前回「 秋田道夫のバズる『ご機嫌な言葉』はどうやって生まれるのか? 」、私は本を読むときに、人付き合いと同じように「目線の高さ」を意識しているというお話をしました。
「本に教わる」のではない、読書スタイル
今の私にとって、本は「読み取る」ものであって、「教わる」ものではありません。わざわざ「今の私にとって」と言った点に意味があり、大人になって年数を重ねるほどに、「生徒」のような読書姿勢であってはいけないという感覚を強めています。
本に書かれてあることすべてをうのみにし、吸収しようとするのではなく、自分なりの仮説をもって読書に臨み、足りないピースを探す気持ちでいろんな本をめくるのです。
ですから、私の読書スタイルは、1冊の本を隅々まで熟読するというより、複数の本を同時進行でめくって「あ、ここはいいな」とピンときた部分をインプットする感じ。デザインに寄せて表現するなら、全体の中から最も美しいと感じる部分を切り取る「トリミング」の手法に近いかもしれませんね。
例えば、この『 現代語訳 風姿花伝 』(PHP研究所)。能を大成した世阿弥による芸術論として語り継がれる書ですが、この1冊の中で受け取る“ピース”は、読む人によって一人ひとり違っていいはずです。
私の場合は、内容というより、この本が「秘伝の書」として書かれたという成り立ち自体に関心を持ちました。「見せちゃいけない」と言われると、余計に「何が書いてあるんだろう?」と皆の気を引くものです。
優れたものは見せびらかすよりも隠すほうが花となる。逆に、優れたものであってもこれみよがしに披露すると花は消えてしまう。つまり、これは「いかにハイブランドをつくるか」というお話なのです。
いっぱい読んでいっぱい忘れていい
能楽の理論については、素人の私が理解できるものはほとんどありませんでしたが(おそらく多くの人が同じなのではないでしょうか?)、唯一、自分の人生に生かせそうだと思えたのは、教育論について書かれた箇所です。
数行のわずかな記述に、「子どもが小さい時期には抑え込まずに、十分に自由に遊ばせなさい」といった意味のことが書かれており、私自身が共感できる教えとして受け取りました。私の頭の中にある仮説にフィットする考えを見つけた、という感覚です。
結論として、100ページ超の『現代語訳 風姿花伝』という1冊の中で私が「トリミング」したのは、「花=ブランドの作り方」と「よい役者を育てる教育」の2点だけ。これだけでもこんなふうにお話しできるのですから、十分かなぁと思うのです。
繰り返しになりますが、本はいっぱい読んでいっぱい忘れていいんです。それでも残ったものが、自分のものになるエッセンス。
「秘すれば花」に通じる生き方
世阿弥のブランディング哲学が私の中に残ったのは、私自身のデザイナーとしての構えに近いと感じるからかもしれません。と言うとおこがましいようですが(笑)、実際、私がいつも目指してきたのは「デザインしないデザイン」、つまり、デザイナーの功績を過度にアピールしないプロダクトデザインでした。
『 機嫌のデザイン 』(ダイヤモンド社)にもいくつか例を出していますが、例えば、駅などに設置されるICカード用チャージ機の天板を地面に水平ではなくあえて「斜め」にしたのは、ICカードをチャージする人が無意識に持ち物を置かないようにという配慮です。「先回りして忘れ物を防止する」という意図による工夫なのですが、きっと利用者でこの意図に気づいている人はほぼいないのではないかと思います。
デザイナーの私の意図は、気づかれなくていい、と思っています。誰もデザインの存在を気にすることなく、いつの間にか不便が減っている。これこそ、スマートな“花”となる。私なりの美意識です。
トム・ソーヤーの人の動かし方
『トム・ソーヤーの冒険』(マーク・トウェイン著、柴田元幸訳/新潮文庫)の中で、トム・ソーヤーが大人に言いつけられた塀のペンキ塗りをわざと楽しそうにやっていたら、悪友たちが「楽しそうだな。俺に代わってくれ」と集まってきたという話が大好きで。
トムは「楽しいから渡したくない」ともったいぶって、さらに人を集めて、ついぞ参加費をとって仕事を渡したんです。うまいですよね。価値を高めて、人を動かす。まさにビジネスの基本のように思います。
私の場合は、トム・ソーヤーほどの賢さがあったわけではなく、自分が不器用で忘れ物をよくするものですから、「自分の困りごとを解決したい」という発想からくるものなんですけれどね。
こんなふうにわざわざ人様に言うほどのことかな、とも思いますが、結構共感していただけるのでうれしいです。
ありがたいことに、この年になってもデザイナーとして賞を頂けることもありますし、気づけば街のあちこちに自分の作品が利用されていて、私は満たされた人間だなと感じています。
時間を重ねて蓄積した「豊かさ」のようなものは、何も言わなくても自然と顔からにじみ出るものなのかもしれませんね。「秘すれば花」は、きっと人生にも通じるものなのでしょう。
取材・文/宮本恵理子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/鈴木愛子