日本のマーケティング界が直面している「課題」にエキスパート11人が向き合い、1冊の本としてまとめたのが『ザ・マーケティング・イシュー 10年後も必要とされる日本企業の課題と解決策』。本コラムでは、その執筆者が書籍では書けなかったことを含め、主張する問題のポイントを直接解説している。今回は趣向を変え、執筆者の一人であるコレクシア執行役員で日本エビデンスベーストマーケティング研究機構の研究主幹でもある芹澤連氏が、別の章を担当した味の素代表執行役副社長の下保寛氏が問題提起した日本の海外進出について考察する。[日経クロストレンド 2026年5月26日付の記事を転載]
中央大学名誉教授の田中洋先生が編著を務められた『ザ・マーケティング・イシュー』(日経BP)、もうお読みになりましたか。日本エビデンスベーストマーケティング研究機構(EBMI)の学術顧問でもいらっしゃる先生のご指導の下、私も第2章「『ブランドの成長メカニズム』を知らない日本のマーケター」を執筆させていただきました。
しかし今回お伝えしたいのは、私自身の提言ではありません。味の素の代表執行役副社長として、最前線を指揮されている下保寛氏が担当された第11章「ユニバーサルコンセプトを持たない日本企業」を紹介したいと思います。
成熟の一途をたどる日本市場に対して、海外では空前の日本ブームが市場を席巻しています。特筆すべきは自動車や家電などの「文明型カテゴリー」から食品やアパレル、IP(キャラクターなどの知的財産)コンテンツなどに代表される「文化型カテゴリー」にマーケティングの主戦場がシフトしていることです。
そんな中、グローバルマーケターが共通して直面している問題があるとのこと。それが第11章で指摘されている「本格の罠(わな)」と「ユニバーサルコンセプトの欠如」です。これらは“文化”で世界に挑むマーケターが留意すべき思考の落とし穴であり、ブームを機会に変えるための思考の肥やしでもあります。アウトバウンドはもちろん、インバウンド施策の効果を高めるためにも有用なテーマですので、ぜひご一読ください。
顧客理解をおざなりにする「本格の罠」
日本企業が海外へ打って出る際、多くのブランドは判で押したように本格性や正統性を前面に出し、「これがホンモノのメイド・イン・ジャパン」だと錦の御旗を振りかざします。もちろんPR戦略において権威性は無視できない要素ですし、導入直後はその国の「ニッポン大好き層」が反応するためROI(費用対効果)も悪くありません。しかし、ある程度の時間軸やスケールで見ると大半がコケるわけです。
なぜこのような事態に陥るのでしょうか。1つの理由は「日本を届けること」や「ホンモノの良さ」に執着するあまり、現地の生活者にとっての価値を突き詰める部分、いわゆる顧客理解や文脈理解がおざなりになるからです。下保氏はこれを「本格の罠」と呼び、注意を促しています。
私もいくつか思い当たる節がありますが、国内のロイヤルティ戦略の延長線上に海外展開があると単線的に考えていると、こうした罠に陥りやすいのかなと思います。つまり「ニッポンのヘビーユーザー」という日本企業にとって都合がいいペルソナを立てて、そこにポジショニングする(あぐらをかく)格好になっているわけです。
「自分たちが心の底から良いと思えるモノを届けたい」というと聞こえはいいですが、実は思考停止と紙一重なのかもしれません。そもそもモノの価値とは文脈(コトやトキ)によって調整される変数です。ですから「ホンモノを届けたい」という提案で分かってもらえるのは、そのモノが価値になる文脈を元から共有している人に限られます。つまり日本人同士ならある程度は通じるわけです。
しかし海外の市場に進出するということは、モノを買ったり使ったりする前提となる生活文脈が異なる中で、新たな価値として受け入れてもらうことです。にもかかわらず、「ホンモノを知ったら自分たちと同じように価値を感じるはずだ」と決めてかかるのは少々乱暴な気がします。
むしろ現地のコトやトキに合わせてモノを変えていく。そのためには、自分たちの中では完成された「ホンモノ」にすら手を加える。海外進出やローカライズ案件では、時にそうした判断も求められます。
鍵はユニバーサルコンセプトへの転換
とはいえ、ある程度の経験を積んだマーケターでも、そうしたローカルのニュアンスを含む判断は容易ではありません。そうした場合、下保氏はまず「文明型カテゴリー」と「文化型カテゴリー」を峻別(しゅんべつ)することを提案しています。文明型のカテゴリー(自動車や家電、デジタルデバイスなど)では、詰まるところスペックとコストが競争の中心になります。
