格差拡大や分断など、資本主義に対する批判が高まっている。オックスフォード大学サイード経営大学院(ビジネススクール)名誉教授のコリン・メイヤー氏は、近著『資本主義再興』の中でその処方箋として「利益の再定義」を提案し、企業は「他者に害を与えて利益を得てはならない」と主張する。2025年4月に来日したメイヤー教授と、宮島英昭・早稲田大学教授に、資本主義をどのように立て直していくべきかについて対談してもらった。その前編をお届けする。

「正しい利益」とは何か、再定義する

宮島英昭氏(以下、宮島):資本主義は近年、厳しい批判にさらされていますが、とりわけどの部分が問題だと考えていますか。

コリン・メイヤー氏(以下、メイヤー):企業は資本主義システムの中で最も重要な要素の一つです。企業は資本主義において欠かせない役割を果たしており、私たちに衣食住を提供し、雇用を創出し、さらに私たちの貯蓄が資本市場を通じて企業に投資されるなど、資本主義システムの根幹をなしています。

 しかし、企業は、このように世界の繁栄を促進するうえで非常に重要な役割を果たす一方で、さまざまな問題の原因にもなっています。例えば環境面では、地球温暖化、公害、生物多様性の喪失、社会面では格差拡大や社会的排除などを引き起こしています。私たちはこうした問題を、今のところうまく解決できていません。2024年に上梓(じょうし)した『資本主義再興』では、どうすればそれらを解決できるのかを説明しています。

コリン・メイヤー氏
コリン・メイヤー氏
オックスフォード大学サイード経営大学院(ビジネススクール)経営学名誉教授。同大学ブラバトニック公共政策大学院客員教授、英国学士院フェロー。オックスフォード大学卒業、同大学経済学博士。ロンドン・シティ大学教授などを経て、1994年にオックスフォード大学サイード・ビジネススクール教授に就任、2006~11年まで同大学院長を務めた。2017年、大英帝国勲章CBE(Commander of the Order of the British Empire)を授与された。(写真:鈴木愛子、以下同)
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宮島:本の中で解決のヒントをいくつか提示されていますが、中でも目を引くのが「利益」の概念を再定義されている点です。

メイヤー:「利益」は、資本主義システムが機能するうえで中心的な役割を果たしています。なぜなら、利益は企業活動を支える資金の源であり、企業で働く人々や投資家が企業を支援するインセンティブにもなっているからです。しかし、私たちは利益という言葉の本当の意味を十分に理解できていません。

 「利益」という語は、ラテン語のproficere(前進する、進歩する)に由来し、本来、利益は「前進」や「進歩」から生まれるものであるべきです。ところが実際には、一部の人々だけが不当な利益を得るような仕組みや状況、つまり社会全体にとっては「後退」とも言える状態から生じていることが少なくありません。

 企業の利益は、売り上げから、事業に必要なコストを差し引いたものですが、そのコストの中に企業が他者や社会に害を及ぼさないようにするための費用も含めて考えるべきです。しかし現状では、その認識が十分に広まっていません。

 例えば、企業が生活賃金に満たない条件で人々を雇用したり、サプライチェーンにおいて不当に安い価格で調達したり、環境を汚染して温暖化ガスを排出したり、生物多様性を破壊したりする場合、それらはすべて他者や社会に対して害悪や損失を与えています。私が『資本主義再興』で主張しているのは、企業がそうした害悪を回避するための費用を「コスト」として認識すべきだということです。そして、もし害を与えたのであれば、少なくとも被害を修復するための費用を負担すべきです。

 しかし、現在の会計のルールでは、企業のコストの中に本来含めるべき費用がきちんと定義されておらず、そのため企業の正しい利益(just profit)や公正な利益(fair profit)が正しく測られていません。企業とその取締役が、財務諸表について「真実かつ公正な財務状況を表している」と承認しても、実際にはそうなっていないわけです。本来負担すべきコストを反映していないため、真実でもなければ公正でもない。

 私の本では、企業が真のコスト(true cost)を負担し、他者に害を与えるのではなく、問題を解決することによって利益を得る仕組みをどう実現できるのか、さらに、なぜそれが資本主義の問題を解決するうえで極めて重要なのかを説明しています。

 企業の利益が真のコストを反映していなければ、企業のインセンティブは「便益の提供」だけでなく「害悪や損失の発生」を伴う活動にも向かいます。そうならないように、これまで私たちはさまざまな対策を試みましたが、ことごとく失敗してきました。なぜなら、企業や投資家を突き動かす根本的な動機が「利益の最大化」であり、私たちに害悪や損害を及ぼす形で利益を追求しているからです。だからこそ、企業の基本的なインセンティブと事業活動の資金源を、私たち個人、社会、そして自然界の利益と一致させることが絶対に必要なのです。

