多数のクリエイティブを生み出し、ユーザー獲得コストの増減を点検する――。重要な仕事ではあるが、次のリーダーを目指すマーケターは、そこで満足していいのか。トーマス・バルタ氏が実施した大規模調査に基づき、成功するマーケティングリーダーになるための秘訣をまとめた書籍『世界のトップマーケターだけが知っている「12の成功法則」』が発売となった。本記事では、書籍全体を貫くバルタ氏の視点に基づき、マーケティングリーダーの本質に迫る。[日経クロストレンド 2025年7月25日付の記事を転載、一部改訂 ※2023年9月~24年2月公開の連載「マーケターのためのリーダーシップ論」を再掲載]
日本の企業がさらなる成長を目指すうえでは、強力なマーケティングが必要となる。日本の多くのマーケターは「もっと自社に大きな影響を与えることができたら」と願っているはずだ。それは世界中のどの国のマーケターでも変わらない。組織内でもっと発言力があればと考えている。
そんな悩みを持つマーケターに朗報がある。後述するCMO(最高マーケティング責任者)をはじめとするマーケティングリーダーの成功に関する世界最大規模の調査によって、マーケティング分野の重要なリーダーシップスキルの姿、そして着実に影響力を発揮するための道筋が見えてきたのだ。
「実行」と「主導」は大きく異なる
社内で大きな影響力を発揮するとは、何を意味するのか。この理解のためには、まず「マーケティング施策を単に実行することと、それを主導することは、全く違う」のだという認識を持つ必要がある。
例を1つ紹介しよう。2020年3月、酒類大手である英Diageo(ディアジオ)のビール部門グローバル責任者マーク・サンディス氏は、パレードなどの行事が開催される3月17日の聖パトリックの祝日に向け、ビール「ギネス」の売り上げが例年通り盛況になると予想していた。
突然、新型コロナウイルス感染症拡大のパンデミック(世界的大流行)が襲ってきた。世界的なパブの閉鎖により、ギネスビールは何百万リットルも売れ残り、収益が激減する悲惨な状況に直面した。
ビールの消費期限を延ばす、あるいはパブに支払いのためのローンを提供するといった安易な策に頼ることもできただろう。真のマーケティングリーダーであるサンディス氏は、そうしなかった。パブからビールを買い戻し、営業再開のサポートのためにビールサーバー機器の清掃チームを結成した。そのために数億ドルを投資するという、大胆なアプローチを選択したのだ。
社内での激論の末に承認を受け、この戦略は実行されることになった。第1波が収まり、パブの営業が再開されると、ギネスの売り上げは急上昇した。その後、20年秋にコロナ禍の第2波が来たときも、サンディス氏は粘った。彼はまた社内を説得し、買い戻しと清掃への投資を再び実行した。
最終的に、この粘り強さが功を奏した。パンデミックの収束が見えるにつれて、ギネスは市場のリーダーとなった。記録的な売り上げを実現し、前例のないほど強力なブランド構築に成功した。社会全体がダメージを受けるほどの大きな危機の中で、サンディス氏が成功できた理由は、その場しのぎの施策を単に実行するのではなく、新しい手段を模索し、信念に従って主導したからである。
「顧客理解が重要」なのにトップ経営層にマーケター不在
日本のCMOは、日々の仕事を進めるうえで何を重視しているのだろうか。コンサル大手のDeloitte(デロイト)が実施した調査「Global Marketing Trends 2023(グローバル・マーケティング・トレンド)」によると、日本のシニアマーケターは仕事上で「新規市場への拡大」「デジタル機能の構築」「顧客のパーソナライゼーションの向上」の3つを特に重視していると答えている。
経営者やCEO(最高経営責任者)であれば、いずれの項目もビジネスの成功へ重要な鍵となっていることに同意するだろう。日本のマーケターは、もっと社内の発言力を強く持ち、重要な意思決定に関与すべきなのだ。
