天才たちはどんな本を読んでいるのか? テスラのイーロン・マスク、アマゾンのジェフ・ベゾス、マイクロソフトのビル・ゲイツ。世界一の富豪になったイノベーターたちは、実は猛烈な読書家です。書籍『 天才読書 世界一の富を築いたマスク、ベゾス、ゲイツが選ぶ100冊 』の一部を抜粋し、加筆・再編集してお届けする連載の第3回ではテレビアニメ『機動戦士ガンダム』のルーツともされるマスクが読んだSF小説を紹介します。

 SF好きとして知られるイーロン・マスクが愛読する小説がロバート・ハインラインの『月は無慈悲な夜の女王』です。地球に支配されている月の植民地の住民たちが起こす反乱を描いた作品で、ストーリーは『機動戦士ガンダム』に似ている部分があります。同じハインラインの『宇宙の戦士』と2冊合わせて“ガンダムのルーツ”ともされています。

 月は無慈悲な夜の女王のあらすじを簡単に紹介します。舞台は2075年、すでに人類は月を開発して植民地化しています。地球政府(世界連邦)は月を流刑地にしており、300万人の住民の多くは犯罪者、政治亡命者、またはその子孫です。地球は人口が110億人に達して食糧不足に陥っていました。そこで月の植民地は、岩石に含まれる水を利用して小麦などの穀物を栽培し、それを地球に輸出するようになります。

 月のインフラや機械は、高性能なコンピューターの「マイク」によって管理されていました。主人公はコンピューター技術者のマニーで、ある日、彼はマイクが知性を持っていることに気づきます。仕事が増え続ける中で性能を強化されていったマイクはいつの間にか自己認識を持つようになり、覚醒していたのです。マニーとマイクは冗談を言い合う仲になり、親友のような関係になります。

数多くのSFを読みあさってきたイーロン・マスク(写真:ロイター/アフロ)
数多くのSFを読みあさってきたイーロン・マスク(写真:ロイター/アフロ)

 好奇心が旺盛なマイクの依頼を受け、マニーはマイクが監視できない反体制派の集会に出席します。月の知識人や労働者たちは、地球と月の行政府に搾取されていると感じており、不満を募らせていました。反政府勢力と親しくなったマニーは、月植民地が将来どうなるかをマイクに分析してもらいます。この結果、月の行政府が現在の政策を続けると、7年で月の資源が底をつき、食糧危機が起きて、人間同士の共食いが起きる可能性があることが判明します。

 地獄のような未来を避けるために、月の行政府を倒し、地球から独立しようと反体制派は考えます。革命が成功する可能性は低くてもあるというマイクの分析を受けて、マニーらは革命運動を始めることを決断し、月の独立に向けて組織を拡大していきます。

 そしてついに月の植民地は地球からの独立を宣言します。マニーらは地球を訪れ、月の自治権を主張する世界ツアーも始めます。しかし、地球政府は月の独立を認めようとはせず、宇宙艦隊を派遣し、武力で制圧しようとします。革命派の反乱軍は宇宙船を保有しておらず不利な立場にありましたが、実は秘密兵器を持っていました。

「コロニー落とし」ならぬ「岩石落とし」

 それが月から地球に穀物などの物資を送るという名目で建設した射出機です。月の重力は地球の6分の1しかないため、重い物体の打ち上げに適しています。月の独立派は射出機で穀物の代わりに岩石を発射して地球を攻撃。マイクは高度な軌道計算を実行して、地球上のターゲットをピンポイントで破壊していきます。核兵器の爆風並みのエネルギーが生じる岩石攻撃の破壊力に地球に住む人々はおののき、ついに月の独立を認める国家が現れるようになります。

 不毛で活気がないと思っていた月で多くの人が生活する世界を描いたことに、マスクは感銘を受けたそうです。マスクは火星を目指していますが、その前に月に行くことを計画しています。さらに超知能を持つコンピューターが“神”のような力を持つ世界は、AI(人工知能)に強い関心を持つマスクにとり、間違いなく刺激となったことでしょう。

