これは、複数の体験を基にした「セミノンフィクション」。日本のある大手メーカーが、英国で犯したいくつかのミス。子会社社長をヘッドハンティングする面接で役員が居眠り。しかし、そこは本質ではない。候補者が憤慨した「真因」を探る。新刊『世界標準の採用』(小野壮彦著、日経BP)から抜粋・再編集してお届けする、この物語に隠された「7つの組織的エラー」とは何か。
異文化の面接室
あれは2015年ごろのことだったと記憶しています。(*1)
日本のある大手メーカーが、十数年前に買収した英国の子会社で、突如として深刻な問題に直面しました。その子会社を買収前から長年率いてきた英国人の幹部たちが、あるトラブルをきっかけに続々と辞任していった後、社長までもが辞意を表明したのです。新しい経営者を急遽(きゅうきょ)探さなければならないという、緊急事態が発生しました。
その現地法人の社長職にはトップセールスとしての役割が期待されており、加えてニッチな製品を扱うため、独特の専門知識が求められました。本社内での議論の末、日本から人材を送り込むのではなく、英国や欧州で同様の事業に経営経験を持つ人材をヘッドハンティングすべきだという方針が決まりました。
最終的に、当時私が所属していたグローバル・エグゼクティブ・サーチ・ファーム(*2)に社長サーチ(*3)の依頼が舞い込んだのです。
この案件は、私と英国人の同僚コンサルタントがタッグを組んで担当することになりました。私は日本本社との調整役を務め、同僚が英国でのサーチを進めるという役割分担です。こうして、プロジェクトは本格的にキックオフしました。
ここから、失望の物語が動きはじめます。

*2. 企業の経営幹部や上級管理職を対象に、世界規模で人材を発掘・紹介・鑑定するプロフェッショナル・ファーム。
*3. サーチ・ファームが手掛ける「サーチ」は、いわゆるヘッドハンティングにとどまらず、広く人材の発掘・紹介・鑑定、及び意思決定の支援を指す。
最初の「なんともいえない失望」は、このクライアント企業が指名してきた面接官への驚きでした。
このケースのように年収5000万円を超えるエグゼクティブ人材の採用では、本社の幹部クラスが面接を主導するのがグローバル企業のスタンダードです。しかし、最初の面接官として指名されたのは、30代前半の人事部の係長でした。私も面識はありましたが、会議では一度も発言をしたことがなく、経験不足が目に見えて分かる方でした。
不安を覚えた私は50代半ばの事業担当役員に対し、「相手は社長候補のエグゼクティブです。初回面談であっても、まずは本社役員クラスが直接お会いするのが望ましいのでは」と提案しました。しかし、返ってきたのは、「初回面談ですよね? 私はそんなに時間が取れません」という、どこか煮え切らない返答。最終的に1次面接は40代の本部長が担当することになりましたが、この調整だけで貴重な時間が無為に過ぎてしまったのです。
その間、英国では候補者のスクリーニングが着々と進んでいました。
まず候補者のロングリスト(*4)が作成された後、コンサルタントとしての経験と洞察力を駆使してショートリスト(*5)へと絞り込まれます。そこから3週間ほどかけて、コンサルタントが自ら候補者にアプローチし、応募の承諾を取りつける。という流れで進みます。
ロンドン・オフィスは、このファームが世界各地に展開するオフィスの中でも、ひときわ名声が高く、最強と称される精鋭コンサルタントの集団でした。このときも難しいサーチであったにもかかわらず、ハイレベルな候補者たちをずらりとそろえてくれました。

