TBSテレビ日曜劇場で話題の『ザ・ロイヤルファミリー』。原作者の早見和真さんは、『ぼくたちの家族』『アルプス席の母』など、家族をテーマとした作品を数多く執筆しています。『ザ・ロイヤルファミリー』(新潮文庫)という作品がどのように生まれたかや、伝えたかったことについて聞きました。

「売れる競馬小説を書けばいい」

 『 ザ・ロイヤルファミリー 』(新潮文庫)は2019年に単行本を出版、山本周五郎賞とJRA賞馬事文化賞を受賞しました。競馬をテーマとした小説が馬事文化賞を受賞したのは1987(昭和62)年の第1回を受賞された宮本輝さんの『 優駿 』(新潮文庫、リンクは上巻)以来でした。馬事文化賞は、ノンフィクションやエッセーは多くの方が受賞されていますが、こと小説となると、平成の年号を超えて、それ以来だそうです。2025年秋にTBSテレビ日曜劇場でドラマ化され、思っていた以上の大きな反響をいただいています。

 今回のドラマ化を後押ししてくれたのは、20年前から飲みに連れていってくれていたTBSのバラエティ部門の社員さんです。出会った当時、僕は留年して新聞社の内定を取り消されて腐っていて、彼も仕事で悩んでいた時期でした。その後、彼が関連の制作会社副社長となったタイミングで『ザ・ロイヤルファミリー』が出版され、「ドラマの企画書を書いてもいいですか」と声をかけてくれたんです。おそらくドラマ化が実現するなんて、企画書100本のうち1本あるかどうかでしょう。出版からは5年以上たっていますが、コロナ禍もあったのに「ドラマ化したい」という思いを貫いてくれて、ありがたい限りです。

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早見和真(はやみ・かずまさ)氏
1977年神奈川県生まれ。2008年『ひゃくはち』で作家デビュー。2015年『イノセント・デイズ』で日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。2020年『ザ・ロイヤルファミリー』でJRA賞馬事文化賞と山本周五郎賞を受賞。同年『店長がバカすぎて』で、2025年には『アルプス席の母』で本屋大賞ノミネート。その他の著書に『ぼくたちの家族』『95 キュウゴー』『小説王』『笑うマトリョーシカ』『八月の母』『問題。以下の文章を読んで、家族の幸せの形を答えなさい』「かなしきデブ猫ちゃん」シリーズ(絵本作家かのうかりん氏との共著)、ノンフィクション作品に『あの夏の正解』『ラストインタビュー 藤島ジュリー景子との47時間』がある。

 『ザ・ロイヤルファミリー』を書いたのは、その前に書いた『 イノセント・デイズ 』(新潮文庫)が関係しています。元恋人の家に放火、妻と子を殺めたとして死刑囚となった女性を主人公としたこの作品は思った以上に、多くの方に読んでいただいた。売り上げにも貢献できたのかもしれない。そこで版元の新潮社がご褒美的に「次は早見さんが書きたいテーマで何でもいいですよ」と言ってくれました。

『ザ・ロイヤルファミリー』(早見和真著、新潮文庫)/画像クリックでAmazonリンクへ
『ザ・ロイヤルファミリー』(早見和真著、新潮文庫)/画像クリックでAmazonリンクへ

 僕は作家になった今でも、書くことが本当にしんどいのです。謙遜ではなく、自分は書き手としては三流だと認識しています。いまだに新しくデビューした作家さんが新人賞を取った作品を読むと打ちひしがれ、「こんなの自分には書けない」と心が切り刻まれる。僕にとって小説を書くということは、自分の実力のなさを突き詰め、向き合う作業です。日々、頭の中では「こういうものが書けるぞ」と思っているのに、自分の中から出てくる言葉が追いつかない、ということを繰り返しています。

 その苦しみを知っている編集者が「だったら無条件に、早見さんが楽しかったことを書いたらどうですか」と。そのときに頭をよぎったのが、学生時代に夢中になっていた競馬でした。ただ、競馬を書いた小説といえば、宮本輝さんの『優駿』ぐらいしか当時の僕には思いつかなかった。

『優駿』(宮本輝著、新潮文庫、リンクは上巻)/画像クリックでAmazonリンクへ
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 担当編集者に「競馬は売れないよ」と言ったら、「売れる競馬小説を書けばいいんですよ」と。簡単に言ってくれるよな、と思ったけれど、自分が思う競馬の魅力って何だろう? と改めて問い直しました。そこで頭に浮かんだのが「継承」というキーワードでした。競走馬は血統が脈々と受け継がれ、そこに人が託した思いも引き継がれていく。その両者の継承の瞬間を書いてみたくなった。

 『ザ・ロイヤルファミリー』は原作もドラマも2部構成で、僕が一番好きなのは1部から2部へと物語が移る瞬間。ドラマでは第7話に相当します。撮影を終えた妻夫木聡さんから「第7回は間違いなく神回ですよ」と連絡をいただきました。キャストやスタッフのみなさんも、同じところをいいと思ってくださったのはうれしかったですね。

