2022年4月、テキサス州オースティン郊外。米テスラの最新工場「ギガテキサス」の開所式のにぎわいの中に、招待状を持たない1人の記者がいた。『日経ものづくり』編集部での7年を含め、20年以上にわたって工場カイゼンの現場を取材してきた自称「工場オタク」である。一貫生産、AGV(無人搬送車)、そして巨大鋳造設備「ギガプレス」。取材を通じて見えてきたのは、トヨタ生産方式を生んだ大野耐一氏が実現しようとしていた理想形だった。『 データで徹底解剖 イーロン・マスク帝国 』から一部を抜粋・再構成してお届けする連載の第1回では、マスク氏のものづくりの現場を取り上げる。
「アイラブユー・イーロン! 僕は今、世界一リッチな男とこんなにも近い場所にいる。信じられないよ!」
22年4月7日夜、テキサス州オースティン郊外。テスラの工場「ギガテキサス」の開所式に招待されたファンたちが敷地内で歓声を上げる中、筆者は工場の外で砂ぼこりをかぶりながら、彼らの声に耳を澄ませていた。
テスラの車両や株の所有者、工場関係者や取引先などに送付されていた招待状。同行者を1人だけ連れていけるという規則を知り、知り合いのテスラ車や株の所有者に問い合わせてみたが、結果は空振りだった。加えてテスラは、20年ごろに社内のPR部門を解散し、既存メディアの取材を受けなくなっていた。
どうしてもテスラの最新工場を見てみたい――。悩んだ末の結論は、とにかく当日、現場に行ってみることだった。「いざ出陣!」と当時、赴任していたニューヨークからオースティンへ飛び、工場の周辺に群がるファンたちに加わった。


その夜、いつの間にか行動を共にするようになったのが、デンバーから来たトニー・アレラノさんだった。複数のテスラ車を所有し、テスラ株で巨額の資産を得たことで早期退職を果たした51歳(当時)。「テスラ株はこれからもっと上がる。あなたも買ったら? もっと人生を楽しまないとつまらないよ」と、あきれ顔で筆者に言った。一緒に敷地の中の様子をうかがっている時、急にトニーさんが大声で言い放ったのが、冒頭の言葉だった。
当日は、数多くのテスラ株を持つ個人投資家たちが、筆者と同じように招待状もないのに工場周辺を歩き回っていた。そんな彼らと交流する中で学んだのは、彼らが単に同社の電気自動車(EV)が好きなだけではないということだった。「マスク氏ならきっと想像もつかない偉業を成し遂げるに違いない」。そう信じ、自己資金を投じたことで人生が一変した人たちだ。一部はテスラを応援するユーチューバーと化し、その配信にほだされた人たちがまたテスラ株を購入し、ファンが広がっていく。テスラと彼らの人生は一心同体。だからこそ、マスク氏の一挙手一投足に熱狂するのだ。
筆者は製造業向け技術誌『日経ものづくり』の編集部に7年間在籍し、その前後を含めると20年以上、工場カイゼンの現場を取材してきた。開所式では結局、中に入れなかったが、ユーチューバーたちが公開した映像を穴が開くほど見て、さらに開所式翌日のテスラファンによるイベント「テスラコン・テキサス」で数多くの証言を集めることで、なんとかその本質をつかもうとした。そうして見えてきた「ギガテキサスのものづくり革命」は、筆者の想像を超えるものだった。
カイゼンの師匠の教え
大きな特徴の一つが「一貫生産」だ。バッテリーのセルから車体の製造・組み立てまでの全工程を同じ建物内で完結させることで、ムダに物を運ぶ「運搬のムダ」が省ける上、部品メーカーに製造を委託する外注費用もカットできる利点がある。
元米・モーターの生産担当技術者で、製造コンサルタント兼著名ユーチューバーのサンディー・モンロー氏によると、工場は4階建て。テスラが自社開発した円筒形電池「4680セル」が4階で生産された後、床を抜けて3階に下ろされてバッテリーパックに組み立てられ、2階にある車両の組み立てラインへと再び下ろされる。重力を利用した搬送で、エネルギーと時間を削減できる。2階の最終組み立てラインでは、車両を一般的なコンベアではなくAGVに載せて流していた。コンベアで不具合が出るとライン全体を止めなければならないが、AGVなら不具合車両だけを脇に避(よ)けられるので生産を止めずに済む。日本の自動車メーカーも導入しようとしていた手法だが、すでにあるコンベアから変更するには設備投資がかさむため、当時はまだどのメーカーも実現していなかった。

