「大転換期に競争優位に立つ方法は、本書を読めばわかる」。激動のAI業界をリードするアンソロピックのCEO兼共同創設者、ダリオ・アモデイ氏が推すのは、新刊『 バイブコーディング 生成AI→チャット→エージェントによる「本番品質のソフトウェア」の未来 』(ジーン・キム、スティーブ・イェギ著、長尾高弘訳)である。氏が本書に寄せた「序文」を紹介する。
【序文】
「バイブコーディング」は心を揺り動かす魅力的な用語だが、誤解を招きかねないところもある。魅力的だというのは、自分の望みをAI(人工知能)に伝えるだけで、それが実際に動くソフトウェアになるのを目の当たりしたときの気持ちを絶妙に表現しているからだ。しかし、身体を揺らしながらコーディングするというふざけたイメージも目に浮かぶため、取り組み全体が不真面目なものに見えかねないという点で、誤解を招くとも言っているわけである。
実際のバイブコーディング(日常使っている自然言語でAIモデルにソフトウェアコードを書くように指示し、そのコードを改善するためにAIモデルとの間でやり取りを進めていく作業)は、冗談抜きの本気の仕事だが、2025年中頃の時点では、まだ都会で行われているコーディングゲームに過ぎない。
本書の著者であるジーンとスティーブは、コーディングエージェントの登場によってソフトウェア開発の生産性が爆発的に上がったと書いている。それはまさに私が社内で目撃していることだ。彼らは、人間が実際に書くコードの量がどんどん減っていく一方で、ソフトウェアが完成するまでの時間が極端なほど短縮されると書いている。それもまさに私の社内で起きていることだ。そして彼らは、エンジニアたちがとても楽しく仕事を進められるようになるとも書いている。それも社内でたくさんの実例を見ている。
アンソロピックで指数関数的な勢いを経験
我が社Anthropic(アンソロピック)は、AIモデル(Claude:クロードなど)とコーディングエージェント(Claude Code:クロードコードなど)を訓練したうえで、将来のバージョンに向けた改良にもそれら自身を使っている。AI が指数関数的な勢いでスムーズに発展し、わずか数か月前と比べても何がどう変わったのかがわからなくなるぐらいだというのは、ここ数年、私たちが経験してきたことだ。バイブコーディングの突然の登場は私たちの仕事の進め方を質的に変えたが、AIの能力の止むことのない上昇スパイラルの一部でもあり、そのスピードが落ちる気配はまったくない。
一部の人々はこれを脅威だと感じている(きわめて真っ当な感性だ)。人間のコーダーたちはある日突然ソフトウェアエンジニアリング業界で自分のポスト(職)を失うことになるのではないかというのだ。それでも私は、相対的なメリットを手にする余地はまだ十分にあると考えている。あなたがAIはほぼすべての知的作業(コーディングだけでなくその他すべてのものも)で人間を追い抜くと思い、実際にそうなったとしても、目標を設定したり、AIが行き詰まったときに助けてやったりするのは人間だという時代はもっと長く続くはずだ。つまり、バイブコーディングをすることにはまだ意味がある。ジーンとスティーブが知的作業に従事する人々のためにこのような包括的で実践的なバイブコーディングの入門書を書いたのはそのためだ。
AIが労働市場に与える影響の「先行指標」
このようにソフトウェア開発に革命を起こすことはそれだけでも魅力的だが、もっと広い視野から言いたいこともある。私は、AIが労働市場に与える影響の「先行指標」としてソフトウェア産業を見ているのだ。AIモデルとの共同作業により1日にこなせるタスクの大幅なスケールアップ(そしてスピードアップ)が可能かどうかという問いに、ソフトウェア分野は早い段階で答えてくれるだろうということである。
