米国の著名投資家ウォーレン・バフェット氏が率いる投資会社バークシャー・ハザウェイは、2022年に入り、買い出動したが、苦戦気味のようだ。そもそも過去の成績でも、バークシャー・ハザウェイはS&P500の騰落率と比較して常に勝っているわけではない。バフェット氏を真似(まね)すれば株式投資がうまくいくなどと誤解しないほうがいいのは確かだ。日経プレミアシリーズ『 株式投資2023 不安な時代を読み解く新知識 』(前田昌孝著)から抜粋・再構成してお届けする。

バフェット氏は買い出動したが……

 プロ投資家にとっても、強いアゲンストだった2022年。米国の著名投資家ウォーレン・バフェット氏がどうかじ取りしてきたかを振り返ってみたい。

 図表1はバフェット氏が会長兼最高経営責任者(CEO)として率いている投資会社、バークシャー・ハザウェイの公表資料をもとに作成した株式投資動向だ。黒い棒グラフと青色の棒グラフをワンセットと考えてほしい。最新の状況を示す一番右側のワンセットは2022年7~9月の状況を示している(筆者推定)。

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 そのすぐ左隣の2022年4~6月期までは、公表済みの四半期報告書に基づいた確定値だが、もう1つ隣の2022年1~3月期に、黒い棒が400億ドル前後のどころまでぐっと伸びていることに気が付かれるだろう。黒い棒は当該の四半期に新規投資をした金額から、売却・換金した金額を差し引いた「買い越し額」だ。

 売り越しになれば、黒い棒グラフはゼロを示す基準線から下側に伸びるのだが、2022年1~3月期は過去にないほど、黒い棒グラフがゼロから上に大きく伸びた。バフェット氏が買うのは主に米国株だ。2022年に入ってからの米株式相場の調整(下落)を見て、大胆に買いに動いたことが見てとれる。

現金比率が30%から急低下

 機関投資家の投資ポートフォリオのうち、現金・現金同等物(預金など)・政府短期証券などリスクがほぼゼロで、その気になればすぐに他の投資先に振り向けられる待機資金の割合を、専門用語でキャッシュポジションと呼ぶが、バークシャー・ハザウェイは図表2に示す通り、2021年9月末までこの値が30%前後を上回っていた。

 ほぼ全額を株式などに振り向けていれば「フルインベストメント」というが、バークシャー・ハザウェイは何と30%も待機資金を抱えていたのだ。世界のバフェット・ウオッチャーはこの状況を見て、「割安株投資を得意とするバフェット氏が、なかなか仕込みたいと思うような銘柄が見つからないほど、米国株がバフェット氏に割高に映っている表れだ」と捉えていた。

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 しかし、2022年1~3月期に実施した空前の規模の買い出動で、バークシャー・ハザウェイのキャッシュポジションは2022年3月末に一気に19.8%まで低下し、市場参加者の間からは「バフェット氏の慎重姿勢が一転した」という声も出た。「それでもまだ20%もキャッシュを持っている」(さわかみ投信の澤上篤人氏)のではあるが、とにかく歴史的な買いに動いたのである。

 買った銘柄はオキシデンタル・ペトロリアム、シェブロンといった石油株だった。図表3は2022年6月末にバークシャー・ハザウェイが組み入れている米国株(米国市場に預託証券を上場している外国企業の株式を含む。日本の大手商社株や中国の電気自動車メーカーBYDなど米国市場に上場していない外国企業の株式は含まない)45銘柄をすべて掲載しているが、両社とも上位に顔を出している。環境規制にロシアのウクライナ侵攻が加わり、原油価格の上昇基調が続くと踏んだのであろう。

(出所)保有銘柄報告書
(出所)保有銘柄報告書
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回復もつかの間、ヒヤリ局面が続く

 下世話な話だが、この大規模買い出動は当たったのだろうか。もう一度図表1に戻ると、右端から2番目の2022年4~6月期の状況を示すところで、青色の棒グラフが下に大きく伸びている。これはバークシャー・ハザウェイの4~6月期の保有株式の時価評価額が668億ドルも減少したことを示している。

 7~9月期も8月中旬までは回復傾向だったが、その後、暗転し、9月末までの通算では結局、84億ドル減少した。石油株が抱えた評価損ではなく、株式ポートフォリオ全体の評価益の減少だが、いずれにしても4〜6月期以降の株式相場は、巨大投資家にとっても、ヒヤリハットの一幕が続いているのだろう。