ギガテキサスの生産ライン最大の「目玉」が、テスラがイタリアの設備メーカーであるイドラ(IDRA)と共同開発した全長約20メートルの巨大な鋳造設備「ギガプレス」である。数多くのメディアで取り上げられたため、聞いたことがある人も多いのではないだろうか。
通常、車体のリアフレームは数十点の部品に分かれ、それらを溶接して一つのフレームに組み上げる。ところがギガプレスは、複雑形状の型の中にアルミを注入して固めることで、リアフレームそのものを一発で成型できる。数十点で構成されていた部品が一つになるということは、溶接する工程が消え、検査工程が減り、在庫コストもかからなくなるということだ。これも多くの自動車メーカーがすでに着想していた手法だが、部品を壊さずに型から外すのが技術的に難しい上、設備投資も高くつくため、実行したメーカーはいなかった。例えば、9000トン級のギガプレスは、1台数十億円ともいわれる。
動画や実際に中を見た人への取材を通じて工場内の様子が分かるたび、筆者は興奮を覚えた。いずれの取り組みも「生産リードタイム」と呼ばれる、資材の投入から完成品ができるまでにかかる時間を可能な限り削減するという、一貫した目的が見て取れたからだ。
筆者には、「カイゼンの師匠」と仰ぐ人物がいる。トヨタ生産方式を生んだ大野耐一氏からその極意を直接学び、1990年代にソニー(現ソニー・グループ)やキヤノンの工場カイゼンを率いた著名コンサルタント、PEC協会会長の山田日登志氏だ。連載執筆のために2003年ごろから10年以上にわたって山田氏の現場カイゼンに同行させてもらい、実際に現場の人と一緒にカイゼンに取り組むうちにハマっていった。取材した工場の数は100を超える。このおかげで、山田氏とは関係のない工場に取材に行っても、工場のどこにムダがあり、どうすれば削減できるのかが分かるようになっていた。
山田氏はいつもコンサルティング先の工場に到着するや、最終工程に向かい、現場の責任者にこう問いかけていた。「この工場では1日、何を何個造っとるのや?」。お客様が必要とする物を起点に、最終工程から前の工程にさかのぼりながら、ムダのない工程や物の流れを生み出していくのが「山田流」だ。工場の責任者が、何をどれだけ、いつお客様に届ける必要があるかを把握していないのは言語道断。必要な物を把握した上で、工程一つ一つのタクトタイム(製品1個を製造するのにかかる時間)をそろえ、工程間に仕掛かり品(製造途中の製品)がたまらないようにする。そして、前工程と後工程の距離を近づけて運搬のムダを減らし、さらに複数の工程を一体化させる――。
山田氏はコンサルティング中、幾度となく師である大野氏のこんな言葉を引用していた。「(忍者の)猿飛佐助がドロンと言ったら、製品が完成している。これが理想だ」と。ギガテキサスには、そんなカイゼンの理想形が随所にちりばめられていた。自称「工場オタク」の筆者にとっては、夢の国のように見えた。
そんなギガテキサスの衝撃から約4年。マスク流のものづくりは、さらに次の次元へと進化していた。
その象徴が「アンボックスト・プロセス(Unboxed Process)」だ(下の図)。従来の自動車製造はすべて「直列型」で、1カ所で問題が起きればライン全体が止まる構成になっていた。一方のアンボックストは、車を「フロント」「インテリア」「リアとバッテリー」という大きなモジュールに分割し、それぞれを別のラインで同時に組み立ててから、最後に結合する「並列型」を採用する。マスク氏は、この手法を使えば、当時最新だったモデルYの生産ラインの6〜7倍の速さで車両を生産できると説明した。
23年のテスラの投資家向けイベントで発表されたこの構想は、26年2月に生産を開始したギガテキサスのロボタクシー「サイバーキャブ」の量産ラインに採用された。
テスラの企業価値が競合他社を圧倒するのも、ここまでに見てきた革新の積み重ねの結果だと言っても過言ではない(下の図)。かつて「自動車メーカーとして認めない」と揶揄(やゆ)されたテスラが、今や時価総額で、世界最大級の販売・生産規模を持つトヨタ自動車を大きく上回っているのだ。
では、日本のものづくりに学んだはずのマスク氏は、なぜ日本を追い抜けたのか。次回は、マスク氏が拠って立つ「第一原理主義」と、大野氏のトヨタ生産方式の共通点と違いを見ていく。
(次回へ続く)
[日経ビジネス電子版 2026年9月11日付の記事を転載]
池松由香(著)/日経BP/2420円(税込み)


