元ラグビー日本代表キャプテンの廣瀬俊朗(としあき)さんが選ぶ「ラグビーをもっと深く楽しむ本」2冊目は、『リーダーシップを鍛える ラグビー日本代表「躍進」の原動力』(荒木香織著)。2015年のラグビーワールドカップの際、日本代表のメンタルコーチとして帯同した荒木さんは、それぞれのポジションごとのリーダーを集めるリーダーシップグループを作った。コミュニケーションを活発にし、一体感を強め、やる気を高める手法は、ビジネスでも役立ちそうだ。

リーダーシップは誰でも身に付けられる

日経BOOKプラス編集部(以下、――) 2015年のラグビーワールドカップに向けて、エディー・ジョーンズ・ヘッドコーチは、チームのメンタルコーチとして荒木香織さんを招聘(しょうへい)しました。どういう役割を担っていたのですか?

廣瀬俊朗さん(以下、廣瀬) 荒木さんはスポーツ心理学の博士で、大きな合宿のたびに帯同し、僕らのミーティングに参加してくれました。チームをより強化するには、心理学的アプローチが有効なんですよ。僕らも本当にお世話になりました。

 とりわけ効果的だったのはリーダーシップの養成です。ラグビーというのは独特のチームスポーツで、キャプテンと副キャプテンの他に、スクラム、ラインアウト、アタックディフェンスなどにそれぞれリーダーがいます。チームメンバー31人のうち、6~8人はなんらかのリーダーという感じです。

 リーダーたちはリーダーシップグループを形成し、合宿中はずっとミーティングを積み重ねてきました。そこにコーチ陣は関わりません。もちろんコーチ陣とのミーティングもありますが、それとは別にリーダーたちと荒木さんだけで話し合う場が設けられました。

 試合中も、それぞれのリーダーが臨機応変に意思決定する場面はたくさんあります。だから、ラグビーにおいて、選手自身のリーダーシップはとても重要です。それを鍛えていこうというのが、荒木さんの考え方でした。

リーダーシップは天性のものではなく、なんとなく身に付くものでもなく、自ら鍛えるものだと?

廣瀬 そうです。それには幾つかのポイントがあって、それにのっとれば誰でも身に付けられます。そのメソッドをまとめたのが、『 リーダーシップを鍛える ラグビー日本代表「躍進」の原動力 』(荒木香織著/講談社)です。前半では僕らと共に戦った4年間のトピックスを紹介し、後半では「変革型リーダーシップ」の理論を解説しています。

『リーダーシップを鍛える ラグビー日本代表「躍進」の原動力』(荒木香織著)
『リーダーシップを鍛える ラグビー日本代表「躍進」の原動力』(荒木香織著)
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実際、日本代表チームはどういうリーダーシップを発揮したのですか?

廣瀬 僕らの場合は、いいチームとは何か、より良くするにはどうすればいいかということを、常にリーダー同士で話し合っていた記憶があります。ポジション間で対立することもありましたが、そこでケンカしても意味がありません。その先にある目的や目標を見定めて、共有することが基本でした。

 そのミーティングで取り決め、チーム内で実践したのは、本書でも触れていますが、例えば国歌斉唱の練習です。一国の代表として戦うことを自覚するため、また仲間意識を高めるためにも、全員で声を合わせて歌ったほうがいいだろうと。チーム内には外国籍の選手も多いので、「君が代」の歌詞の意味を説明しながらです。これも一体感の醸成につながったと思います。

 あるいは、各リーダーがそれぞれ、チーム全員に毎日ひと声かけると決めたり、2人1組のバディ制度を取り入れたり。要するにフィールド外でもコミュニケーションを円滑にしようと、いろいろな工夫をしました。それもやりっ放しにするのではなく、きちんとモニタリングして、効果を定量的に測定しました。こういうアイデアを専門家の見地から下支えしてくれたのが、荒木香織さんです。

「荒木さんがチームに帯同して1年目には、もう欠かせない存在になりました」と話す廣瀬さん
「荒木さんがチームに帯同して1年目には、もう欠かせない存在になりました」と話す廣瀬さん
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当時、日本のスポーツチームにメンタルコーチが帯同することは、珍しかったかもしれません。荒木さんの存在が重要だと気付いたのは、どういうタイミングですか?

