ネット広告の誕生から四半世紀が経過し、総広告費に占める割合は50%を超えた。しかし、その内訳の約9割は検索連動型広告やディスプレイ広告といった運用型広告で、デジタルメディアが有する「双方向性」は今なお十分に生かされていない。なぜ企業は、一方通行のコミュニケーションから抜け出せないのか。広告業、特にメディア事業やコンテンツ事業に詳しいサン代表取締役会長の田中準也氏に、執筆者の一人として関わった新著『ザ・マーケティング・イシュー 10年後も必要とされる日本企業の課題と解決策』の内容に基づいて解説してもらった。[日経クロストレンド 2026年6月10日付の記事を転載]
サン 代表取締役会長 プロデューサー/コネクター
「枠を買う」発想から脱却できなかった25年間
本書の中に「単に情報を発信するだけでは顧客との深い関係性を築くことはできません。場所を変えただけの一方通行なコミュニケーションをいつまで続けるのでしょうか」という問題提起がありました。
田中準也氏(以下、田中) インターネット黎明(れいめい)期から「これからはインタラクティブコミュニケーションの時代だ」と言われ続けてきました。実際、2000年代前半に、電通にはインタラクティブ領域を担う専門部署ができていましたし、当時の業界には、インターネットによって双方向性が実現するという期待感が強くありました。
しかし、そこから25年近くたった今でも、企業と顧客とのコミュニケーションは、本当の意味でインタラクティブにはなっていません。一部では実現している企業もありますが、全体としては従来のマス広告的な発想を引きずったまま、インターネットやデジタルへ移行したケースが多かったと思います。
その背景にはどんな事情があったのでしょうか。
田中 一言で言えば、「枠売りビジネスから抜け出せなかった」ということだと思います。インターネット初期には、米アイブラスターが提供していた様々な広告フォーマットも含め、実験的な取り組みが見られました。「マックフライポテト」が画面の上から落ちてきたり、タップすると車が走ったり……。ギミック的な要素が強かったものの、「双方向性を生かすこと」を模索していたのです。
しかし、その後の広告フォーマットは「いかにタップさせるか」「いかにランディングページ(LP)へ誘導するか」という発想へ、収束していきました。
この発想の根底には、効率重視のメディアプランニングとバイイングの文化があります。ネット広告は数字で測れるので、スプレッドシートの中だけでプランニングや提案を完結させられがちです。「Google」や「Yahoo!」のディスプレイ広告を買って、顧客層に合わせてSNS広告も追加して、あとはABテストで最適化していく、というやり方は、広告を置く場所(媒体)が変わっただけで、マス広告時代の「枠を買う発想」と何も変わっていません。
働き方改革という時代の流れも影響していたと思います。「効率よく仕事をして、効率よく結果を出す」というプレッシャーの中で、双方向性を生かした企画や施策は、後回しになりやすかったのではないでしょうか。
オウンドメディアの位置付けも再整理が必要
ネットの登場で盛んになった手法の一つであるオウンドメディアは、双方向性という観点から、どのように用いられてきたのでしょうか。
田中 日本でオウンドメディアのブームが生じたのは2014年ごろですが、振り返ると、その多くは「テレビが効かなくなったからデジタルで代替しよう」「テレビで届かない層にデジタルでリーチしよう」という発想が強かったように思います。特にBtoC(消費者向け)領域では、オウンドメディアやネイティブ広告が「マス広告の代替手段」として導入されました。古典的なAIDMAでいうA(Attention=注意)やI(Interest=関心)を獲得するための装置として使われてきたわけです。
「顧客を次のファネルへ送るためにコンテンツを見せる」という使い方そのものが悪いわけではありませんが、コンテンツやメディアの役割をそれだけに限定してしまうのは、やはり問題があったのではないかと思います。
AI(人工知能)の台頭に伴い、オウンドメディアの効果を疑問視する声も上がっています。
田中 短期的なコンバージョンのみを期待するなら、そういう議論になるのは理解できますが、「皆、目先の指標に右往左往し過ぎではないか」というのが率直な感想です。
ちょうど本書のサブタイトルが「10年後も必要とされる日本企業の課題と解決策」とされているように、企業活動というのは、今この瞬間だけでなく5年後、10年後を見据えながら展開していくものですよね。中でもマーケティングは特に、未来に向けた価値創造という役割を強く持っています。個人的には、それがマーケティングの醍醐味であるとも思います。
コンテンツやメディアには、お客さまとの対話を生み、中長期で価値を共創していく力があります。そう考えると、オウンドメディアは全く「オワコン」ではないと思います。
コミュニケーションの在り方をどうするか?は経営レベルの問い
顧客との価値共創というコミュニケーションの在り方を意識したとき、企業はそれをどう実現していけばいいのでしょうか。
田中 まずは経営者の判断が必要です。「一方通行のコミュニケーションをいつまで続けるのか」という冒頭にお示しした問いは、マーケティング担当者にとどまるものではなく、経営判断として問われるべきものです。「10年後の顧客をつくるような取り組みを今始める」「長期的な関係づくりに投資する」という意思決定は、経営者にしかできません。
