亡くなったシュンペーターが、「資本主義の衰退は不可避」と予言していたとか、「その先に社会主義化がやってくる」と見ていたなど、とても斬新でした。
野澤:『史上最高の経済学者 シュンペーター』で予習をしてから、『経済発展の理論』と『資本主義、社会主義、民主主義』にトライする、というのを夏休みの挑戦課題にするのもよいかもしれません。
ウクライナ侵攻を多角的な視点でインプットしておく
中川:そして夏に追いついておきたいのが、ウクライナとロシアにまつわる状況。お薦めは新刊 『ウクライナ危機 経済・ビジネスはこう変わる』 と 『デジタル国家ウクライナはロシアに勝利するか?』 です。この2冊も、「日経の本」のベテラン編集者の担当ですよね。
どちらも緊急出版で、いざというときにフットワークが軽いのがベテランの大先輩たち。今回、改めてそのパワーに圧倒されました。
野澤:『ウクライナ危機』は、開戦直前から4月末にかけて「日経ビジネス」と「日経クロステック」の記者が報じてきた記事を再編集して、緊急出版した本です。経済、ビジネス、テクノロジーとさまざまなテーマに強い記者と、書籍編集のプロが力を結集してつくった本で、日経BPならでは、という企画だと思います。
中川:もう1冊の『デジタル国家ウクライナはロシアに勝利するか?』の目玉は、ウクライナのミハイロ・フェドロフ副首相兼デジタル変革大臣へのメール・インタビューです。驚いたのは、戦時下にあってもデジタル化を加速させているところ。暗号通貨の寄付サイトを立ち上げて、6000万ドル以上の寄付を集めたり、敵の動きをウクライナ軍に知らせるチャットボット「Vorog」を導入したりしているそうです。政治や軍事はもちろん、テクノロジーや経済の面から見た「今の戦争」の姿は、非常に勉強になります。
野澤:ウクライナ侵攻については、世界の安全保障の枠組みはもとより、経済や産業分野などにも甚大な影響を与えています。多くの記者、論者が多角的な視点から語るこれらの本は、これまでの情報を整理して理解するのに役立つはずです。
ノーベル賞受賞者もシリコンバレーの名著も
中川:さて、最後にもう1冊お薦めしたいのが 『読書大全』 です。A5判で500ページ近い大著で、長い夏休みで時間がたっぷりある方でも読み応えがあります。「人類の歴史に残る200冊」として、著者の堀内勉さんが古典から最近の本までを1冊1~2ページで紹介。いきなり不慣れな分野の本や難解な古典を読み進めるのは大変そう…とためらっている方でも、『読書大全』で概要を知り、面白そうな本から手に取ってみる読書はいいと思います。『読書大全』の中で、野澤さんがお薦めの本はありますか?
野澤: 『良き社会のための経済学』 (ジャン・ティロール)ですね。2018年の日本経済新聞「エコノミストが選ぶ経済図書10選」の第1位に輝いた名著。世界で最も影響力があるといわれるノーベル経済学賞受賞者が、初めて一般読者に向けて書いた経済書です。社会制度、環境、失業問題、イノベーション、金融などなど、幅広いテーマについて、経済学がいかに社会に役立てるのか、分かりやすく解説しています。この本、本当に読みやすいのですが、600ページ以上もある大著なので、夏休みにこそ読みたい一冊だと思います。
中川:私は未読なので、読まなきゃいけませんね。私が担当した本の中では、 『HARD THINGS』 と 『ファクトフルネス』 を『読書大全』で紹介していただきました。この2冊は、私の中でもとても大事な本です。『HARD THINGS』は、リーダーが直面するあらゆるつらい困難(HARD THINGS)にどう対処すればいいのかという視点で書かれた本で、多くの起業家の方から「この本を出してくれてありがとう!」「涙が止まらない…」など感動や感謝の言葉を頂きました。本を買ってもらって、読んでもらって、お礼まで言ってもらえたことに驚きました。そのくらいいい本です。
「成功するにはどうすればいいのか」ではなく、「困難に直面したときにどうするか」を題材にしたところに、著者のベン・ホロウィッツさんのすごみがあります。あまりに読者からの反響が大きいので、ベンさんに「来日してください!」とフェイスブックメッセンジャーで投げかけたら、どんどん話が進んで、本当に日本に来てくださって、本当に素晴らしい方です。それから…
野澤:中川さん、興奮のあまり、話が止まりません(笑)。担当編集者の心をも激しく揺さぶる本、これもやっぱり必読ですね。
このほかご紹介できなかった作品も含めて、本当にお薦めしたいものばかりで、「日経の本」を読むだけで夏休みが終わってしまいそうです。…って、ちょっと売り込み過ぎですかね。
中川:でも宣伝抜きにして、いい本が多いのですよね。私も日経の本を読みつくすために、1年くらい夏休みがほしいです(笑)。
写真/長野洋子(日経BOOKプラス編集部)