執筆を後押ししたカズオ・イシグロ『日の名残り』

 担当編集者からOKをもらっても、「多くの人に読まれる競馬小説」は難しく、なかなか書き始められませんでした。世に競馬ファンはたくさんいるけれど、おそらく小説を読む層は少数派。本を買うお金があるなら馬券を買っていたいという人がほとんどでしょう。逆に一般的な小説の読者からは「競馬なんてどうせギャンブルでしょ」と拒絶されてしまう。騎手や牧場、馬主が主人公となると、いちいち競馬用語の解説をさせるのは不自然になってしまう。競馬とはまったく無関係で、競馬の世界を語れる人物は誰だろう…と考え、やっと思いついたのが税理士からレーシングマネージャー(馬主と調教師、厩舎などの調整係)に転身する主人公の栗須栄治でした。

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 そして、「もう今日から書き始めないと間に合わない」という日の朝、目にしたのがカズオ・イシグロさんがノーベル文学賞を受賞したというニュース。ファンとしてうれしく、次の瞬間「そうか、『ザ・ロイヤルファミリー』は『日の名残り』(早川書房)なんだ」とひらめいたのです。『日の名残り』が執事・スティーブンスの一人称による独白であるように、『ザ・ロイヤルファミリー』では栗須が物語を語るのだと。担当編集者に「この小説は『日の名残り』でいきます」とメールをし、その日の午前6時5分から書き始めました。

『日の名残り』(カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳、早川書房)/画像クリックでAmazonリンクへ
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 執筆中は『優駿』を読み返さないようにしていました。宮本輝さんは『優駿』に限らず天才的な作家なので、まともに立ち向かったらかなうわけがない。意識しないように──とは思うものの、やっぱり意識せざるを得ず、『優駿』がダービーを目指す物語なら、『ザ・ロイヤルファミリー』は有馬記念を目標にしようと決めました。

 後に『ザ・ロイヤルファミリー』を読んだ人から「宮本輝さんが『優駿』で社台ファーム(競走馬の生産牧場)の日の出を予見したように、早見さんは日高(北海道日高郡・日本の約8割を占める競走馬の産地)の復興を祈ったんですね」というお手紙をいただき、執筆の思いをくみ取ってくれる人がいたんだとうれしかったですね。

 日高といえば、『ザ・ロイヤルファミリー』の執筆中は馬産地ビジネスの実情を書いた河村清明さんの『 超サバイバル時代の馬産地ビジネス 』(CLAP)なども参考にしました。河村さんの本では近著の『 相馬眼が見た夢 岡田繁幸がサンデーサイレンスに刃向かった日々 』(講談社)も素晴らしい本でした。こちらは「総帥」と呼ばれて慕われた日高の競走馬生産者・岡田繁幸さんの人生を丁寧に取材したノンフィクションです。

『相馬眼が見た夢 岡田繁幸がサンデーサイレンスに刃向かった日々』(河村清明著、講談社)
『相馬眼が見た夢 岡田繁幸がサンデーサイレンスに刃向かった日々』(河村清明著、講談社)

社会の最小単位である「家族」を書きたかった

 本を出版したいまもなお「競馬ってギャンブルでしょ」と言われますし、もちろん、その要素は多分にあります。でも、『ザ・ロイヤルファミリー』で書きたかったのは先ほども言った「継承」、そして「家族」でした。

 「社会の最小単位が家族である」というのが僕の持論。いろんな家族の形を見ていくと、社会が浮き彫りになる。だから、世にいう「いい家族」に対する疑いも強いんです。

 例えば、僕が子どもの頃の「早見家」は世間から見れば「理想的な家族」だったと思います。父はなかなかのイケメンで、父の友人から聞いた話によると、高校生のときには、保健の先生と音楽の先生が父を巡ってケンカをしていたとか(笑)。社会的には人当たりのいい人物でしたが、息子である僕の目から見れば、バブル崩壊の波にのみ込まれ、金を稼ぐことができず、いつも母を泣かせていた。僕も「そんな家族の何がいいんだよ」と牙むく気持ちを抱えていました。早見家がそうだとはいいませんが、幸せに見えても破綻している家族は山ほどあります。

 『ザ・ロイヤルファミリー』でも、そこにいろんな家族の形を内包したかった。馬主の山王耕造は敵が多く、好き勝手に生きている人物ですが、僕の理想とする「言い訳をしない人間の生き方」を投影したかったんです。

 栗須や騎手、厩舎による「チーム」ができていく一方、家庭での山王耕造は「絶対に俺を裏切るな」と言ってしまうような孤独を抱えています。だからこそ、「馬」にのめり込む。その孤独を理解し、最後には読者のみなさんが山王耕造を好きになってくれるといいな、と思っています。

取材・文/三浦香代子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子