2023年にトレンド化した「蛙化現象」。恋愛への幻滅が共感を集め、Z世代を中心に盛り上がった。経済状況の悪化や価値観の変化の中で「恋愛は面倒」「高コスト」と考える一方、「いつかは結婚したい」と矛盾を抱える若者たち。未婚化・少子化が危機的局面を迎える中、このギャップはどうすれば埋まるのか。「おひとりさま」「草食系男子」といった言葉を世に広めた世代・トレンド評論家の牛窪恵氏は、新著『 恋愛結婚の終焉 』(光文社)で「恋愛と結婚はそもそも水と油」と、この半世紀の常識にすぎない恋愛・結婚観の無理筋を指摘する。[日経クロストレンド 2023年12月28日付の記事を転載]
「蛙化現象」で“ネタ化”するZ世代の恋愛
──2023年は「蛙化現象」という言葉がZ世代を中心にトレンド化し、若者世代のシビアな恋愛観に注目が集まりました。
「蛙化現象」はグリム童話の「かえるの王さま」に由来し、「私服が微妙にダサい」「10円単位で割り勘」など、ささいな一面から魔法が解けたように交際相手に幻滅する現象を指した言葉です。「現実の恋愛ってこんなもの」とSNSで茶化して盛り上がれるのは、若い世代の間でそれだけ恋愛が“ネタ化”していることの表れです。
一方で、彼らがそのように恋愛に幻滅するのは、美化された恋愛のイメージ自体はいまだに根強く、幻想と現実のギャップが大きいことの証しでもある。恋愛シミュレーションゲームやドラマ、漫画で描かれる恋愛に比べると、現実の恋愛はコスパもタイパも悪く、交際相手は食べ方が汚かったり、駅の改札すらチャージが足りずにスマートに通れなかったりする(笑)
これは、夢を見たい恋愛と、だらしない部分も目にする結婚生活とのギャップの問題にもつながります。恋愛の先に結婚を見ているからこそ、生活に直結する部分で幻滅を覚えると、すぐにリセットし、次の相手を探そうとする。非正規雇用が拡大し、奨学金返済に苦しむ声が多く上がるなど、若年層の経済状況が悪化する中で、生活=リアルの価値の比重が高まるのは自然な変化ですが、一方で夢やロマンも忘れたくない。蛙化現象もそうした社会状況や価値観の転換の中で現れたトレンドだといえます。
恋愛と結婚は水と油
──新著『恋愛結婚の終焉』でも、そうした恋愛幻想(一例がロマンティック・ラブ・イデオロギー)が日本の未婚化の大きな要因になっている点が指摘されています。改めて執筆動機を教えてください。
未婚化・少子化が進む中、「結婚には恋愛力が必要」という考えはもう古いと、きっぱりと言い切るべきだと思ったのです。15年刊行の『恋愛しない若者たち』では若者の恋愛離れを取り上げましたが、同書の企画・プロデュースを担当してくれたディスカヴァー・トゥウェンティワン代表(当時)の干場弓子さんとも「恋愛離れが進めば結婚も減るのは当然。次は未婚化・少子化問題についての本を」という話をしていました。
恋愛・結婚・出産を「三位一体」と考えるロマンティック・ラブ・イデオロギーは、18〜19世紀にヨーロッパ社会で生まれ、日本でも常識と見られています。ですが日本に定着したのは、実際には高度経済成長期以降、つまり半世紀程度の歴史しかなく、欧米ではどんどん陰を潜めています。恋愛結婚の社会規範化の影響を強く受けた50〜60代の親世代・上司世代(私と同世代)は、「今の若い子たちは覇気がない」「恋愛もできないなんて」といったことを平気で言いますが、時代は変わりました。SNSで次々と恋愛リスクが露呈し、厳しい経済状況も続く中で、恋愛を高リスク、高コストと考える若者が決して少なくない。彼らに、結婚に恋愛力は必須ではないと、その重荷を下ろす新たな価値観に気付いてもらうことこそが、現状の好転につながると考えています。
また、国立社会保障・人口問題研究所の21年の調査によると、結婚相手に求める条件として、男性は女性に「経済力」を求める人が48%(「重視+考慮する」の合計)、女性は男性に「家事・育児の能力や姿勢」を求める人が97%(同)。つまり、恋愛となると「壁ドン」してくれる力強い男性がいい、飲み会でサラダを取り分けてくれるような女性がいいなど、男(女)らしさを想起しながら、結婚相手にはそうした昭和の”女子(男子)力”とは真逆ともいえる条件を求めています。脳科学的にも、恋愛好きな人は、刺激や新規性に関心が高く、結婚後も新たな相手に引かれやすいなど、安定した結婚生活には向かないケースも多い。逆もしかりで、恋愛と結婚は水と油のように別種の物であり、この乖離(かいり)が根本的に結婚を難しくさせている可能性が高いのです。