もちろん、科学や医学といった分野よりもソフトウェアエンジニアリングにはAIの影響が及びやすい(相対的な意味で)。この分野はAIを導入しやすく、コンピューターのなかに収まっているので物理世界の煩雑な部分を一般に避けて通ることができ、社会的な「障害物」(医療データにおけるプライバシー関連法規など)に正面からぶつかることもない。ソフトウェア産業をすべての産業の代表とするわけにはいかないが、ソフトウェア産業がAIをしっかりと取り入れられるかどうかを見届けるとともに、AIエージェントがほかの産業に影響を及ぼせるかどうかをその延長線上で推測すれば、大いに参考になるはずだ。
私たちは「バイブ実験」や「薬品のバイブ治験」といったもので科学を一夜のうちに変えようとしているわけではない。物理的な世界は今後も確固として存在し、AIの前に立ちはだかるだろう。研究や医療の前進には、不可避的に時間がかかる。しかし、ソフトウェアエンジニアリングで私たちが今目撃しているAIによる前進をほかの重要分野でも実現することは、人類の第一の目標として考えるべきではないだろうか。
それは単純なことではないだろう。本書では、AIエージェントがコードをまとまった形で削除したり、指示を無視したり、指示されたタスクを「ごまかし」たりする例が無数に出てくる。Anthropicの研究者たちは、この種の「逸脱」行動が何かの誤りによるものなのか、モデルの側の「意図」によるものなのか知るために研究を積み重ねている。
AIがソフトウェア開発の領域に留まる限り、これらのエラーの大半は壊滅的な(または存在の可否を問われるような)リスクを持つわけではないように思われる。もっとも、「あなたのクラスター(集団)で数百もの独立したエージェントが数日に渡って好き勝手に行動する」ようなことを許せば、AIの安全性という観点からなぜまずいかについてはわざわざ言い立てるまでもないだろう。ソフトウェアを構築するLLM(大規模言語モデル)エージェントは今後大量に市場に出てくるだろうが、それにより、AIがより大きな形で間違いを犯すパターンについては、効果的な警告が発せられるだろう。そしてもちろん、AIソフトウェアエージェントは、ほかのAIの動作がおかしくなっていることを知らせるシステムを作るための戦力になるはずだ。
しかし、だからといってAI がソフトウェアエンジニアリングに与える影響だけを読み取るべきだと言っているわけではない。私たちは科学や安全性試験といったほかの分野でのAI利用にも強い関心を持っているからだ。とはいえ、たとえAIエージェントの応用分野がソフトウェアの構築に限られたとしても、本書が印象深く実証しているように、私たちは大きな転換点に立たされるだろう。バイブコーディングはまったく新しい仕事の形だ。その結果、ソフトウェアとエンジニアリングには、経済を活性化させるまったく新しい発展が生まれることを期待してよい。もっとも小さく見積もっても、今までよりもずっと多くのソフトウェアが書かれるようになるはずだ。
本書を読んで大転換期に競争優位に立つ
本書を読むべき最大の理由は、この予想される大転換にある。その大転換がどのような形になるのかは誰にも予想できないが、今目の前に迫っていることに対処するための努力なら誰でもできる。スティーブは、今年投稿した“Revenge of the Junior Developer”(初級開発者の復讐)で次のようなよくある過ちを指摘している。
仕事を先延ばししたくなるという罠に陥ってはならない。「6か月後にはずっと速く処理できるだろうから、この仕事は6か月後に回そう」などと言えば、「渋滞がなくなるまで待とう」と言っているのと同じだ。確かにドライブにかかる時間は短縮されるが、あなたは最後に到着することになる。
確かに6か月後にはもっと速くなっているだろう。先ほども触れたように、AIの進歩についてはまだ指数関数的であると考えるべきだ。世界最高クラスの開発者を多数集めて仕事をしてもらっている人間として言わせてもらうと、「バイブコーディング」という働き方はすでに定着している。およそコーディングと言えるようなことをするつもりなら、そして競争優位に立てるものを使うつもりがあるのなら、今すぐバイブコーディングを始める必要がある。その方法は本書を読めばわかる。
ダリオ・アモデイ
Anthropic CEO 兼共同創設者
2025年7月