ところが現実はそうではない。多くの会社はもっと顧客志向になりたいと言い続けている割に、CMOが不在の日本企業は多い。どうやらトップ経営層の中でマーケターの評判は芳しくない傾向があるようだ。CEOになるCMOはまだ一部にとどまっている。
マーケターを微妙な位置付けにする3つの溝
日本だけでなく実は世界の中でも、マーケターは会社の中で微妙な位置付けにあると見られることがある。なぜだろうか。他の社員やマネジメント層にはない、3つのギャップが存在していることが大きな要因となる。
●信頼のギャップ:マーケティングの仕事に関する数値の大半は未来に関するものだ。例えば、将来の顧客行動、将来の売り上げ、将来の利益などが挙げられる。「数字を示せ」という場面で大抵は予測値を示すことになる。だからこそトップ経営層はマーケターの言うことを、ある程度は疑ってかかる。ギネスビールのサンディス氏も、大胆なビール買い戻しの計画を提案したとき、この信頼ギャップに直面した。
●力のギャップ:日本の大手航空会社を想像してみてほしい。CX(カスタマーエクスペリエンス)の創造には何人の人が関わっているのだろうか。社内のほぼ全員と言えるだろう。その中でマーケティング部門に属している人はどうか。ごく一部に限られるはずだ。マーケターが顧客体験に影響を与えようと思えば、大きな力の差に直面することが多い。
●スキルのギャップ:マーケティングに関する技術は毎月のように変化している。日々の業務に追われ、十分に必要な知識を吸収できていないという人が多いのではないか。このスキルのギャップは本人の責任とは言えない面もあるが、自信を奪う要因にもつながり、大きな課題となる。
この3つのギャップは、将来の大胆な計画よりも、今日の数字や成果を重要視する組織ではなおさら大きくなる傾向がある。
マーケティングリーダーの成功の秘訣が見えた
CMOが成功する真の理由を深く追究するため、私はさまざまな人々の協力を得ながら、80以上の国や地域の6万8000人以上を対象に、マーケターの成功の法則を探る世界最大規模の調査を実施した。その分析を『世界のトップマーケターだけが知っている「12の成功法則」(原題:The 12 Powers of a Marketing Leader)』にまとめた。この大規模な分析で分かったことは、CMOの成功に関する従来の見方を完全に変えるものだった。
成功したマーケターの仕事といえば、化粧品や日用品あるいは食品や飲料などの印象的なマーケティング施策が思い浮かぶかもしれない。最近では特に、デジタル分野のマーケティング(テクニカルマーケティング)をうまく行うことを想起する人が多いだろう。キャンペーンを成功させ、新しい流通経路を見つけ、適切な価格を設定する。もちろん、これらは重要である。
我々の調査は、ビジネスへの影響力とキャリアの成功のためには、テクニカルマーケティングのスキルは有用であるが、それだけでは不十分であることを初めて明らかにした。
● CMOなどマーケティング部門を率いるリーダー(マーケティングリーダー)がもたらすビジネスインパクトのうち、「技術的なマーケティングスキル」によって説明できるものは、わずか15%程度であった。最も成功した人々は、テクニカルマーケティングの担当者としても「十分に優秀」だったが、必ずしもベストではなかった。
● 同じ調査で「マーケティング・リーダーシップ・スキル」の値は55%となった。成功するリーダーは、マーケティングを熟知しているだけでなく、人々を説得し、考えを変え、変革の事例を作ることにたけている。一方、一般社員としての「優れたマーケター」は、組織内で物事を実現する方法を知っているだけにすぎない。
何世代にもわたって、マーケティング関連の知識を伝える大学院などの学校はマーケティング担当者にブランディング、価格設定、流通、デジタルのスキルを教えてきた。これらのスキルは有用ではあるが、スタート地点にすぎない。日本のマーケターが成功するためには、マーケティングリーダーシップという新しいスキルを身につける必要がある。
360度のリーダーシップを構築
