子育てに関する根拠のない神話には、はっきりNOを。答えのない問いには、エビデンスに基づく考え方や行動のヒントを。SNSでの発信が親世代に広く支持されている、小児科医・新生児科医の今西洋介さん(ふらいと先生)。子育てに日々真剣に取り組む親御さんたちに届けたい最新知識をまとめた新刊『医師が本当に伝えたい 12歳までの育児の真実』(日経BP)から、「睡眠トレーニング(ネントレ)は赤ちゃんの脳に有害?」という疑問に答えます。
「ネントレ」とは何か?
赤ちゃんの夜泣きに悩む親御さんたちの間で、「睡眠トレーニング」(通称「ネントレ」)が注目されています。赤ちゃんの夜泣きを止め、規則正しい睡眠パターンを身につけさせる方法とされるネントレですが、同時に「赤ちゃんの脳に悪影響を与えるのでは?」という心配の声も聞かれます。
果たして、ネントレは本当に赤ちゃんの脳に有害なのでしょうか。最新の研究結果を踏まえながら、ネントレと赤ちゃんの脳の発達の関係について、詳しく見ていきましょう。
ネントレとは、赤ちゃんが自分で寝つく力を身につけるためのトレーニング方法です。主な目的は、夜間の頻繁な目覚めを減らし、赤ちゃんと親の双方が十分な睡眠を取れるようにすることです。
その具体的な対応の一つが、赤ちゃんを寝かしつけた後、泣き声がしても一定時間様子を見るという方法です。これは赤ちゃんが自分で眠りにつく力を養うことを目的としています。また、赤ちゃんが泣いた時に徐々に介入の度合いを減らしていくという形で、より穏やかなアプローチを取る方法もあります。
しかし、これらのネントレの手法には賛否両論があります。この方法を支持する人たちは、赤ちゃんの自立心を育て、家族全体の睡眠の質を向上させると主張します。一方で、この方法を批判する人たちは、赤ちゃんの情緒的ニーズを無視し、愛着形成に悪影響を与える可能性を指摘しています。
最新の研究では、このネントレについて、より科学的な視点から検証が進められています。2020年に発表されたある研究では、乳児を泣きやませずに放置することが母子の愛着形成にどう影響を与えるかを調べました。この研究では、生後18カ月時点での行動発達や母子の愛着に有意な差は見られませんでした★1。
一方で、こうした見解には多くの反対意見も示されています。この研究には「赤ちゃんが『大声で泣き叫ぶ』ことは愛着と発達の両方に有害である」というコメントが付けられています★2。この話題はまだ決着がついていないというのが現状でしょう。
赤ちゃんの脳の発達と睡眠の関係
当然ながら、赤ちゃんの脳発達における睡眠の重要性は多くの研究で示されています。睡眠は単なる休息ではなく、脳の発達にとって極めて重要な活動期間なのです。
2019年に発表されたある研究★3・4によると、赤ちゃんから幼児への移行期に、睡眠時に、認知機能や社会的な発達に役立つ作用が脳内で行われていることが明らかになりました。特に、生後1年間の睡眠は、生後12カ月までの赤ちゃんの脳容積の成長に有意に関連していました。このプロセスは、健全な脳発達に不可欠とされています。
また、レム睡眠(浅い眠りの間に目が素早く動く睡眠)は、脳の成長にとても大切な役割を果たしています。最近の研究では、レム睡眠が脳の中で新しくできた神経細胞のつながりのうち、不要なものを整理して取り除き(刈り込み)、必要なつながりを強めることで、脳が柔軟に成長して学習能力を高める効果があると報告されています★3・4。
一方で、睡眠の長期的な影響もわかってきています。睡眠が脳の発達に与える影響は、幼児期を過ぎても続きます。幼少期の睡眠パターンは、幼少期の認知能力にも関連しており、健康的な睡眠習慣の長期的な重要性が強調されているのです★5。
これらの研究結果は、赤ちゃんの健全な脳の発達には質の高い睡眠が不可欠であることを示しています。しかし、ここで重要なのは、「ネントレ」を行うことが必ずしも「質の高い睡眠」に結びつくわけではないということです。
最新研究が示すネントレと脳発達の関係
ネントレが赤ちゃんの脳発達に与える直接的な影響については、まだはっきりとした結論が出ていません。しかし、関連する分野の最新研究から、いくつかの興味深い知見が得られています。これらの研究結果は、ネントレそのものよりも、結果として得られる質の高い睡眠が赤ちゃんの脳の発達に重要であることを示唆しています。
そして一般的に、個々の赤ちゃんの気質や家庭環境によって、適切なアプローチは異なる可能性があります。睡眠トレーニングを行う場合にも、こうした前提をしっかり理解しておくとよいでしょう。
伝えたいこと
ネントレが赤ちゃんの脳に有害かどうかという問いに、現時点で明確な答えを出すのは難しいといえます。最新の研究結果を総合すると、睡眠それ自体が子どもの脳の発達によい影響を与えることは間違いありませんが、適切に実施されたネントレが脳に直接的な悪影響を与えるという証拠は見つかっていません。
重要なのは、質の高い睡眠を確保することです。ネントレは、その手段の一つに過ぎません。赤ちゃんの健全な発達には、十分な睡眠時間と良質な睡眠が不可欠であり、それをどのように実現するかは、個々の赤ちゃんと家族の状況に応じて判断する必要があります。
赤ちゃんの睡眠問題に悩む親御さんの不安や心配は十分に理解できます。しかし大切なのは、赤ちゃんのニーズに敏感であり続けること、そして親である自分自身の直感を信じることです。
ネントレを試してみるかどうか、どの方法を選ぶか、という問題については、あなたと赤ちゃんにとって最適な選択をしてください。子どもが寝ない場合、医学的な原因がある可能性もありますので、必要に応じて小児科医や専門家に相談し、サポートを求めることも大切です。
最後に、睡眠は赤ちゃんの発達に不可欠ですが、それ以上に重要なのは、愛情豊かな環境です。ストレスを感じすぎずに赤ちゃんとの絆を深め、ともに成長していく過程を楽しんでください。赤ちゃんの健やかな成長を願う皆さんの気持ちこそが、最も大切なのです。
★1 Bilgin A. J Child Psychol Psychiatry 2020;61 (11):1184-1193.
★2 Davis AM, et al. J Child Pshychol Psychitary 2021;62(12):1488-1490.
★3 Jiang F. Ann Nutr Metab 2019;75(1):44-54.
★4 Pittner K, et al. Neurobiol Sleep Circadian Rhythms 2023; 8(14):100091.
★5 Basile C, et al. Adv Child DeV Behav 2021;60:9-27.
今西洋介著/日経BP/1980円(税込み)


