元ラグビー日本代表キャプテンの廣瀬俊朗(としあき)さんが選ぶ「ラグビーをもっと深く楽しむ本」3冊目は、『闘争の倫理 スポーツの本源を問う』(大西鐵之祐著)。ラグビー関係者の間で長く読み継がれている大著であり、スポーツと文化、闘争心からフェアネス、教育、民主主義に至るまで、哲学レベルの深い考察が展開される。

闘争心をいかにコントロールするか

日経BOOKプラス編集部(以下、――) 日本のラグビーにはおよそ100年の歴史があります。その草創期から携わり、戦後は指導者として、日本代表を国際試合で戦えるまでに成長させた第一人者が、早稲田大学OBでラグビー部監督、後に日本代表監督も務められた大西鐡之祐さんです。その大西さんの著書『 闘争の倫理 スポーツの本源を問う 』(鉄筆文庫)は大変な大著ですが、特にラグビー関係者の間で長く読み継がれているそうですね。

廣瀬俊朗さん(以下、廣瀬) ラグビーのみならず、スポーツとは何かということを、文化や教育、歴史の観点から説いた本です。ほとんど哲学書に近いですが、その言葉の端々から大西先生の熱量が伝わってきます。私の愛読書の1つです。

 大西先生の考え方の基本は、『闘争の倫理』というタイトルによく表れています。スポーツは戦いなので、人間の本性としての闘争心が表に出ます。それを押し殺すのではなく、いかにコントロールし、人間としての倫理を保つか。その精神を涵養(かんよう)するのがスポーツ教育の役割であるというわけです。

 特にラグビーは身体と身体がぶつかり合うスポーツなので、一歩間違えれば相手をケガさせることになる。むしろ勝ちたいと思うあまり、ラフなプレーを優先させてしまう恐れもあります。その一線を越えないことが、プレーヤーとして、人間として極めて大事。ラグビーをリスペクトし、相手をリスペクトしながら、プレー自体を楽しめる境地に至ったらかっこいいなと。この本からそういう心の持ち方を教えてもらいました。

『闘争の倫理 スポーツの本源を問う』(大西鐵之祐著)
『闘争の倫理 スポーツの本源を問う』(大西鐵之祐著)
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スポーツは娯楽なのか修行なのか、アマチュアがいいのかプロがいいのか、なぜフェアプレーに徹しなければいけないのか。そういうことを、古今東西の哲学や宗教、それに自身の戦争体験にも触れながら議論していますね。

廣瀬 一つ一つの話がなかなか深いですよね。その思想が、今日の日本のラグビーにも反映されている気がします。例えば野球やサッカーとは違い、ラグビーはずっとプロフェッショナリズムには行きませんでした。高校の「花園」大会や大学の対抗戦・リーグ戦などが中心で、まさに教育の一環として人間を磨いたり、コミュニティーを形成したりということを大事にしてきたのです。

「闘争心を押し殺すのではなく、いかにコントロールし、人間としての倫理を保つか」と話す廣瀬さん
「闘争心を押し殺すのではなく、いかにコントロールし、人間としての倫理を保つか」と話す廣瀬さん
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ラグビーは人間を育てる

昨年から、実業団チームによる「トップリーグ」が「リーグワン」に変わりました。日本のラグビーもいよいよプロ化、ビジネス化するのではといわれています。

廣瀬 それによって得られるものと、従来大事にしてきた価値観をいかに両立していくかが、これからの大きな課題になるでしょう。それを考える上でも、この本に立ち返ることは重要だと思います。いいバランスを保ちたいですよね。

 実際、ラグビーには人間を育てる側面があります。前回も話しましたが、チーム内には複数のリーダーがいて、試合中に状況判断と意思決定を任される場面が何度もあります。もちろん責任は重いのですが、それだけ任される喜びもある。そういう経験を重ねながら学び、人として磨かれていくのが、ラグビーのいいところだと思います。

そういえば試合中に選手同士でもめたり、レフェリーのジャッジに抗議したりするといった場面は少ないですね。サッカーならしばしばありますが。

廣瀬 それは、前提としてルールに対する考え方が違うからです。昔はチームごとに違うルールを持っていて、試合前にキャプテンどうしが話し合って擦り合わせるのが常でした。だから、当初はレフェリーもいなかった。最初に決めたルールを守り、一緒にゲームを作っていこうという感覚だったのです。

 やがてそこにレフェリーも加わるようになりましたが、こういう歴史があったため、レフェリーには試合をさばこうという意識が希薄です。それよりは選手と共にいいゲームを作りたいという意識のほうが強いと思います。

 だから試合を見ていると気付くと思いますが、レフェリーが選手に声をかける場面がすごく多い。例えば倒れ込んでいる選手に「危険だからどいて」とか、いいプレーをした選手に「ナイスプレー!」とか。つまり、彼らは試合をジャッジするというより、マネジメントもしくはオーガナイズしているわけです。こういうレフェリーのいるスポーツは、おそらくラグビー以外にないでしょう。

試合終了を意味する「ノーサイド」も、実は日本だけの言い方だそうですね。ラグビーは「和」を重んじる日本に合っている感じがしますね。

廣瀬 「ワンフォーオール、オールフォーワン」なども、恐らく日本だけです。大西先生のようにラグビーと「フィロソフィー」を関連づけて語ることはそこまで多くないと思います。

逆に言えば、本書はラグビーやスポーツを通じた日本人論、ビジネス論として読むこともできますね。最近流行の議論で言えば「パーパス」にも通じるものがある。巻頭では、元サッカー日本代表監督の岡田武史さんが「推薦の言葉」を寄稿されています。「序章を読んだだけで身震いが起こるような衝撃を受けた。これは理論書ではなくスポーツを通した哲学書だ」と。

廣瀬 本当にそうですね。ビジネスパーソンの方にもぜひ読んでいただきたい。スポーツであれビジネスであれ、戦うとはどういうことか、なぜフェアでなければならないのか。それを哲学として学ぶことは、キャリアアップを目指す上でも欠かせないと思います。

「『闘争の倫理』はビジネスパーソンの方にもぜひ読んでいただきたい」
「『闘争の倫理』はビジネスパーソンの方にもぜひ読んでいただきたい」
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文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸、南浦淳之 写真/木村輝