廣瀬 最初は僕らも慣れていなくて、どう接していいか分からない時期が多少ありました。でも、僕はキャプテンとして結構大変だったので、いろいろサポートしていただけることがすごくありがたかった。だから、1年目にはもう欠かせない存在だなと思いました。

「キャプテン交代」から立ち直った一言

2015年のワールドカップといえば、五郎丸歩選手の「ルーティン」が大変なブームになりました。あの一連の動作を五郎丸選手と共に編み出したのも荒木さんだとか。

廣瀬 そうですね。状況に左右されず、自分を見失わずにキックの精度を上げられるよう、ひたすら一連の動作に集中することを狙っていました。もし正しく蹴ることができなかったとしたら、それはルーティンのどこかが正しくなかったからと考えます。そこまで意識を徹底していたと思います。

 荒木さんはリーダーシップだけではなく、部分的に選手個々人のメンタルトレーニングも担っていました。

廣瀬さんご自身も、メンタル的に厳しい時期があったのではないですか? ワールドカップを翌年に控えた2014年、エディー・ヘッドコーチは、日本代表のキャプテンをリーチ・マイケル選手に交代させました。

廣瀬 僕は2012年のチーム発足とともにキャプテンになり、半年に1度ぐらいの割合でエディーさんと1対1のミーティングをしていました。それで2年目が終わったタイミングのミーティングで、ちょっと雰囲気が違うなと思っていたら、エディーさんから「キャプテン交代だ」と告げられました。

 もちろん、めちゃくちゃショックでした。エディーさんもつらそうでした。就任当初に「一緒にこの旅に出よう」と言ってくれていたので、できればこのまま旅を続けたかったのだと思います。でも、僕はスターティングメンバーとして出られる可能性も低くなったので、まあ仕方がないなと。

廣瀬さんは日本ラグビー界のエリートで、大阪府立北野高校でもキャプテン、慶応義塾大学でも主将、東芝ブレイブルーパスでもキャプテンでした。そういうキャリアの中で、解任は初めてだったのでは?

廣瀬 大きな通過点だったことは間違いありません。ケガやポジション変更もあって、当時は心の整理がなかなかつかなかったですね。

 そんなとき、何度もミーティングを重ねてきた荒木さんから言われたのが、「そんなにつらいなら辞めたらええやん」。それまで、僕の中で「辞める」という選択肢はなかったんです。日本代表の1人として選んでいただいた以上、とにかく頑張らなくてはいけない、と思い詰めていた。しかし、そうではなくて、辞めていいんだと気付かされたわけです。

 では、自分はどうしたいのか。「辞めたくない」と思いました。ということは、自分で選んでいるじゃないかと。ならばもう少し頑張ろうと。自分の立ち位置に対する見方を変えてもらったことで、マインドを前向きに切り替えることができたんです。荒木さん、さすがだなと思いました。

「変革型リーダーシップ」の浸透が楽しみ

本書の後半では「変革型リーダーシップ」について解説しています。従来型のリーダーシップとはどう違うのでしょうか?

廣瀬 リーダーが決めたことを部下が忠実に守るような、上意下達式のリーダーシップを従来型とすれば、部下を鼓舞してそれぞれの可能性を引き出し、組織全体を強化するリーダーシップを変革型と定義しています。だから、これはラグビーやスポーツに限らず、また現場のリーダーに限った話でもありません。会社をはじめとして、あらゆる組織の、あらゆる立場の人に当てはまる話だと思います。

「変革型リーダーシップはあらゆる立場の人や組織で使うことができます」
「変革型リーダーシップはあらゆる立場の人や組織で使うことができます」
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 具体的な要素として挙げているのは、以下の4点です。
 (1)理想的な影響力
 (2)モチベーションの鼓舞
 (3)個々への配慮
 (4)思考力への刺激
 素晴らしいリーダーシップを発揮した人の言動を分析すると、これらの因子が抽出されたそうです。この本ではそれぞれについて、学問的な研究結果や実例を交えながら詳しく説明しています。

いずれもハードルが高そうですが。

廣瀬 もちろん、全部をそろえるのは難しいでしょう。でも、リーダーシップを求められる立場の人なら、自分に何ができて何が足りていないかを考える上で、目安にできるのではと思います。本書では、1人で抱え込むのではなく、複数のリーダーで役割を分担する「シェアド・リーダーシップ」も提案しています。これはちょうど、僕らがリーダーシップグループで実践してきたことですね。

「変革型リーダーシップ」の考え方は新しいものですか?

廣瀬 そうですね。この本によれば、誰でも鍛えることができる「スキル」としてリーダーシップを捉えたのは、1980年代のアメリカです。恐らくスポーツの世界では、2000年以降に浸透し始めたと思います。

 ただ、ビジネス界でもスポーツ界でも、日本ではまだ一般的ではないと思います。だからこそ、この考え方がもっと普及したとき、日本の組織にどういう“変革”が起きるか楽しみではありますね。

文/島田栄昭 構成/桜井保幸、南浦淳之 写真/木村輝