 それでは月は無慈悲な夜の女王のどの部分がガンダムと似ているのでしょうか? 宇宙の植民地が地球に反旗を翻して独立しようとすることや、「コロニー落とし」のように巨大な岩石を地球に落下させて、核兵器並みの爆発エネルギーを生み出して、政治家や市民を震え上がらせる点が共通しているといえるでしょう。

 もう1つのポイントは主人公が「巻きこまれ系」であることです。マニー自身は一介のコンピューター技術者で強い政治思想を持っているわけではありません。しかし高性能コンピューターのマイクと親しくなったことをきっかけに、月の反政府勢力と付き合うようになり、いつの間にか独立運動に身を投じることになります。

アムロ・レイが操るモビルスーツ「RX-78-2」の18mの実物大モデルは江東区青海の「ダイバーシティ東京」前の広場に展示されていた (写真:ロイター/アフロ)
アムロ・レイが操るモビルスーツ「RX-78-2」の18mの実物大モデルは江東区青海の「ダイバーシティ東京」前の広場に展示されていた (写真:ロイター/アフロ)

 機動戦士ガンダムの主人公であるアムロ・レイも典型的な巻きこまれ系です。ジオン軍の攻撃を受けた際に偶然近くにあったモビルスーツのガンダムに乗り込み、ザク2機を撃破します。その後も『ガンダムSEED』の主人公キラ・ヤマトや、『ガンダムUC(ユニコーン)』の主人公バナージ・リンクスなどに、巻きこまれ系の系譜は続いていきます。コンピューターや機械などの技術に詳しかったり、工業系の学校に通っていたりする少年が、トラブルに遭遇して初めて乗ったガンダムをなぜか上手く操縦できるようなストーリーが定番の1つになっています。

ガンダムのヒントになった「パワードスーツ」

 ハインラインが著したもう1冊の人気SFである『宇宙の戦士』についても、ガンダムに関連しそうな部分を簡単に紹介します。

 物語は、地球連邦軍の機動歩兵部隊の兵士である主人公のジュアン・リコらが輸送艦から惑星に降下するところから始まります。緊張に震えながら、カプセルに入った機動歩兵たちが大気圏に次々に突入していく描写は圧巻です。米メリーランド州アナポリスにある海軍兵学校(士官学校)出身で、空母「レキシントン」に乗り組むなど軍隊経験のあるハインラインだからこそ描ける迫力あるシーンといえるでしょう。

 機動歩兵たちが身につけているのは「パワードスーツ」と呼ばれるロボットスーツです。すぐれた視力と聴力、重い武器と弾薬を運べる能力、強い脚力、高い攻撃力、耐久力を兵士にもたらしてくれます。「機動歩兵はひとりで戦車隊と対峙し、支援なしでそれを絶滅させることができる」「このスーツを着ていると、ゴリラサイズの武器を装備した、でっかい金属製のゴリラにみえる」。ハインラインは本書でパワードスーツをこのように説明しています。

 特徴的なのは、自分の体を動かすのと同じようにパワードスーツを制御できることです。走ったり、ジャンプしたりといった人間の動きを、パワードスーツがそのままアシストしてくれます。「こいつの設計で真に天才的なのは、歩兵がそれを制御する必要がないという点だ。服みたいに、皮膚みたいに、ただ着ればいい」とハインラインは本書で述べています。

 このパワードスーツは人間拡張(Human Augmentation)的な技術といえるでしょう。米軍が2013年ごろから開発に取り組んできた「TALOS(Tactical Assault Light Operator Suit)」に近い印象もあります。TALOSは「パワード外骨格(Powered Exoskeleton)」とも呼ばれており、多数の研究機関や企業が参加して開発が進められてきましたが、2019年に当初想定されたコンセプトの実現は難しいことが明らかになりました。

