世界で秘かに進んでいた「採用革命」。その波に日本企業は完全に乗り遅れ、優秀な人材の獲得競争に負け続けている──そう警鐘を鳴らすのは、元ヘッドハンターで、現在はグロービス・キャピタル・パートナーズでチーム「GPCX」を率いる小野壮彦氏。新刊『世界標準の採用』の一部を公開、日本企業の採用力低下につながった「採用革命」の歴史を、駆け足で振り返る。

 もしかすると、このような視点でビジネスの歴史を振り返るということは、あまり例がないのかもしれません。しかし、実は近年、ビジネスの世界では確かに大きな革命が起きていたのです。これを「採用革命」と名づけます。

 2000年代の中頃、グーグルが始めた新しい採用手法は、まるで核分裂のように猛スピードでシリコンバレーのテック企業コミュニティーに広がっていきました。それは、技術革新であるだけでなく、時代を揺るがす波となり、やがて世界中のグローバル企業へと浸透していったのです。大手企業にもスタートアップ企業にもその影響は広がり、先鋭化し、採用という概念そのものを以前とはまったく異なるものへと変えてしまいました。

採用に働く外部ネットワーク効果

 採用という活動は、強い外部ネットワーク効果が働きます。新しい面接手法は、それを体験した人々を通じて価値を増幅させながら広がっていくのです。グーグルの採用面接を受けた人たちは、その衝撃的な体験を語り、シェアしました。その結果、そのやり方を真似ようという企業が次々と現れました。異質な面接体験そのものがコンテンツへと変化し、共有されていったのです。

 採用革命はこうして、あっという間に広がっていきました。

 グーグルからは多くの人材が飛び立ち、その後のキャリアで新しい採用手法を広めていきました。その一例が、キャロライン・ホーン氏です。彼女はグーグルで採用革命を牽引した一人で、その後、米国を代表するベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツのパートナーとして活動しました。

 アンドリーセン・ホロウィッツは、投資金額においても、投資後の企業成長の支援においてもスケールが桁外れに大きく、投資先企業に極めて大きなインパクトを与えるベンチャーキャピタルの一つです。

 ホーン氏は、グーグルで培った知見を生かし、アンドリーセン・ホロウィッツの投資先企業に次々とその採用ノウハウを移植していきました。例えは悪いかもしれませんが、まるで伝染性の高いウイルスのスーパースプレッダーです。次々と新しいクラスターを生み出し、それらの企業が採用力の強化を果たし、独自の成長を遂げていったのです。

 私が初めてグーグルと接点を持ったのは、2010年ごろのことです。

グーグルが始めた新しい採用手法には、強い“感染力”があった(写真:bht2000/stock.adobe.com)
グーグルが始めた新しい採用手法には、強い“感染力”があった(写真:bht2000/stock.adobe.com)

 当時のグーグルは、採用エージェントにとって、とても仕事がやりにくい存在として知られていました。なぜなら社内に大量のリクルーター(採用担当者)を抱えており、外部の力に頼る必要がほとんどなかったからです(*1)。

 当時はまだ、採用における「グーグルモデル」は完全には確立されておらず、その伝染性に気づく人も多くありませんでした。

 しかし、それからわずか10年後、2020年代になると、グーグルに端を発した採用革命が世界をのみこんでいました。ほとんどのグローバル企業が、採用の新時代を切り拓いたこのグーグルモデルを組み込むようになったのです。

米国にも「終身雇用の時代」があった

 2000年代半ばから、グーグルを起点に採用革命が始まった、と書きました。では、この採用革命がなぜ生じたのか、どうして米国からだったのか。その社会的背景を振り返ってみましょう。

 1980年代初頭の米国は、石油ショックによるデフレ効果と金融引き締め政策により、急角度の景気後退に突入します(*2)。リストラクチャリングの波とともに終身雇用の時代が終焉を迎えました。それまでは米国企業も、今日の日本大企業のように、空きポジションを埋めるのは約90%が社内人事。つまり、昇進と配置転換で充足していたのです(*3)。