 バークシャー・ハザウェイの株式保有額は2022年6月末現在、米国市場上場銘柄だけで3001億ドル、外国株も合わせると3461億ドルに達するが、株価指数(インデックス)連動型運用を中心とする巨大な年金基金の株式運用などと大きく異なり、特定の少数銘柄に絞って保有する集中投資型の運用になっている。

 米証券取引委員会(SEC)がオンラインで公表している1998年末以降の95通の保有銘柄報告書を総点検すると、2022年6月末までに一度でも保有したことがある銘柄(カウント対象は米国市場上場銘柄のみ)は190を数えるが、4分の3強はすでに売却し、図表3に示すように、6月末現在の保有銘柄は45にすぎない。

アップルだけで42%も保有

 しかも、アップルだけで米国株ポートフォリオの41.7%を占め(図表4)、保有上位10銘柄で米国株ポートフォリオの87.9%を構成している(2022年10月17日現在の筆者試算値)。バークシャー・ハザウェイの主力業務は保険業で、大勢の契約者に帰属する資産を運用している割には、保有銘柄がちょっと偏っている。だからこそ、バフェット氏が何を考えているのかが、市場参加者の間で常に話題になるのだ。

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 バークシャー・ハザウェイの新規購入銘柄は、市場参加者の注目の的だが、保有銘柄が常に値上がりしているわけではなく、ここ数年を振り返っても、IBMへの投資はほとんど成果が出なかったし、航空会社への投資は失敗と言ってもいい状態だった。

 アップルへの投資が当たったことと、コカ・コーラ、アメリカン・エキスプレス、ムーディーズなど超長期保有銘柄が値上がりしたことを反映して、現段階でも保有株の時価評価額が投資元本を大きく上回っていることは確かである(図表5)。しかし、もしファンドマネジャーとしてのバフェット氏の手腕を、米国株式相場のベンチマークであるS&P500の騰落率と比較した場合には、図表6に示すように、いつも勝っているわけではない。

(出所)保有銘柄報告書のデータなどをもとに筆者作成
(出所)保有銘柄報告書のデータなどをもとに筆者作成
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「投資の神様」は健在なのか

 バフェット氏は2022年8月30日に92歳の誕生日を迎えたが、80歳代だった2010年代にはS&P500を下回る成績しか残せず、市場関係者には「眼力が衰えた」と言われていた。

 90歳代になって、またベンチマークに勝つことが増えているから、よみがえったなどと評する向きもある。この状況を「投資の神様は健在だ」と説明することは、人生ストーリーとしては面白い。

 ただ、筆者はどんな銘柄が上昇するかなどは、誰にも予想できないと考えている。もちろんある一定期間を取れば、投資に大成功する人も大失敗する人もいるが、それはたまたまにすぎない。「もし投資の勉強を積み重ねれば、上手に儲けられるようになる」というのならば、世界に多数あるアクティブ運用投信(株価指数に機械的に連動させるのではなく、ファンドマネジャーが自らの眼力で組み入れ銘柄を選んで運用する投信)の運用成績の平均値は、株価指数を上回るはずだが、負けているのが実態だ。

家族にはインデックス投信を推奨

 バフェット氏が優れているのは、投資家としての眼力ではなく、保険業務を主体としたバークシャー・ハザウェイという投資会社を運営し、そのビジネスを通じて、常に株式投資に振り向けられる資金を確保してきたことであろう。だから、いつまでも投資の世界に君臨することができ、何を買って何を売ったかといった一挙手一投足だけでなく、メディアなどを通じて語られる片言隻句が注目されるのである。

 バフェット氏自身、2022年2月26日に公表したバークシャー・ハザウェイの「株主への手紙」のなかで、自分の投資は株価の変化を追い求めているのではなく、投資先の会社の事業を買うのが目的だと言っている。

 家族には以前から、個別株投資ではなく、S&P500に連動するインデックス投信を買うように勧めている。株式投資には必勝法も必敗法もないのである。バフェット氏を真似(まね)すれば株式投資がうまくいくなどと誤解しないほうがいい。

バフェット氏はバークシャー・ハザウェイを運営し、株式投資に振り向けられる資金を確保してきた
バフェット氏はバークシャー・ハザウェイを運営し、株式投資に振り向けられる資金を確保してきた
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「長期・分散・積み立てだから安心」は大間違い!

物価高や円安の株価への影響、真価が問われる東証プライム市場やガバナンス強化の動き、NISAが誘う長期・分散・積み立て投資の現実、「投資の神様」バフェットの買い出動の結果など、株式市場の世界を、取材歴40年のベテラン証券記者が、取材とデータ分析をもとに独自の切り口で解説。

前田昌孝著/日本経済新聞出版/1045円(税込み)