資本主義によって世界経済は驚異的に成長したが、同時に格差や不平等、社会的排除などさまざまな弊害を生み出し、大きな批判を受けている。資本主義をどのように修正すればいいのか。オックスフォード大学サイード経営大学院(ビジネススクール)名誉教授で世界的経済学者のコリン・メイヤー氏が示す解決策は、渋沢栄一の考え方と共通点がある。メイヤー教授と宮島英昭・早稲田大学教授の対談の後編をお届けする。

権限委譲が不可欠な理由

宮島英昭氏(以下、宮島):前回の対談で、利益を再定義すべきとの話がありました。利益は他者や社会の問題を解決して得るものと定め、他者に害を与えている場合は、その害を回避あるいは回復するためのコストを企業は負担しなければならない。こうした利益の再定義が実現できれば、企業の利益追求が、個人・社会・自然界にとっての便益と一致し、資本主義をよい方向へ軌道修正できるという主張でした。『資本主義再興』では、企業がその目的(パーパス)を実践するには、組織の分権化や、権限を現場レベルに委譲することが重要だと指摘されていますね。

コリン・メイヤー氏
コリン・メイヤー氏
オックスフォード大学サイード経営大学院(ビジネススクール)経営学名誉教授。同大学ブラバトニック公共政策大学院客員教授、英国学士院フェロー。オックスフォード大学卒業、同大学経済学博士。ロンドン・シティ大学教授などを経て、1994年にオックスフォード大学サイード・ビジネススクール教授に就任、2006~11年まで同大学院長を務めた。17年、大英帝国勲章CBE(Commander of the Order of the British Empire)を授与された。(写真:鈴木愛子、以下同)
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コリン・メイヤー氏(以下、メイヤー):自社がどのような問題を生み出しているのか、あるいは解決しているのかを、経営陣や取締役会がすべて把握するのは不可能です。企業の影響は従業員や社内だけでなく、顧客、社会、事業を展開している環境全体にまで及ぶからです。では、実際に企業が問題を解決しているのか、それとも生み出してしまっているのかを最もよく知っているのは誰でしょうか?

 それは、現場でモノをつくっている人たち、製品を販売している人たち、そして企業活動が影響を及ぼしている地域社会で働いている人たちです。彼らこそが、企業が本当に「問題を解決しているのか」「問題を生み出してしまっているのか」を見極めることができます。したがって、そうした人々が、問題解決の意思決定を担えるよう権限を与えられる必要があるのです。企業の目的が「他者に害を与えるのではなく、問題を解決して利益を得ること」であるならば、その目的に沿った判断を現場で下せるようにする必要があります。

 この考え方は、企業の伝統的なヒエラルキー構造(上から下への命令型の経営)を逆転させる発想につながります。つまり、トップダウンで命令が下り、従業員がそれに従い、結果を上に報告するという構造ではなく、現場や地域にいる人々に意思決定権を委譲し、その人々が判断できるようにするべきなのです。

 そのためには、単に彼らに義務や責任を押し付けて監視するのではなく、企業全体の価値観や文化が、企業の目的と一致するよう整えることが重要です。従業員が何を求められているのかを自然に理解できるように、組織の価値観と文化を育てていく必要があります。

宮島英昭(みやじま・ひであき)氏
宮島英昭(みやじま・ひであき)氏
早稲田大学 常任理事・商学学術院教授。立教大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得修了、早稲田大学商学博士。東京大学社会科学研究所助手、ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員などを経て現職。財務省財務総合研究所・特別研究官、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)ファカルティフェロー、早稲田大学高等研究所所長を歴任。また、経済産業省「コーポレートガバナンスシステム研究会」委員、同「我が国企業による海外M&A研究会」座長、RIETI「企業統治分析のフロンティア」プロジェクトリーダーを務める。
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宮島:そのようなシステムを実効性のあるものにするためには、現場で課題解決に取り組んでいる人々に対して、適切なインセンティブ制度や評価制度が必要になると思います。その点について、何か提案はありますか。

メイヤー:だからこそ『資本主義再興』の中で、「測定(measurement)」を非常に重要なテーマとして取り上げています。企業が「他者に害を与えるのではなく、問題を解決する」という目的をどれだけ果たしているかを、いったいどのように測定するのか。

