秋といえば、読書です。本は読みたいと思っているけれど、本が多過ぎて選べないとか、つまらない本は読みたくないといった声をよく聞きます。そこで、「日経の本」の作り手である書籍編集者が30人以上も所属する日経BOOKSユニット第1編集部を率いる野澤部長に、秋の読書に全力でお薦めしたい同僚が作った本を聞きました。
中川ヒロミ(以下、中川):秋になって、おいしいものが増えてきましたね。食欲の秋ですが、「読書の秋」でもあります。夏には「夏休みは読書だ」と言い張り、日経BOOKプラスに「手前みそですが、部長が全力でお薦めする『日経の本』 2022夏」という記事を掲載しましたが、多くの方に読んでいただけましたね。
野澤靖宏(以下、野澤):はい、私たちのお薦め本の記事をあんなに多くの方に読んでいただいて、大変恐縮です。
中川:日経BOOKプラス編集部から、「2022年秋」編も掲載するようにとプレッシャー……じゃなくて、期待を受けました。編集者って忘れないんですよね、怖いですよね。という訳で、秋にお薦めの本をぜひ教えてください。今、読んでおきたいテーマはなんでしょうか。
「回転ずし1700円超え」の背景を読み解く
野澤:なんといっても、「激動の日本経済」です。急激に進む円安と物価上昇は、私たちの生活にも大きく影響しています。10月から近所の回転ずしの値段も上がってしまって、ショックを受けました。毎回ハイボール込みで1500円以下にしていたのですが、1700円を超えるようになってしまいました。ただし、お店で働く方々などのことを考えれば、この値上げでも十分かどうかは分からないのですが……。
それはともかく物価上昇の背景には、円安による輸入品価格の上昇があると思います。9月に発行した 『「強い円」はどこへ行ったのか』 では、今回の円安は「構造的な変化」で、かつての円高には戻らないかもしれない、これからは「安い日本=お買い得な日本」を生かすことも視野に入れるべきだ、と説いています。ある意味、衝撃的な本です。
中川:厳しい状況にありますよね。物価が上がっているのに給料は上がらず、生活は打撃を受けます。私には中学生の息子がいるのですが、ニュースを見ながら「最近日本企業の給料があんまり上がらないから、英語も勉強しなさいよ」と言ったら、「なんで上がらないの?」と聞かれて、きちんと説明できなかったんです。企業は利益を出しているし、人材不足ともいわれているのに、なぜ賃金が上がらないのか。そこですごく参考になったのが、 『どうすれば日本人の賃金は上がるのか』 。賃金を抑え、円安で利益を出してきた日本企業の構造を解説してくれています。
野澤:その意味では、 『日本経済の見えない真実』 もとても興味深い本です。著者の門間一夫さんは、元日本銀行の方なので、金融政策について詳しく語られていますが、日本の格差や賃金の問題も論じていて、多面的に考えさせてくれます。経済の本というと縁遠く感じてしまう人もいるかもしれませんが、ビジネスパーソンや企業が、「低成長」が当たり前の時代をどう生き抜くべきかを考えるヒントになると思います。
中川:日本企業にまつわる衝撃的な本といえば、 『すべての企業人のためのビジネスと人権入門』 があります。第三者機関による人権への取り組みランキングでは、そうそうたる日本企業が平均以下どころか、ほぼゼロ点という企業までありました(「平均点以下が続出、悲しいほど低い日本企業の人権意識」)。さらに、そうした人権への取り組みが後回しにされた理由の背景には、直近の10年で日本企業の総売り上げは横ばいなのに、総利益が5倍になっていることです。コスト削減に励んで利益を出すのはいいことではありますが、賃金が上がらない、人権が後回しということにつながっているとすれば、なかなか明るい気持ちになれません。
「中二階」から光源を、「技術」からワクワクを
野澤:それでも何か、日本を照らす光源はないのか、という視点からお薦めするのが 『中二階の原理』 です。日本では、社会を動かす基本原理(二階)と現場(一階)にゆがみがある場合、それを中和する原理(中二階)を置くことで、社会や組織を機能させてきた、その中二階の原理を見直すべきだ、と説く本です。具体的な中二階の例として、「かな文字」「天皇制」などが挙げられるのですが、短い言葉ではうまくお伝えできないので、ぜひ読んでいただきたい本です。高名な経営学者の伊丹敬之さんによるユニークな日本論で、元気をもらえる内容です。
中川:日本が元気になるには、やっぱり新しいサービスや技術が登場していくことかなと思います。毎年秋に発行しているシリーズの最新刊 『日経テクノロジー展望2023 世界を変える100の技術』 を読むと、こんな技術が登場しているのかとワクワクしてきます。日経BPには技術に詳しい専門記者や編集長などが多くいますが、これがイチオシだという技術を解説しています。
野澤:ワクワクする技術といえば、メイク技術を解説した 『今日はどのかわいさでいく? メイク大全』 はすごい本だと思いました。撮り下ろしの写真満載で、レイアウトもすごく工夫されています。私はモノクロで文字中心の本ばかり編集してきたので、「こういう本は、どうやって作るのだろう?」と興味が湧きました。
中川:こうしてみると、私たちの編集部はバラエティーに富んだ本が多いですよね。今回ご紹介した経済関連の本も読みやすいのですが、基礎から分かる本としては新人編集者が勉強しながら担当した 『Q&A 日本経済のニュースがわかる! 2023年版』 もお薦めですね。「世界で物価が上がっていると聞きました。日本はどうですか?」といった質問に分かりやすく回答しています。
野澤:私たちが編集する本、本当にいろいろあって、眺めていてもまったく飽きません。読書の秋も、日経の本を読むだけで、あっという間に暮れてしまいそうです。って、ちょっと売り込み過ぎでしょうか。
中川:いい本は皆さんに読んでいただきたいので、ついつい熱くなっちゃいますね。その結果として、野澤さんが回転ずしの値段を気にせずに堪能できるくらい給料が上がるといいですね。
写真/長野洋子(日経BOOKプラス編集部)