 1989年にベルリンの壁が崩壊すると、グローバル化が猛烈なスピードで進展していきます。冷戦下で東西に分かれていた世界は一体化に向かい、国境を超えた企業活動が盛んになりました。マーケットメカニズムに基づく企業間の競争が激化し、人材の移動も活発になります。

ベルリンの壁の崩壊は巡り巡って、人材の流動化にもつながっている(写真:studio v-zwoelf/stock.adobe.com)
ベルリンの壁の崩壊は巡り巡って、人材の流動化にもつながっている(写真:studio v-zwoelf/stock.adobe.com)

 そのグローバル化した経済の恩恵を一番受けたのは、国際貿易と国際投資のルールメーカーたる地位を確立した米国でした。ここから、米国のグローバル企業が国外で雇用する人材の数は膨れ上がります。2022年には約4430万人に上り(*4)、その背後で、グローバルな人材のスカウト合戦が猛烈な勢いで繰り広げられていきました。

 米国市場では、他の先進国に比べていち早くエクイティ・インセンティブの導入が進んだことも、人材移動が活発化した背景として挙げられます。西部開拓の時代からフロンティアスピリットあふれる米国とはいえ、転職におけるリスクが低いわけではありませんでした。

 しかしそこに、企業の株主価値によって報酬が決まるエクイティ・インセンティブが入ってきたことで、大きく状況が変わりました。株価が上がれば、どかんと稼げる「当たるとでかい」報酬制度が、優秀層を採用する際の条件として定着したことにより、転職におけるリスクとリターンのバランスが一気に整ったのです。

 こうして米国では、組織全体がスカウトによる経験者採用で構築されていくことがすっかり定着しました。さらに、海外でも積極的にスカウト活動が行われ、エクイティ・インセンティブによって強力にブーストをかけるという、まるで採用における巨大ハリケーンのようなシステムが完成したのです。

 こうした背景が、採用革命の進展を促すドライビングフォースとなり、世界を変える原動力となったといえるでしょう。

 ここでぜひ認識していただきたいのは、その時間軸です。

*1. グーグルは当時より原則として採用エージェントの利用を禁じていたが、日本では転職市場が硬直的という理由で、例外的に一部での活用を認めていた。
*2. 経済企画庁 (1980)「石油危機への対応と1980年代の課題」 昭和55年 年次世界経済報告
*3. Peter Cappelli.(2019). Your Approach to Hiring Is All Wrong. Harvard Business Review. May–June2019
*4. Bureau of Economic Analysis.(2024). Avtivities of U.S. Multinational Enterprises, 2022

 グーグルが新しい採用手法を使いはじめたのは約20年前ですが、採用革命の萌芽はそれよりずっと前、今から30年以上前にはすでに存在していたのです。もともと世界の採用市場では、米国企業をキープレイヤーとするグローバル人材の激しい獲得競争が起きていました。それを背景にデジタル革命というトリガーが引かれたことで、採用革命が本格的に出現したのです。つまり、採用革命は決して突然変異ではなかった。十分に練り上げられてきた下地に、新たな技術が流し込まれて確立されたのです。

 日本国内にいるとその変化を肌で感じにくいかもしれませんが、一歩外に目を向ければ、こうした時代の流れがあったことを、ぜひ押さえていただきたいと思います。

2004年に、何が起こったのか?

 2004年は、一つの大きな節目だったと、今振り返って気づかされます。

 この年、ティム・オライリーが、米サンフランシスコで「Web2.0カンファレンス」を初開催し、「Web2.0」という概念が広まりました。オライリー自身も後に、「Web2.0の定義にはいまだ大きな意見の相違がある」と記していますが(*5)、大まかに捉えるなら、次のような理解でよいのではないでしょうか。

Web1.0 ─ 情報の発信者と受信者が明確に分かれ、固定されている。情報の流れは発信者から受信者への一方向である。
Web2.0─ 情報の発信者と受信者が流動化し、誰もが情報の発信者にも受信者になれる。情報の流れも流動的になる。

 スマートフォンの普及に乗じて、SNSに代表される個人発信型のサービスが大きく育ち、一般人が発する情報にこそ価値があるという文化が生まれはじめたわけです。そして、この年、グーグルが空前の時価総額でIPO(新規株式公開)を行い、かのリンクトインも、本格的に普及モードに入りました。