一方、文化型のカテゴリー(食品やアニメ、ゲーム)は主観や感性が支配する領域であり、より生活者起点の思考が求められます。先述の「本格の罠」も文化型カテゴリーで発生する事象です。
下保氏によると、文化型のカテゴリーを海外展開する場合、いかに特定の文化でのみ通用する「ローカルコンセプト」をグローバルで通用する「ユニバーサルコンセプト」に転換できるかが鍵を握るそうです。具体的な手法については書籍に譲りますが、例として挙げられている寿司(すし)の例が秀逸なので軽く紹介したいと思います。
日本で寿司というと、生魚や貝をネタに酢飯で握った江戸前寿司や回転ずしを想起する人が多いでしょう。一方、海外ではカリフォルニアロールやドラゴンロールなどのいわゆる「SUSHI」が主流です。これはローカルコンセプトである寿司から「生食、魚臭さ、職人技、素材本来の味を楽しむこと」を引き算し、代わりに「見た目の楽しさ、気軽さ、プロテインと炭水化物、ヘルシーさ」を足し算したユニバーサルコンセプトの一種と考えられます*。
興味深いことに、本書で取り上げたデータによると、寿司を試してみたいという米国人の9割以上が生魚を避けたいと考えているそうです。「I love Sushi」とはいうものの、その背景にある認識は日本人のそれとは大きくかけ離れていることが読み取れます。
ここで普通なら「じゃあ寿司食べるなよ」と思ってしまいそうですが、海外展開を志すのであれば「オリジナルから何を引き、何を足すと現地の価値になるのか」と柔軟に思考をシフトする必要があるわけです。
ちなみに「外国人観光客はよく寿司や刺し身を食べているじゃないか」と思われるかもしれませんが、それは典型的なサンプリングバイアスです。観光という非日常文脈と帰国後の日常文脈は全くの別物です。皆さんも海外旅行に行ったら普段は食べない料理を食べるでしょう。あるいは日本に住んでいる外国人の可能性もありますが、その場合はもれなく「日本のヘビーユーザー」なので何の不思議もありません。
しかし海外市場へ進出するということは、日本に興味がない未顧客や、関心の薄いライトユーザーに広く買ってもらうということです。ですから、バイアスにとらわれたまま「ニッポンをそのまま輸出してひともうけ」しようとすると、たいがい失敗するわけです。
クリエイティブはすごいが、媒体費は大丈夫?
ここからは、筆者の専門分野であるEBM(エビデンスベーストマーケティング)の視点も交えて議論を深めていきたいと思うのですが、アウトバウンド案件で筆者がいつも気になるのが予算配分です。
アウトバウンドといっても中小ブランドから国家規模のプロジェクトまで色々あり、当然、予算の内訳を全部知っているわけではありません。ですが「ニッポンらしさ」や「ホンモノとしての権威性」を表現するコンセプト開発やデザインワーク、クリエイティブ制作などに多くの予算が割かれ、それをリーチさせるコスト(媒体費)が不当に割を食うケースはよく見ますし、それこそ先述の「本格の罠」の一つではないかと思うのです。
というのもビジネスの成果を量×質、つまり「どれくらい広くリーチするか」と「リーチしたときの選ばれやすさ」に分解すると、後者(質)の話ばかりしていて、前者(量)が置き去りになっているプロジェクトというのは少なくありません。
ここでいう量とは、例えばGRP(延べ視聴率)、認知率、配荷率、フェイス(棚の陳列面積)、SKU(商品の最小管理単位)の数、CEP(カテゴリー・エントリー・ポイント)の数、ひいては浸透率のことです。
対して質とは、ターゲットの解像度の高さ、インサイトの深さ、コンセプトの鋭さ、価値提案の強さ、クリエイティブの良さ、ポジショニングのうまさなどのことです。
「かけ算なんだからどちらに注力しても結果(売り上げ)は同じだろう」と思われるかもしれませんが、ダブルジョパディ(浸透率が高まればロイヤルティもやや高くなるという法則)に支配された市場ではそうはなりません。実は量的な投資を増やさない限り、質的な反応は鈍化していきます。
似たような話で、「クリエイティブの質が良ければリーチ不足は相殺できる」と思っている人が結構いますが、実証的にはかなり厳しいことも分かっています。というか、むしろ逆です。認知や想起のベースレートが増えれば自然と選択率も高まりますが、クオリティーの改善で選択率だけ増やそうとしてもすぐに限界がきます。なぜそうなるかについて詳しく理解されたい方は、拙著『“未”顧客戦略』(日経BP)の第5章を読んでください。