宮島英昭(みやじま・ひであき)氏
宮島英昭(みやじま・ひであき)氏
早稲田大学 常任理事・商学学術院教授。立教大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得修了、早稲田大学商学博士。東京大学社会科学研究所助手、ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員などを経て現職。財務省財務総合研究所・特別研究官、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)ファカルティフェロー、早稲田大学高等研究所所長を歴任。また、経済産業省「コーポレートガバナンスシステム研究会」委員、同「我が国企業による海外M&A研究会」座長、RIETI「企業統治分析のフロンティア」プロジェクトリーダーを務める。
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ステークホルダー資本主義の問題点とは

宮島:現状では、企業が他者に害を及ぼすことで生じるコスト(負の外部性)だけでなく、逆に企業が正の外部性(他者や社会に良い影響を与えること)を実現しようとする場合の便益も、利益に含まれていません。あなたが提唱している「正当な利益」あるいは「公正なコストを反映した利益」という考え方は、現在の資本主義の論理に対する強烈な批判であり、対立する考え方ですね。

 通常、啓蒙的資本主義とも呼ばれる考え方では、ステークホルダーの利益が重視されます。しかし、もし企業が他者や社会、あるいはステークホルダーのために何かをしようとしても、それによって従来の売り上げや利益が減少する可能性がある場合、そのようなプロジェクトは承認も実現もされないことになります。あなたの考え方は、こうしたステークホルダー資本主義の考え方に対しても強い反論になっていますね。

 もう一点強調すべきことは、ステークホルダーの視点から見ると、しばしば利益が批判の対象となる点です。企業の利益の追求そのものが、他者の利益を実現するうえで障害と見なされ、否定されることもあります。しかし、あなたが強調しているのは、「企業の目的(パーパス)は依然として利益の追求だが、その利益の定義が従来とは異なる」という点です。

 では、なぜあなたはそのような利益の定義をあえて主張しているのでしょうか。私の理解では、利益という概念は非常に強力であり、企業の目的を一つに定めることは、運用面でも非常に有用で扱いやすいからだと思います。一方、ステークホルダー理論では、企業が複数の目的を持つことになるため、取締役会は多くの目的や義務を同時に負うことになりガバナンスが非常に複雑になってしまいます。このような懸念があることから、利益を明確に定義していると思うのですが。

メイヤー:その通りです。私が伝統的なステークホルダー理論に問題があると考える理由は、あなたが言ったように、企業経営者にとって非常に大きな混乱と複雑さを生むからです。なぜなら、ステークホルダー理論は経営者に対して「複数の目的を同時に追求せよ」と求めるからです。しかし、それは現実的ではありません。

 私が提案しているのは、もっと単純でわかりやすいアプローチです。それは、企業の利益を、個人・社会・自然界にとっての便益と一致させるということです。そのためには、大きな革命を起こす必要はなく、非常に簡単です。企業の「真のコスト」をきちんと計上すればいい。それだけです。

 ここで言う「真のコスト」とは、企業が社会や環境に与える害を回避するために必要な費用のことです。社会的・環境的便益を複雑に評価する必要はありません。企業が他者に害を及ぼさないために本来負担すべきコストを特定し、それを実際に負担させる。そうすれば、企業のインセンティブと、社会や環境の利益が即座に一致します。それを実現するのに複雑な指標や厳格な規制は必要ありません。

会社法に「企業の成功」の新しい定義を位置付ける

宮島:先ほど「利益」を再定義する話がありましたが、重要なのはこの再定義された概念をどのようにして社会に実装していくかです。その点について、どのように考えていますか。

メイヤー:まさにそれが『資本主義再興』の主題です。私はその実現方法を、四つの領域に分けて論じています。一つ目は「法律」、特に「会社法」に関するもの、二つ目は「企業の所有構造」、すなわち誰が株主であるのかという問題です。三つ目は「企業統治およびリーダーシップ」に関するもの。そして四つ目は「企業業績の測定」と「投資家のコミットメント」、つまり企業の業績を投資家がどう監督するかという点です。

 ここですべてを説明するのは難しいので、重要なポイントを二つ紹介しましょう。まず一つ目は、私が提案しているこの考え方は、企業や投資家にとって魅力的であるということです。私の提案は、問題を解決するため企業に規制などの負担を課すものではありません。むしろ、「企業とは問題を解決するために存在する」という前提に立ち、それを収益性のある形、つまり商業的に成立し、かつ財務的価値も高める方法で実現するべきだと考えています。