 リンクトインについて、少し振り返ってみましょう。

 その起源は1990年代初めごろに遡ります。実はその時点ですでに「eリクルーティング」という言葉が登場していました。それは、オンライン上のバーチャル空間で、リアルな世界では接点のない人とコンタクトを取り、採用へとつなげていくという動きの始まりでした。

 とはいえ、当時の仕組みは単純なものでした。求人側が情報を登録したり、そのデータベースを採用側が検索したりできる、専用のプラットフォームやツールが存在したわけではありません。

 ただし、企業が「このような人材を募集しています」とインターネット上に掲げるだけでも、それまでより多くのターゲット層に、より的確にリーチできるようになったのは確かです。それだけでも、当時においては十分に革新的なことでした。

「リンクトイン・リクルーター」の衝撃

 シリコンバレーは2000~2002年の間、厳しい不況に見舞われていましたが、その時期を脱するタイミングで誕生し、eリクルーティングを一段と洗練させたのがリンクトインです。

 前述の「Web2.0」のムーブメントが始まった2004年になると、キャリアアップを目指すユーザーに特化したSNSとして本格的にテイクオフしはじめ、一躍、急成長企業の仲間入りを果たしました。

 そして、採用業界に決定的なインパクトを与えたのが、2008 年に登場した「リンクトイン・リクルーター」です(*6)。

 法人向けの採用業務支援ツールとして開発されたこのプロダクトの登場により、企業や採用エージェンシーが、リンクトインの登録ユーザーからターゲットとなる人を絞り込み、直接コンタクトを取るというプロセスを、網羅的かつ効率的に管理することが可能になりました。組織的な「ダイレクトリクルーティング」の誕生です。

「リンクトイン・リクルーター」の登場が採用業界に衝撃を与えた(写真:kovop58/stock.adobe.com)
「リンクトイン・リクルーター」の登場が採用業界に衝撃を与えた(写真:kovop58/stock.adobe.com)

 ちなみに初期のリンクトインは、かなりテック・ギーク臭の強いサービスで、もっぱらエンジニア同士で活用されていました。シリコンバレーの起業家たちは「とにかく優秀なエンジニアをリクルートしよう」と躍起でした。そんな中、大勢のエンジニアの個人プロフィールが分かり、さらにスカウト機能も備えたこの「リクルーティングSNS」に、誰もが飛びついたのです。新興テック・スタートアップとの相性は抜群で、リンクトイン・リクルーターは急速に発展していったのです。

 リンクトインの普及によって、何が決定的に変わったのでしょうか。それは、これまでメディアに取材されない限り表に出ることがなかった個人の過去の経歴や現在の役職、役割が、ユーザー自身によってつくられるユーザー生成型コンテンツ(UGC:User Generated Content)として、まるで雪崩のようにインターネット空間に解き放たれたことです。その結果、企業が直接その人たちにリーチすることができるようになったのです。

 このリンクトインのツールを最もモダンで洗練された形で活用し、新しい採用手法を確立したのがグーグルです。グーグルのアプローチは採用のあり方に革新をもたらし、世界に大きな波紋を広げたのです。次回、その具体的な特徴を概観します。

*5. Tim O'Reilly. (2005). What Is Web 2.0 Design Patterns and Business Models for the Next Generation of Software. O'Reilly Media
*6. LinkedIn Corporate Communications. (2008).LinkedIn Launches New Corporate Recruiter Product.LinkedIn Pressroom

日経ビジネス電子版 2025年4月30日付の記事を転載]

御社になぜ、優秀な人材が足りないのか? 今日の日本の人材難の背後には、米国企業が仕掛けたゲームチェンジがあり、乗り遅れた日本企業が今こそ実装すべきシステムと技術があります。世界のグローバルエリートを鑑定してきた著者が描く、逆転のシナリオ。大反響『人を選ぶ技術』著者、待望の第2作。ビジネスリーダー必読の「人材獲得の教科書」です。

小野壮彦著/日経BP/2970円(税込み)