誤解しないでほしいのですが、コンセプトを磨くことや、優れたクリエイティブを生み出すことが些事(さじ)だと言いたいわけではありません。クリエイティブはブランドに有利な記憶構造を形成するための重要な変数であり、広告のROIドライバーとしては最大クラスの影響力を持つことが複数の実証研究で報告されています。
また多くの企業では量の話は予算額とほぼ同義、つまり現場のマーケターがどうこうできる話ではなく、むしろ与えられた予算の範囲内で質の高い仕事をするしかないため、そもそも構造的に質側に偏る傾向があることも十分承知しています。
ですが南オーストラリア大学(現アデレード大学)のアレンバーグ・バス研究所が何十年も前から示している通り、市場がダブルジョパディの法則に支配されている以上、ボリューム面を強化しない限り持続的な成長はまず無理です。どれだけ良い価値提案でもリーチがn=1なら売り上げはたかが知れているわけです。
ローカライズされた「日本っぽいモノ」はホンモノより価値が高い
話を戻すと、海外進出においてもやはりダブルジョパディを前提に戦略を立てることが基本設計になります。つまり「ニッポンの未顧客やライトユーザー」が多いことを積極的に認め、それを受け入れた上でなお通用するユニバーサルコンセプトを開発し、そのメンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティを高めていくということです。
そのためには、まず現地の文化を学び、生活習慣や物事の優先順位、暗黙のルールなどを理解した上で、それらに適合するように商品属性やパッケージ、サイズ、価格などをローカライズし(i.e., フィジカルアベイラビリティ)、それを現地のCEPにひも付けていくことになります(i.e., メンタルアベイラビリティ)。ただし下保氏は、進出先の文化に完全に融合されてしまわないよう、「文化のゲートキーパー」のような役割を置くことを考慮したほうがよいとも指摘しています。
「本格性」や「正統性」が商売になるとすれば、そうしたローカライズが一定以上浸透した“後”です。寿司の例で言えば「SUSHI→寿司」ということです。つまり日本では寿司でも、海外に拡大するときはユニバーサルコンセプトのSUSHIが求められる。そしてSUSHIの浸透率が高まれば、ダブルジョパディに従ってロイヤルティも高まり、中にはホンモノの寿司を味わってみたいという人もチラホラ出てくる。そこで改めてそうしたロイヤル層に寿司を提供する、という流れになるわけです。
ただ実際は、このパターンを仕掛けているのは諸外国のプレーヤーであることが多い印象です。日本が「ホンモノ」に固執している間に、「現地に最適化された日本風のブランド」が市場をさらっていくケースは、正直枚挙に暇がありません。
そして、そうしたプレーヤーは初めから正統性や伝統性で勝負していません。だからこそ現地の生活者を見て、現地のマーケターを採用し、何がもうかるか(価値になるか)をフラットに考察するわけです。ホンモノではないからこそ、消費者の注意を引くための広告宣伝に金をかけます。ホンモノではないからこそ高いリベートを払って棚に置いてもらうのです。
EBMをかじっている方であれば、それが何を意味するか分かるはずです。ホンモノではないという事実が、逆にローカルへの最適化を加速させ、メンタルアベイラビリティやフィジカルアベイラビリティへ積極的に投資するインセンティブになっているわけです。市場の大半を占める未顧客やライトユーザーにとって、現地に最適化された「日本っぽいモノ」は、一切ローカライズされていない「ホンモノ」より価値が高いということを忘れないようにしましょう。
ちなみに、すでに先人が開拓した成熟カテゴリーであれば「ホンモノ勝負」を仕掛けるのも理にかなっています。なぜなら、それはボリューム成長後に行うマージン戦略に等しいからです。
市場規模がある程度大きくなってくると、消費者のプレファレンス(選好)も多様化します。高品質・高付加価値を求める顧客も一定数出現します(とはいえ数%くらいですが)。そうした層がまだ飽和していないのであれば、伝統や格式を備えた“ニッポンブランド”は受け入れられやすいと思います。個人的には、日本のラーメンなどはそうしたフェーズの過渡期にあるように思います。
田中洋 編著/日経BP/3850円(税込み)