 宇宙の戦士で描かれたパワードスーツは、ガンダムのモビルスーツよりも、むしろアニメ『装甲騎兵ボトムズ』に登場する「アーマードトルーパー(AT)」と呼ばれるロボットに似ている印象があります。人間拡張という言葉からは『新世紀エヴァンゲリオン』に登場する汎用人型決戦兵器のエヴァンゲリオン(EVA)をイメージするかもしれませんが、外観的にはボトムズやアニメ『太陽の牙ダグラム』に登場する「コンバットアーマー」と呼ばれるロボットが想起されます。

 それでも宇宙の戦士は、機動戦士ガンダムの制作チームがモビルスーツのアイデアを生み出すヒントの1つになったようです。機動戦士ガンダムの作画監督だった安彦良和は、「友人の(編集部注:「スタジオぬえ」を主宰した)高千穂 遙から、ハインラインの書いたSF小説『宇宙の戦士』が面白いから読めと言われて。そこから得たパワードスーツのアイデアがあった」と2021年1月に文春オンラインに掲載された記事で述べています。

アマゾンのベゾスもハインラインの大ファン

 1977年に早川書房から宇宙の戦士の文庫版が出版される際に、スタジオぬえの宮武一貴と加藤直之が同書に登場するパワードスーツの口絵や挿絵のデザインを担当しました。そのパワードスーツの外観は、ガンダムのモビルスーツにも似ています。「初めは安彦さんが、『宇宙の戦士』のイメージから、今でいうガンキャノンのラフ(デザイン画)を描いてきた」。2009年のガンダム30周年に合わせて実施されたインタビュー記事で機動戦士ガンダムのメカニックデザイン担当の大河原邦男はこう述べていました。

 そもそも宇宙の戦士に登場する地球連邦軍という名称が、ガンダムで使われています。パワードスーツに加えて、前述したような宇宙の植民地の反乱などを含むハインラインのSFに描かれたさまざまなアイデアは、ガンダムに一定の影響を与えていると言えそうです。もちろんハインラインのSFがヒントになったとしても、ガンダムがオリジナリティーあふれる素晴らしい作品であることに変わりはありません。

 『天才読書 世界一の富を築いたマスク、ベゾス、ゲイツが選ぶ100冊』ではマスクが読んだ10冊以上のSFを紹介しており、月は無慈悲な夜の女王以外のハインラインの作品も取り上げています。実はマスクだけでなく、アマゾン創業者のジェフ・ベゾスもSF好きでハインラインの大ファンです。

 ベゾスも人類を宇宙に移住させるという壮大な目標を掲げています。ブルーオリジンというスタートアップを率いて、月着陸を目指して「ブルームーン」という宇宙船や、再利用可能なロケットの開発にも取り組んでいます。

 べゾスは宇宙の商業化に向けた取り組みで成果を生んだ人に贈られるハインライン賞を2016年に受賞しています。「ハインラインは、太陽系全体に人類が繁栄する未来を予見した。そのビジョンを実現するための努力を私たちはやめない」。受賞の際にべゾスはこう述べています。

 2021年にアマゾンの最高経営責任者(CEO)を退任したべゾスは、宇宙分野に力を注いでいます。宇宙開発ではマスクが脚光を浴びる機会が多いのですが、「人類の未来はこの地球上にない」と高校時代に語っていたべゾスの宇宙への取り組みも注目すべきものです。

 マスクとベゾスは、子どものころから愛読してきたSFから強いインスピレーションを得て、宇宙開発に力を注ぐようになりました。「三つ子の魂百まで」という言葉があるように、少年時代の読書体験は、天才たちの人生に大きな影響を与えています。

=文中敬称略

日経ビジネス電子版 2022年12月27日付の記事を転載]

世界一の富豪になった天才イノベーター3人が読んだ100冊を一挙紹介! イーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、ビル・ゲイツはどんな本を読んでいるのか? 歴史、SF、科学、経済……古典から最先端まで、100冊のエッセンスを詳細に解説! 教養のアップデートに役立つ「最高のブックガイド」。

山崎良兵(著)、日経BP、2640円(税込み)
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