 測定とは本来、「企業が社会に対して何をしているか」を把握するための手段であるべきです。社会的インパクトや環境への複雑な影響を評価することではなく、もっとシンプルに、企業の行動が他者にどんな影響を与えているかを明確に把握するということです。しかもそれは、金銭的な指標で表現する必要すらありません。いわゆるKPI(重要業績評価指標)で十分です。これは従来のビジネスにおけるKPIと同じようなものですが、重視すべきなのは、それが社会、環境、顧客、従業員に対するインパクトを反映しているかどうかです。

 そして次に重要なのが「企業が従業員の何を評価し、何に報酬を与えているのか」という点です。これは、企業の成功や失敗を測るKPIと連動していなければなりません。企業文化や価値観を整えるだけでは不十分で、実際の報酬、給与、昇進といった制度も、企業が目的を果たすことに貢献しているかどうかと連動させる必要があります。そうして初めて、従業員の利害と企業の目的が一致するようになり、従業員は「この会社は本気だ」と実感するようになります。実際の業務内容や、報酬、昇進、キャリア形成にまでその理念が反映されていることが重要です。

渋沢栄一「正しい方法でお金をかせぐ」との共通点

宮島:あなたの提唱している利益の考え方は、アダム・スミスの『道徳感情論』にまでさかのぼるもので、利益とは収益性と正義性の両方を備えて初めて正当化されるべきものだという主張は、スミスの市場の背後にある道徳的判断や共感を重視する視点と一致します。同じような考え方の人が他にもいますか。また、その考え方を広く普及させていくためには、私たちは何をすればよいのでしょうか。

メイヤー:そうですね、この点については、アダム・スミスや欧米社会で語るよりも、日本社会との関係でお話ししたいと思います。

 おそらく、日本におけるアダム・スミスに相当する人物は渋沢栄一でしょう。彼は儒教の教えに基づいて、「正しい方法でお金をかせぐべきだ」という考え方を提唱しました。これはまさに、私が『資本主義再興』の中で述べている内容と同じです。昨夜、私の本に関するセミナーで講演したのですが、私の本についてコメントしてくださったパネリストの一人が、渋沢栄一の玄孫(やしゃご)の方でした。

宮島:渋澤健氏(コモンズ投信会長、シブサワ・アンド・カンパニーCEO)でしたね。

メイヤー:彼はコメントの中で、私の『資本主義再興』を読んだときに、高祖父(渋沢栄一)が書いた本と非常に内容が近いことに驚いたと述べていました。そして、「よいビジネスとは何か」という点において、基本的に全く同じ理念を説いていると感じたとも語っていました。

 つまり、ここでの基本的な考え方には、儒教思想に由来する道徳的な原則が根底にあります。特に、儒教思想の中でも「ゴールデン・ルール(黄金律)」と呼ばれる教えに関連しています。儒教における黄金律とは、「自分がしてほしいと思うことを他人にしなさい」。つまり、自分がされて嫌なことを他人にしてはいけないということです。

 この教えは、世界中のほぼすべての宗教に、さまざまな形で存在している最も広く普及している道徳律の一つです。宗教ごとに表現は異なりますが、基本的には、どの宗教にもこの黄金律に通じる考え方が見られます。

 私が『資本主義再興』で語っている内容は、まさにこの黄金律の応用といえるものです。例えば、私が提唱している「他者に害を与えない利益(Profit without harm)」 とは、「他者がしてほしいと望むことをその人にしなさい(他者がされて嫌がることをその人にしてはならない)」という考え方を意味しています。誰だって、自分に害を与えられることで他人が利益を得ることは望まないでしょう。私が指摘しているのは、そうした行為は進歩や発展ではないし、価値の創造でもないということです。それは価値の移転、つまり、ある人の犠牲のもとに、その人からあなたへの価値の移動が起きているだけです。

『資本主義再興』の中での「企業は問題を生み出して利益を得るべきではない」というメイヤー教授の主張は、渋沢栄一の『論語と算盤』に通じるものがある。
『資本主義再興』の中での「企業は問題を生み出して利益を得るべきではない」というメイヤー教授の主張は、渋沢栄一の『論語と算盤』に通じるものがある。
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現行の会社法には深刻な問題がある

