「秋田さんって、肩の力が抜けているんだけれど、侍のような迫力がありますね」
私の印象について、そんなふうに語ってくれた友人がいました。侍なんて、と少し気恥ずかしくなりながらも、自分がどんなタイプかと考えてみたのですが、私は、常に相手に左右されないところがあるなと思ったのです。
昔から、自分を大きく見せようとか、相手を落として自分を優位に立たせようとか思ったことはないんです。
例えばコロナ禍で仕事が減った時期には、なんのためらいもなく都心の事務所を引き払い、少しばかり郊外の(そして、居心地のいい)住宅街の駅近くのワンルームに引っ越しました。
名店のうな重も好みますが、スーパーで値引きされた300円の弁当もよく食べますよ。旅をするときも、1日ごとに宿を変えて、高級ホテルからユースホステルまで、“幅広さ”を体験するのを面白がるタイプです。
「物事はすべてサンドイッチ」であり、幅広さの間に、本当の“味”が隠れているのではないか、でしょうか。
しゃかりきにならない
そもそも自分自身に対して過大な期待を持ちませんから、無理はしないし、しゃかりきにもなりません。
誰かの役に立つのなら、という気持ちで工業デザインの仕事を続けてきましたし、Twitterや出版に着手したのもその延長です。
今の自分にできそうなことをコツコツ積み上げてきた結果、もう50年近いキャリアになりました。ふと周りを見渡すと、同世代のデザイナーで現役で仕事をしている人はほとんどいない。
波風立てずにここまでたどり着いたのかというと決してそんなことでもなく、失敗もたくさん経験してきました。
ただし、長い時間悩んだからといってよりよくなるとも限らないのです。だから、私の仕事の姿勢はいつも「さっさと見て、さっさと考え、さっさと作って、さっさと失敗して、さっさと変える」。
早く切り替えることも仕事のうち。悩むことは物事を複雑にしますが、考えることは物事をシンプルに磨きます。機嫌をいい状態に保つためのコツですね。
このような仕事への向き合い方についても、これまで読んだいくつもの本から学びを得ました。そのうちの1冊が、あの有名なビジネス書です。
感銘を受けたビジネス名著
小さな事務所の書棚にも置いているのが、P・F・ドラッカーの『 プロフェッショナルの条件 』(ダイヤモンド社)。15年ほど前に読み、そのシンプルかつ本質を突いた言葉に感銘を受けたのを覚えています。
めくってみると、至るところに書き込みをしていますね。例えばこれ。「真摯さを欠く上司は部下を破壊する」など、普遍の教えがあります。
なかでも印象的で気に入っているのが、「パルテノン宮殿の請求書」の逸話です。
宮殿の装飾を依頼された彫刻家が仕事を終えて請求書を出したところ、「なんだ、この金額は。高過ぎる」と怒りを買った。しかしながら、彫刻家は平然とした顔で、「適正です。なぜなら、裏側まで丁寧に描き込んだのですから」と答えた。「裏側なんて、誰も見ないじゃないか」と理解を示さない顧客に、彫刻家はこう言ったのだそうです。
「神々が見ている」
なんともオシャレです。仕事とはそういうものだと、背筋が伸びます。緻密な仕事で知られる京セラやキーエンスなど、現代の企業の姿勢にも通じるような気がします。
つまり、仕事は人の目が行き届かない細部にこそ表れるものであるということ。誰かの目に留まることや、あわよくば100点をいただくことにばかり気を取られては誤るでしょう。学校の成績表を気にするのは、せいぜい自分と親くらいなものですよね。
仕事の質は文章力に表れる
少し視点を変えて、その人の仕事の質は文章力に表れるというのが、私の持論です。
私が尊敬するデザイナーや建築家、アーティストは皆、素晴らしい文章の紡ぎ手です。トヨタと日産で活躍したカーデザイナーの佐藤章蔵さんや、陶芸家の濱田庄司さん、河井寛次郎さんといった方々。私がデザイナーでありながらブログを書き始めたきっかけは、建築家の隈研吾さんの本を読んだことでした。
優れた文章を書くには、表現力だけでなく観察力が不可欠ですから、きっと観察の上級者なのでしょう。
観察の解像度を上げるためには、何をしたらいいのか。逆説的ですが、普段はぼんやりとしていたほうがいいように思います。
全体から徐々に焦点を絞っていくことで、ピントがシャープに合うものですから。
フラットに、ぼんやりと、周りの景色を眺めてみる。そんな構えで毎日を過ごしていると、街中に埋もれた未解決の問題が浮かび上がって見えてくるものなのです。
そうして、誰かの役に立つのならとコツコツ続けてきて、今日がある。つくづく私は幸せ者だと思っています。
取材・文/宮本恵理子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/鈴木愛子