マーケティングリーダーシップとは何かを深掘りしていこう。マーケティングリーダーの影響力が向かう4つの方向性に関する調査結果が以下の通りだ(カッコ内の数値は回答者が重視していると考える比重を集計したもの)。
(1)上層部をリード(23%) ※図では「上司」
最も成功しているマーケターは、重要な顧客のニーズを役員室に持ち込み、経営トップにとって本当に重要な問題に取り組み、リターンを生み出し、それを証明し、最高の外部パートナーと協力して、最高のインパクトを生み出している。言い換えれば、マーケターが成功するためには、経営トップ層がより良い意思決定できるように支援する方法を知らなければならない。
(2)水平方向にある他部門をリード(21%)※図では「同僚(同じ職位)」
先に「力のギャップ」について述べたが、マーケティングはしばしば他部門に影響を与えなければならない。成功するマーケターが、他部門の同僚を動員し、インスピレーションを与えるストーリーで希望を与え、ムーブメントを起こし、リードする方法を知っているのは当然だ。
(3)自らが率いるチームをリード(31%) ※図では「自分のチーム」
当然のことながら、優れたマーケターは優れたチームリーダーである。どんなに優秀なCMOでも、一人で変革を起こすことはできない。組織がさらに顧客志向になるためには、信頼と自信を持った熟練したチームが必要となる。
(4)自分自信をリードする(25%) ※図では「自分自身」
マーケティングはとても重要で、エキサイティングな役割であるが、大変な仕事でもある。だからこそ、マーケターが成功するためには、自身の目的を明確にし、個人的にも重要だと心から信じられる仕事をしなければならない。
シニアリーダーの意思決定を支援する
今日の一般的なリーダーシップに関する本の多くは、チームを作り導くこと、あるいは自分自身の目的を見つけることについて述べている。これまで述べてきたように、どちらも重要である。しかし「信頼のギャップ」と「力のギャップ」を埋めるためには、マーケターはそれ以上のことをしなければならない。
CMOのビジネスとキャリアの成功のためには、垂直の上向き(上層部)と水平方向(他部署)への働きかける影響力(合計で45%)を動員することが、チームを管理すること(31%)よりも重要になる(下図)。
チームマネジメントが重要でないと言っているわけではない。ギネスのリーダーであるサンディス氏の例が示すように、優れたマーケターは、部下をうまくリードするだけでなく、上と横を動かす方法を理解している。マーケティングのリーダーは変革のリーダーなのだ。
マーケティングリーダーは生まれるのではなく、つくられる
先に紹介したデータの中で、マーケターの成功に性別がほぼ関与していない(1%未満)ことにも注目したい。日本では、マーケティングのトップの地位にもっと多くの女性を必要としている。データは、機会が与えられればマーケティングの世界で性別に関係なく活躍できることを示している。
私たちの研究で得たデータの中で、もう一つ印象的で勇気づけられたのは、ビジネスへの影響において、パーソナリティーが果たす役割はかなり小さいということだった。
私たちの研究では、よく知られている5つの性格特性モデルを使用した。その人がどれだけオープンで、良心的で、外向的で、好感が持てて、情緒的に安定しているかを測定するものである。これらすべてを合わせても、マーケティング担当者の成功に寄与する割合は5%未満にすぎなかった。
その意味は何か。生まれつき信頼のギャップ、力のギャップ、スキルのギャップを埋める資質を備えたリーダーはごくわずかであり、マーケティングリーダーシップのスキルは学ぶことができる、ということである。そして、学ぶべきなのだ。
日本のマーケターがさらに影響力を持ちたいのであれば、優れたテクニカルマーケターであり続けることに加え、上司や同僚を動かすという重要なスキルを加え、真の変化を起こさなければならない。ギネスを成功に導いたサンディス氏もその考えに大いに同意してくれるはずだ。
トーマス・バルタ、パトリック・バーワイズ(著)、田中恵理香(訳)/日経BP/2750円(税込み)