その上で、コンテンツマーケティングやオウンドメディアの役割を改めて設定することです。私が前職のインフォバーンにおいて一番意識していたのは、クリックやコンバージョンをゴールにするのではなく、質の高いUGC(ユーザー生成コンテンツ)が生まれることをゴールにすることでした。お客さまと企業が、直接会話をしなくてもいいんです。企業のコンテンツをきっかけに、お客さま同士がつながり、会話が生まれる。あるいは、その結果として企業にとってポジティブな話題が広がる。そういう状態こそ、本来のインタラクティブコミュニケーションに近いのではないでしょうか。
経営判断を行った後は、体制の整備や予算配分も必要になりますね。
田中 はい。メディアやコミュニティーの在り方そのものをマーケティングしたり、R&D(研究開発)のように試行錯誤したりする体制を整える必要があります。プロダクトのマーケティングや開発に時間や予算をかける一方で、コミュニケーションの設計に関しては十分なリソースを割いていない、という企業が少なくありません。マーケティングの4P(製品、価格、流通、販促)の中で、プロモーション(販促)がどこか“下流工程”のように扱われているとも感じます。この状態のまま、むやみにコンテンツを量産しても、期待した成果を得るのは難しいでしょう。
本来は、プロダクトとコミュニケーションは分離できないはずです。ブランド価値をどうつくるか、ユーザーとどう価値共創するかまで含めて、マーケティングの設計であるはずです。「マーケティングのためにメディアを使う」のと、「メディアそのものをマーケティングする」のは、レイヤーの違う話と言えそうです。
価値共創型コンテンツのポイントは「文脈」と「差別化」
メディアやコミュニティーを担当するマーケターが、整理すべきポイントを教えてください。
田中 まず整理しておきたいのは、従来型のコミュニケーションと、コンテンツマーケティングとの違いです。
従来の広告や広報は、企業が伝えたい情報をメディアを介して届ける、一方通行型のコミュニケーションでした。これに対してコンテンツマーケティングは、「企業の伝えたい」と「お客さまの知りたい」を両立させるものです。本書ではミシュランガイドを例に説明していますが、単に製品の特徴を訴求するのではなく、「その企業だから語れる価値ある情報」を届けることが必要です。
その上で、考えるべきポイントが2つあります。1つは「文脈」です。いくらお客さまに役立つ情報をつくっても、文脈がずれていると見向きもされません。文脈とは、お客さまの背景や状況などを指します。アプローチしたいターゲットの背景や状況と、企業や製品・サービスの背景や状況を合わせていくことではじめて、対話の余地が生まれます。
もう1つは「差別化」です。多くの企業が「課題解決型コンテンツ」を作るようになりましたが、独自の視点や思想がなければ、結局は競合と同じ話をするだけになってしまいます。POD(Point of Difference=差別化ポイント)が、コンテンツにも必要です。
パブリッシャー(出版社)やメディア企業が運営しているメディアには、必ずオピニオンやコンセプトがあります。「このメディアを通じて、どう世の中を良くしたいのか」という思想があるのです。オウンドメディアも、本来はそうあるべきだと思います。オウンドメディアやコミュニティーを本気で育てたいのであれば、パブリッシャーやメディア企業と同じレベルで、メディアそのもののブランディングや読者体験の設計に向き合う必要があります。
「なぜやるのか」を明文化
双方向性のあるメディアやコミュニティーの運営を継続していくためには、どのような工夫が必要になるのでしょうか。
田中 中長期で育てていくメディアやコミュニティーには、迷ったときに立ち戻れる「ステートメント」が必要です。担当者の異動で取り組みが中断してしまうケースが多いので、「なぜやるのか」を明文化しておくことをおすすめします。
また、デジタル広告の発展によって、事業会社のマーケターは、クリエイティブブティック、アドテクベンダー、ソーシャルメディア専業代理店など、多様なプレーヤーと協業しながら活動するようになりました。事業会社のマーケター自身が、様々なパートナーをオーケストレーションしなければならなくなっているわけです。
かつてのように、総合広告代理店のアカウントエグゼクティブが長年1社を担当し、その会社のマーケティング活動について暗黙知を蓄積していく、という構造も崩れています。業界の構造変化という側面からも、ステートメントを策定しておくことは有効です。
お客さまがオウンドメディアを訪れてくださるということは、企業と関係性を持とうとしているという意思表示でもあります。そこでどのような体験を提供できるかが、最終的にはプロダクトやサービスへの信頼につながっていきます。
お世話になったメディアや親身になってもらえたメディアには、どこかで“恩返ししたい”という気持ちが芽生えるはずです。短期的な接触回数やコンバージョンだけを追うのではなく、中長期でどのような関係性を築いていくかを描きながら、メディアやコミュニティーを育てていってほしいと思います。
田中洋 編著/日経BP/3850円(税込み)