候補者は4人に絞り込まれました。
選ばれたのは、いずれも「ほほう」と思わせる説得力ある経歴を持つ人物ばかりです。4人のうち2人はど真ん中の競合他社から。残りの2人は異業種ながらも、共通する顧客層を持つ企業で活躍するエグゼクティブでした。
続いて、面接の日程調整が始まります。私も通訳を兼ねてすべての面接に同席することになりました。
4人との1次面接を終えたばかりの本部長からは、「相性の良し悪しは分かれそうだが、全員よさそうでしたね」というコメントをもらいました。しかしその翌日、判断が一転して1人は不合格としたいとの連絡を受けます。「相対的にモチベーションが感じられなかった」という理由でした。
*5. 前述のロングリストから候補を絞り込んだリスト。基準を満たしているかに加えて、誘いに興味を示す可能性があるかなどを考慮して作成されるアタックリストを指す。
社長候補を面接する「時間がない」という驚き
しかしこの候補者、我々が最も高く評価していた、一番の実力者だったのです。私たちは、まさかその彼を、そんな理由で落とすとは。と苛立ちを感じましたが、決定は覆りません。
残る3人が役員面接へと進むことになりました。私たちは本社役員に、英国へ渡航し、対面で面接することを提案しましたが、「時間がない」という理由で却下されてしまいます。
結果やはり、テレビ電話でつなぐ形式で面接を実施することになりました。
ところが、その役員面接の直前に「本部長と係長も同席させる」という連絡が入ります。
この変更によって、候補者1人に対し、面接官は役員、本部長、係長、そして私の計4人という、バランスを欠いた人数構成になってしまいました。このアレンジはエグゼクティブ相手に不適切だと、ロンドン・オフィスのチームも強く反対しましたが、調整の余地は残されていませんでした。
候補者を戸惑わせた「定番の質問」
運命の最終面接の日が訪れました。シスコシステムズ製の豪華なテレビ会議システムの画面越しに映し出されたのは、ノーネクタイに薄いピンクのシャツを着た、恰幅のよい男性。どことなく歌手のエド・シーランを思わせる彼の柔らかな表情が場の緊張を和らげ、面接はなごやかにスタートしました。アイスブレイクが終わり、いよいよインタビューが始まります。ところが、主役のはずの役員はほとんど口を開きません。冒頭に簡潔な自己紹介をしただけで、あとは沈黙を守ります。インタビューを任されたのは、まさかのあの、最年少の係長でした。
「まずは自己紹介をお願いします」
「次に志望動機をお聞かせください」
そこには、明らかに戸惑いを隠せない候補者の姿がありました。
このシスコシステムズ製の会議システムには、発言者に自動でカメラがフォーカスする機能がありました。さらに、ご丁寧なことに、発言していない人の表情も見られるよう、時折カメラが引きの映像に切り替わる仕様になっています。
30分ほどたった頃でしょうか。カメラがふと引きの映像に切り替わりました。そして、
誰もが目を疑う瞬間が訪れたのです。
画面に映された役員のまぶたが静かに重みを増し、次第に顔が傾き、うつむいていく──その一部始終が、しっかりと画面に映し出されていたのです。それは、まるで永遠に続くかのような一瞬の出来事でした。
すべての面接が終わりました。ロンドンの同僚から電話が入ります。声は当然ながら冷ややかです。彼によれば、その候補者は憤慨して帰っていったとのことでした。

このサーチプロジェクトは、その後も紆余曲折を経ましたが、なんとか決着を見ます。結局選ばれたのは、4人の中で「一番弱いかもね」と我々が見立てていた人物でした。
このエピソードは、日英のカルチャーギャップとして単純に片づけるべき問題ではありません。ここには、グローバル基準での採用について考えるべき重要な教訓が含まれています。これが単なる創作小話であればよかったのですが、現場では今も同様の光景が繰り返されています。
もし、この話を読まれたあなたが「大事な場面で居眠りしてしまった役員の話」とだけ捉え、そこに複数の組織的課題を感じ取れなかったとしたら、拙著(『世界標準の採用』)はきっと大いにお役に立てるはずです。ぜひご一読いただいた後に、このエピソードをもう一度振り返っていただければと思います。(*6)
[日経ビジネス電子版 2025年4月28日付の記事を転載]
小野壮彦著/日経BP/2970円(税込み)
