2025年3月に「サステナビリティ開示基準」が公表されました。これは、これまでも上場企業に開示が求められていたサステナビリティ情報を、今回作成された基準にのっとって開示しなければならなくなるものです。早くも2026年度にも適用が義務化される予定で、企業は早期の対応が求められます。これによって企業経営はどう変わるでしょうか。他社の経営にも目を光らせる必要がありそうです。基準の設定にも関わった著者が解説。『日経文庫 サステナビリティ基準がわかる』から抜粋・再構成してお届けします。

情報開示で企業の透明性が高まる

 サステナビリティ開示基準は、情報開示を求める基準です。情報開示は、企業が株主から預かった資金の使い道や成果についてアカウンタビリティ(説明責任)を果たすものであると同時に、企業経営の透明性を向上させることで、経営者の行動について社会的責任を果たすよう導く効果もあります。

 例えば、アメリカには、「紛争鉱物」についての情報開示規制を設けている米国金融規制改革法(ドッド・フランク法)第1502条があります。この法律では、アメリカの上場企業は、スズや金などの「紛争鉱物」を自社製品に使用している場合、その鉱物がどの国から調達されたのかを調査することが求められます。もし、内乱における武装勢力の資金源となる可能性があるコンゴ民主共和国やその周辺国に由来するものであれば、その産地や加工施設についての詳細な調査も求められます。そして、調査結果は年次報告書に付随する「紛争鉱物報告」に記載し、米国証券取引委員会(SEC)に提出するとともに、企業のウェブサイトなどで一般に公開する必要があります。

 この「紛争鉱物」の開示規制により、コンゴ民主共和国からアメリカを含むOECD諸国への対象鉱物の輸出が減少し、サプライ・チェーンの構造が変化したことが、村上進亮教授(東京大学)らの研究で示されています。このように、紛争鉱物の使用に関する開示によって透明性が高まり、企業がそれらの紛争鉱物の使用を抑制したことで、結果的に武装勢力の資金源が縮小し、紛争解決に一定の効果を果たしました。情報開示がもつパワーは大きいといえます。

他社の経営も自分事化する方向へ

 サステナビリティ開示基準によって、スコープ3などのバリュー・チェーンに関連する情報の開示が求められることは、「紛争鉱物」の開示以上に企業経営へ大きな影響を与えることになるでしょう。なぜなら、温室効果ガスは企業の幅広い活動から排出される上、バリュー・チェーンの上流や下流における排出も含むからです。

 どの企業もバリュー・チェーンにおいて他社と取引をしています。そのため、バリュー・チェーンの企業間では、「あなたの排出(スコープ1・2)はわたしの排出(スコープ3)」、「わたしの排出(スコープ1・2)はあなたの排出(スコープ3)」という関係が成り立ちます。したがって、バリュー・チェーン内の1社が排出量(スコープ1・2)を削減すると、他のバリュー・チェーン上の企業にとっても排出量(スコープ3)が削減されます。このように排出量の削減の効果は、バリュー・チェーン全体で共有されます。これを示したのが、図1です。

(注:スコープ1は自社の直接排出量。スコープ2は間接的な排出量。スコープ3はバリュー・チェーンの上流・下流にあたる排出量等を指す)

図1 バリュー・チェーン排出量の特徴――削減は各社でシェアされる
図1 バリュー・チェーン排出量の特徴――削減は各社でシェアされる
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 サステナビリティ開示基準が適用される企業はプライム上場企業の一部であったとしても、そのバリュー・チェーンに属する多くの企業が、排出量の算定や削減が求められることになると予想されます。サステナビリティ開示基準の法定開示の流れは、バリュー・チェーンの自分事化を促し、基準が適用されないバリュー・チェーン上の企業も巻き込んだ排出削減と、経済社会全体の排出削減に向けて大きな役割を果たすことになるでしょう。

取引先の経営も自社に深く関係するようになる(写真:Faiza Art Mart/stock.adobe.com)
取引先の経営も自社に深く関係するようになる(写真:Faiza Art Mart/stock.adobe.com)
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2025年3月発表の最新基準に対応

気候変動の進行がビジネスに与える影響は計り知れません。この課題への取り組みを有価証券報告書の中で基準にのっとって開示することが、2026年度から一部義務化される予定です。本書は最新の基準について、基準の開発に関わった著者が解説します。

阪智香・水口剛著/日本経済新聞出版/1320円(税込み)