宮島:従来の黄金律「自分がされて嫌なことを他人にするな(自分がしてほしいと思うことを他人にしなさい)」は自分中心の視点ですが、あなたが提案する新しい黄金律は視点を他者に移して「他者がされて嫌がることをその人にするな(他者がしてほしいと望むことを他者にしなさい)」としている点で大きく異なりますね。

メイヤー:はい。他者をもっと思いやるルールに変えています。そして、これをどう社会で適用・実現していくかという点については、現在、法曹界で議論が進んでいます。特に企業法(会社法)の改革に関して、法律家たちの間で「何が必要なのか」をめぐって多くの議論があります。実際、世界中の商事裁判所の判事たちは、現行の会社法の構造に深刻な問題があると徐々に認識し始めています。

 なぜなら、彼らはますます困難な判断を求められているからです。例えば、気候変動に関してNGO(非政府組織)から訴訟が起こされた場合、裁判官は次のような非常に難しい判断を迫られます。企業は株主の利益を最大化すべきだとされています。しかし一方で、その企業が世界のどこかで環境を破壊しているとしたら、それを許してよいのか。取締役はそうした行為を止める責任を負うべきなのか。

 これは、現行の会社法では非常に判断の困難な問題です。なぜなら、会社法はこれまで、「企業の成功とは、株主に利益をもたらすこと」と定義してきたからです。そのため、「企業が環境に与える害についてどう考えるべきか」については、ほとんど言及されていないのが現状です。裁判官たちは今、自分たちがどのように判決を下すべきかについての指針を求めるようになってきています。

 法曹界が特に困難を感じているのは、環境問題のほか、AI(人工知能)の分野についてもです。AIに関する案件は、取締役の義務とは、企業がどのような手段であっても利益を出せばよいのか、それともそうではないのか。非常に難しい問いを裁判官たちに突きつけています。これは今、世界中の裁判制度の運営において中心的な議論となりつつある問題です。

危機の頻発は偶然ではない

宮島:今、日本の産業界は、米国のトランプ大統領による新たな関税政策によって揺れています。この状況をどう理解すればよいのでしょうか。これも資本主義の弊害なのですか。あるいは、資本主義とは無関係で、トランプ氏という人物の性格や資質に由来するものなのでしょうか。現在の状況を、私たちはどのように理解すべきだと思いますか。

メイヤー:私は『資本主義再興』の冒頭で、「今、世界はさまざまな危機に瀕(ひん)している。[中略] あなたが本書を読むころには、さらに別の危機が発生しているだろう」と書きました。実際、私の本が出版されてから1年と数カ月が経過しましたが、私たちはまさに新たな非常に深刻な危機、すなわち貿易戦争の危機に直面しています。私が『資本主義再興』で主張しているのは、こうした危機の頻発と深刻化は偶然ではなく、私たち自身が構築した資本主義システム、特に企業の経営のあり方に起因している、ということです。そして、そもそも現在トランプ氏が米国の大統領であるのも、社会の極端な分断が進行した結果だと私は考えています。

宮島:つまり、格差や、国家に対する不信感といった感情が背景にあるということですね。

メイヤー:その通りです。今、米国で起きていること、世界各地で台頭しているポピュリズムは、まさに本書で取り上げた問題の反映そのものなのです。そして、それこそが、私が資本主義をどのように修復していくかを日本でも真剣に議論すべきだと考える理由の一つです。日本は今、自らの進路をどう定めるかという極めて重要な岐路に立っています。

どうすれば資本主義を望ましい形に修正できるのか、2人の議論は尽きない。
どうすれば資本主義を望ましい形に修正できるのか、2人の議論は尽きない。
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数々の問題を生み出している資本主義をどのように修正すべきか。世界的経済学者がその難問に答えを出す。ビジネスの目的(パーパス)は、人々と地球の問題に対する有益な解決策を生み出すことであるべきで、問題を生み出すことではない。つまり、企業は、問題を生み出して利益を得るべきではない。著者は、資本主義システムの様々な部分に、この新たな利潤原理を根付かせていく必要があると主張する。

コリン・メイヤー(著)、宮島英昭(監訳)、清水真人・馬場晋一(訳)、日経BP、3300円(税込み)