職場に、地域に、社会に中高年があふれる時代。かつてのように年齢を重ねただけで威厳を保ち、尊重された時代は終わった。萎縮し、軽んじられて、社会が望む「いい大人」を演じる中高年世代にエールを送る『「老害」と呼ばれたくない私たち』(日本経済新聞出版)。著者の河合薫さんに、新世代型中高年の生き方のヒントとなる本を紹介してもらいました。

つまみ読みのすすめ
「何者にもなれなかった」と嘆く40代も、「ただのおじさん・おばさんになってしまった」と焦る50代も、「いるだけで老害だ」と動揺する60代も、心の土台を見失っているだけ。『 「老害」と呼ばれたくない私たち 』(日本経済新聞出版)で私がお伝えしたかったのは、新世代中高年の皆さんへのエール。今回は、豊かな「半径3mの世界」をつくるために、お薦めしたい4冊を紹介します。
ご紹介しているのはボリュームのある本が多いのですが、どれも興味が湧きそうなところ、好きなところをつまみ食いならぬ、つまみ読みしていただければ。というのも、私自身、ずっとそういう読み方をしてきたからです。
今でこそ本を読む量は多く、新聞や雑誌、サイトの書評で気になったものや、人から聞いた本など、興味が湧いたものはとりあえずすぐ買うぐらいですが、私は本を読めない時期がありました。
私は幼少期をアメリカのアラバマ州で過ごし、日本人は我が家だけという環境でエレメンタリースクールに通いました。中学2年生の時に帰国したのですが、4文字以上の漢字が苦手、日本語の語彙力にコンプレックスがあり、長い文章を読むことに苦手意識を持ち続けていたのです。
気象情報会社で働き始めたとき、書庫に天気に関するあらゆる本があり、そこで小学生向けの天気の図鑑と出合ったことが転機となりました。難しいことを分かりやすく説明した本を興味のあるところから読むことで、基礎が理解できて、専門書も読めるようになっていきました。
働くことの意味を問い直す古典的名著
この経験から、本は必ずしも最初から最後まで通読する必要はなく、図鑑を読んだときのように自分が興味を持った部分から読み始めればいいという読書法が身に付きました。
スタッズ・ターケルの『仕事(WORKING)!』(スタッズ・ターケル著/晶文社)はまさにそうした読み方をしている1冊です。705ページの大著ですが、事あるごとに気になる部分を読み返して、耳を折ったり線を引いたりして、今ではバイブルのようになっています。

この本は、序文だけがターケルが書いた文章で、それ以外は全てインタビューを書き起こしたものです。新聞配達、モデル、農場の季節労働者、株式の仲買人、政府広報担当官など、さまざまな仕事に就いている133人の壮大な口述記録。「仕事なんてくそくらえ」と言っていたり、山ほどある仕事を重荷に感じていたり、その一方で、一部の人々は働くこと自体に深い喜びを見出していたり幸福を感じていたり。
それぞれの語りを通じて、働くこととの向き合い方や人となりが読み取れ、働き方は生きざまだと感じられます。それぞれが独立したストーリーなので、パラパラと見て気になるところを読むだけでも励みになりますし、ターケルが書いた序文だけでも読む価値がある、名著です。
人間関係こそが幸福の源泉
前回もお話ししましたが、私は20年にわたって1000人以上のビジネスパーソンにフィールドワークとしてインタビューしてきました。定量的な調査を分析していくことは、制度や仕組みを作るうえでも大切な調査ですが、数字だけでは見えてこない言葉を聞き取るのが、質的調査のインタビューです。
数字をどう解釈するかというときに、つい大きな数字や自分が立てた仮説に行きがちですが、実はネガティブデータに答えがあることの方が多いのです。インタビューをすることで、数字の隙間で見落としがちな言葉を拾い上げてきました。
『 グッド・ライフ 』(ロバート・ウォールディンガー、マーク・シュルツ著/辰巳出版)はハーバード大学メディカル・スクールが84年にわたって実施した追跡調査の結果をまとめたものです。世界中で行われた調査も含め、調査結果とインタビューを通じて、人間関係だけが人を幸せにする最も重要なピースなのかを証明している本です。
『「老害」と呼ばれたくない私たち』では、この本の基となった研究を「グラント・スタディ」として紹介していますが、ハーバード成人発達研究の責任者を務めたジョージ・ヴァイラント教授は「幸せとは愛。以上!(Happiness is love. Full stop.)」とたった5つの単語で幸福な人生の方程式を表しています。現責任者でもあるロバート・ウォールディンガー氏らは「健康で幸せな生活を送るには、よい人間関係が必要だ(The good life is built with good relationships.)」と研究を結論づけています。
人の欲求と行動の動機について、改めて学ぶことができるのが、『 人間性の心理学 改定新版 』(A.H.マズロー著/産業能率大学出版部)です。マズローの5段階欲求説や自己実現などの言葉を学んだり読んだりしたことがあるかと思うのですが、そうしたものの原著となった本です。5段階欲求は階段状ではないし、マズローが指した自己実現は、今広く使われている意味合いとは異なることなどが分かりますし、興味のある章やコラムだけをつまみ読みしても、自分の中に新しい問いが生まれ、関連する本へと読書が広がっていきます。
笑い飛ばす力を取り戻す
1998年に出版された本ですが、「今こそ読もう!」とお伝えしたいのが、赤瀬川原平の『 老人力 』(筑摩書房、リンクは文庫のKindle版)。老いることを肯定的に捉え、脱力感と笑いに変えた名著です。年齢を重ねることによる物忘れの増加や体力の衰え、視力のソフトフォーカス、同じ話の繰り返しなどの変化は忌避されがちですが、それを「老人力が高まった」とポジティブに捉え直す発想。「笑い飛ばす」という言葉が死語と化している息苦しい社会にこそ必要なものです。
「老人力ついてきたね」「部長、老人力来ましたね」と笑い飛ばし合える関係やメンタリティを社会全体で持ち合えたらと思います。
河合薫著/日本経済新聞出版/1760円(税込)
取材・文/中城邦子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子