 この考え方は企業の取締役会や投資家(株主)にとって非常に戦略的関心を引く考え方です。なぜなら、企業の戦略とは本質的に「問題解決」に関するものであり、取締役会で議論されているテーマそのものだからです。さらに重要なのは、これは単に戦略の話にとどまらず、財務的価値の創出に直結するものであり、サステナビリティ担当役員ではなく最高財務責任者(CFO)や最高経営責任者(CEO)が担うべき仕事です。つまり、企業活動の中心に「利益を伴う形で問題を解決する」という考え方を据えるということです。

 二つ目のポイントは、この考え方を資本主義システムの中心に据えるためには、将来的に重要な制度変更が必要になります。具体的には、「他者に害をもたらすのではなく、他者の問題を解決することで利益を得る」という考え方を、ビジネスの成功基準として企業が自ら認識するような仕組みを構築することが求められます。そのためには、企業の「成功」とは何かを明確に定義し、会社法の根幹に成功の概念を制度的に組み込む必要があります。

メイヤー教授は『資本主義再興』の中で、資本主義システムのさまざまな部分に「他者がしてほしいと望むことを他者にする」という道徳律を根づかせていく必要があると主張する。
メイヤー教授は『資本主義再興』の中で、資本主義システムのさまざまな部分に「他者がしてほしいと望むことを他者にする」という道徳律を根づかせていく必要があると主張する。
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経営者にも「ヒポクラテスの誓い」が必要だ

宮島:世界中のほとんどの会社法では、取締役の義務とは、「株主の利益のために会社の成功を促進すること」と定められています。ところが、その「成功」が何を意味するのかが、きちんと定義されていません。現実には、「株主に利益をもたらす、つまり金銭的にもうかることであれば、それが成功である」と見なされてしまっています。

メイヤー:その通りです。私が強く言いたいのは、それは誤りだということです。もしその利益が、他者に害を及ぼすことによって得られたものであれば、それは成功ではなく失敗です。だからこそ、私たちは「企業の成功とは何か」という概念を、会社法の中心に据え直す必要があります。

 この考え方を一言でまとめるとすれば、それは「害を与えない利益(Profit without harm)」です。この三語こそが、企業の利益とステークホルダーの利益を結びつける鍵となる考え方です。これは、医師が免許を得る際のヒポクラテスの誓い「do no harm(患者に害を与えてはならない)」に相当する、ビジネスにおける誓いのようなものです。

 もちろん、ビジネスの現場では「害を与えないだけ」ではやっていけません。企業は厳しい決断を下さなければならず、例えば、ある地域での雇用を削減して別の地域で増やす、あるいは人員整理を避けるために価格を引き上げるといった常に難しい選択を迫られる状況が生じます。しかし、私が言いたいのは、企業が他者や社会に損失や害を与えたときに、それを利用して利益を得るべきではないということです。つまり「害を与えない利益(Profit without harm)」という考え方が、私の考えを端的に表しています。

メイヤー教授と宮島教授は長年の研究仲間で友人でもある。
メイヤー教授と宮島教授は長年の研究仲間で友人でもある。
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宮島:この成功の定義が会社法の中心に据えられるとどんな効果が期待できますか。

メイヤー:二つの効果が期待できます。第一に、取締役は会社の財務諸表に「真実かつ公正である」と署名するときに、それが真のコストと公正な利益を反映していることを保証する義務を形式的ではなく実際に負うことになります。第二に、投資家も自分が投資する企業から得られる利益が、他者に害を及ぼすことなく得られたものかどうかに関心を持ち、投資先企業が害を及ぼしていないかを監視するインセンティブを持つようになります。つまり、投資家の利益も、企業の取締役の利益と同様に、私たちの社会全体の利益と一致するようになるのです。

 ステークホルダー資本主義やESG投資などがこれまで抱えていた基本的な問題は、株主の利益と、こうした取り組みを進めようとする先進的な経営者のビジョンが一致しなかった点にあります。企業側は、例えば環境保護への取り組みを強化しようとすると他の企業との競争で不利になってしまうだけでなく、投資家に対して「この取り組みは利益になる」となかなか説得できません。

 実際、米国で何が起きたかを見れば明らかです。ESG投資が急に失速したのは、まさに投資家たちが「これは自分たちの利益にならない」と判断し、資金を引き揚げたからです。私が主張する成功の定義が会社法の中心に据えられて、企業の利益と社会全体の利益を一致させることができれば、そうした状況が一変すると思います。(後編に続く)

数々の問題を生み出している資本主義をどのように修正すべきか。世界的経済学者がその難問に答えを出す。ビジネスの目的(パーパス)は、人々と地球の問題に対する有益な解決策を生み出すことであるべきで、問題を生み出すことではない。つまり、企業は、問題を生み出して利益を得るべきではない。著者は、資本主義システムの様々な部分に、この新たな利潤原理を根付かせていく必要があると主張する。

コリン・メイヤー(著)、宮島英昭(監訳)、清水真人・馬場晋一(訳)、日経BP、3300円(税込み)