2025年3月に「サステナビリティ開示基準」が公表されました。これは、これまでも上場企業に開示が求められていたサステナビリティ情報を、今回作成された基準にのっとって開示しなければならなくなるものです。早くも2026年度にも適用が義務化される予定で、企業は早期の対応が求められます。そもそもサステナビリティとは何でしょうか。また、なぜその重要性が喧伝(けんでん)されるようになったのでしょう。基準の設定にも関わった著者が解説。『日経文庫 サステナビリティ基準がわかる』から抜粋・再構成してお届けします。

有価証券報告書で報告する義務

 上場企業などは金融商品取引法に基づいて、毎年、有価証券報告書を作成しなければなりません。所管は金融庁で、記載すべき内容は「企業内容等の開示に関する内閣府令(企業内容開示府令)」に定められています。金融庁は政府内で内閣府に所属するので「内閣府令」となっています。企業内容開示府令はわりと頻繁に改正されるのですが、2023年1月の改正で「サステナビリティに関する考え方及び取組」という記載欄が新設されたのです。そこではサステナビリティに関する「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標及び目標」を開示することとされました。ただし個別具体的な基準は、開示府令の中にはありません。その基準が2025年3月に発表されたのです。

 その前に注目したいのは、サステナビリティ情報以外の開示は以前から義務化されていたということです。有価証券報告書という制度は以前からあり、そこに新たにサステナビリティ情報が追加されたということです。

サステナビリティとはそもそも何か?

 サステナビリティとは持続可能性という意味です。それは「何の」持続可能性のことだと思うでしょうか。企業の持続可能性でしょうか、それとも社会の持続可能性でしょうか。

 「企業の持続可能性に決まっているではないか」と思う人も多いようです。典型的な意見は次のようなものです。「社会の持続可能性も大事だけれど、企業活動はボランティアではないのだから、企業にとって重要なのは企業自身が長期的に存続し、成長できるかどうかだ。投資家が求めているのもそういう情報のはずだ」。

 たしかに投資先の企業が長期的に存続し、成長できるかどうかは、投資家にとって最も知りたい情報の一つでしょう。ただしそれは、いわゆる非財務情報だけではわかりません。当然のことながら、売上高や利益率、負債比率など基礎となる会計情報もあわせて評価しなければ、企業の持続可能性は判断できません。つまり、もしサステナビリティという言葉が「企業の持続可能性」を意味するとしたら、それを表す情報は有価証券報告書の全部ということになってしまいます。サステナビリティはそういう意味ではありません。

 企業の持続可能性が重要なのはその通りですが、サステナビリティという言葉の意味は少し違うということです。

 そう言われても、まだ釈然としないかもしれません。次のような疑問がありそうです。「有価証券報告書の『サステナビリティに関する考え方及び取組』の欄には『社会の持続可能性』のことを書くのか。それは社会貢献について書くということなのか」。

 ここには少し誤解があります。この欄の具体的な記載内容については、別途、国際基準やそれに基づく国内基準が作成されていますが、開示が求められる情報は、正確に言うと「サステナビリティ関連財務情報」です。つまりサステナビリティという言葉の意味は「社会の持続可能性」ですが、開示するのはサステナビリティに関連して企業に生じるリスクや機会に関する情報というわけです。決して本業と無関係なボランティア活動のようなことを意味しているわけではありません。

 それでは企業にリスクや機会をもたらす社会の持続可能性とは、どういうことでしょうか。次にサステナビリティという概念が登場してきた背景を確認しておきましょう。

国連もSDGsを設定

 サステナビリティという言葉の理解は、「サステナブル・デベロップメント(持続可能な開発)」からきています。この概念を最初に提起したのは、国連が1984年に設置した「環境と開発に関する世界委員会」です。委員長が、ノルウェーの首相を務めたブルントラント氏だったことから、ブルントラント委員会と呼ばれました。同委員会は87年に公表した報告書『Our Common Future』の中で、「持続可能な開発」という考え方を打ち出し、「将来世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、現在世代のニーズを満たす開発」と定義しました。

 「現在世代のニーズを満たす開発」とは、発展途上国を中心とした貧困の解消を意味します。貧困問題の解決のためには経済の発展が必要ですが、地球の環境と資源には制約がありますから、経済活動が環境破壊や資源の枯渇をもたらせば、将来世代にしわ寄せがいきます。そこで「将来世代のニーズを満たす能力を損なわない」こと、つまり環境と開発の両立が必要だというのが、持続可能な開発の趣旨でした。

 国際社会はこの「持続可能な開発」を、目指すべき目標として受け入れています。
 1992年にはブラジルのリオデジャネイロで「環境と開発に関する国連会議(地球サミット)」が開催され、気候変動枠組み条約や生物多様性条約が採択されました。2015年の国連総会では『持続可能な開発のための2030アジェンダ』という文書が採択され、その中で2030年までに達成すべき17のゴールと169のターゲットからなる「持続可能な開発目標(SDGs)」が示されました。

 こういった動きの背景には、今の経済や社会のあり方は持続可能ではないという認識があります。社会が持続可能でないのに、企業だけが利益を上げ続けられるはずはありません。良好な自然環境や安定した社会は経済活動の基盤をなすものですから、持続可能な社会を実現することは、企業も含めた社会共通の利益となります。そう考えれば、経済を担う企業の活動も持続可能な開発と整合するものであるべきだと思うのではないでしょうか。

企業も社会も、いまその存続性が問われている。(写真:elenabsl/stock.adobe.com)
企業も社会も、いまその存続性が問われている。(写真:elenabsl/stock.adobe.com)
画像のクリックで拡大表示
2025年3月発表の最新基準に対応

気候変動の進行がビジネスに与える影響は計り知れません。この課題への取り組みを有価証券報告書の中で基準にのっとって開示することが、2026年度から一部義務化される予定です。本書は最新の基準について、基準の開発に関わった著者が解説します。

阪智香・水口剛著/日本経済新聞出版/1320円(税込み)