恋愛ストーリーの消費が高止まりさせる結婚の価値
──若者世代ではジェンダー平等や性の多様性への理解など、価値観のアップデートが進んでいますが、その中で結婚重視の価値観が強固に残り続けているのはなぜでしょう。
社会学者の山田昌弘先生が指摘していますが、先進国の多くでは「恋愛・結婚・出産」をセットで考えるロマンティック・ラブ・イデオロギーは、既に崩壊しています。しかし、その崩壊の仕方は「恋愛は尊いものだけれど、結婚は別にしなくていいよね」「結婚しなくても子供をつくっていいよね」という方向性です。事実婚カップルも入籍カップルと同等の法的保護を受けられる制度があるフランスやスウェーデンでは、婚外子の割合は出生児全体の5〜6割にも上り、出生率も日本ほど低くありません。
しかし日本では、恋愛に対する熱量が減少していった一方で、「子供をつくるなら結婚は必須」と、結婚の価値が高くとどまったまま。これは先進国の中では珍しいケースです。様々な要因がありますが、一つは性にまつわる貞操観念(結婚を意識すべき)が、まだ社会のどこかに残っていること。また、韓国もそうですが、秀逸な「恋愛ストーリー」も大きな影響を与えていると考えられます。没入感のある美化された恋愛・結婚のストーリーが、ゲームや漫画、ドラマを通じて大きな市場を築き、子供の頃からそれらの幻想に触れて育つ。極端な「イメージ先行型」で、恋愛への新鮮味が失われる「既視感過多」な状態に陥りやすいのでしょう。
日本の未婚の男女(18〜34歳)で恋人がいない割合は、21年の時点で男性の72%、女性の64%にも上ります。恋愛や結婚に幻想を抱いて育つ一方、SNSなどでは「蛙化現象」のような恋愛のネタ化や、共働き世代の厳しい現実の声があふれ、美化されたイメージと現実の分断が拡大している。
特に11年の東日本大震災の後、SNSが浸透し始めた頃から、恋愛や結婚のリスクがどんどん可視化されるようになりました。恋愛ドラマは韓流などを中心にまだ覇権を握っている半面、現実に恋愛依存的だと「メンヘラ」「痛い」と言われてしまう。政治の世界では「少子化対策」「育児支援」が声高に叫ばれるようになったけれど、現実の恋愛が面倒な今のZ世代からすれば、「結婚という山に登る余裕がない自分たちは、山の裾野に取り残されている」という感覚が強まっています。
──SNSは子育て世代の問題などの社会問題を可視化する一方で、若い世代にとっては現実の厳しさに直面する場所になっているのですね。
イスラエルの社会学者、オルナ・ドーナトによる著作『母親になって後悔してる』(新潮社)は日本でも22年に翻訳出版され、大きな話題を呼びました。女性は子供を産んで母親になると、社会からは当然のように子供を第一に考える「母」として振る舞うことを求められます。「子供を好きになれない」といった声はSNSが普及する以前はほぼ発することはできず、困難を抱える母親たちは孤立していました。今はそうした声や問題が可視化され、社会に解決へと向かう道筋が生まれる一方で、下の世代はそれを見て結婚や出産に忌避感を抱く機会も増えるという、SNS時代の難しい状況があります。
「交際ゼロ日婚」でもうまくいく理由
──恋愛結婚への幻想が根強く残る中、価値観がアップデートされるには、新たな求心力のあるストーリーやロールモデルの出現が必要だと思いますが、注目されている動きはありますか?
15年に山本耕史さんと堀北真希さんが、交際ゼロ日で結婚して話題となりましたね。「スピード婚」や「交際ゼロ日婚」への注目度は上昇しています。私も実際にそうしたカップルを取材したことがあります。その中のひと組は、友人同士として会話するうち、恋愛感情を抜きに「この人は結婚に向くのでは」と感じた女性の側から食事に誘ったといいます。その結果、「恋愛は面倒」「親も年を取って弱ってきているし」などと互いに盛り上がって意気投合。男性側がその場でプロポーズすると、女性はその場でレストランの下の階にあるホテルの部屋を予約し、念のため相性を確かめて翌朝OKしたそうです(笑)。こうしたスピード婚の注目度が上がっているのも、恋愛の駆け引きで煩雑な段階を踏むことを、多くの若者が面倒だと感じているからでしょう。
また、都内でシェアハウスを運営している方に聞いたところ、10年間で入居者の中から12組のカップルが誕生し、20人の子供が生まれたそうです。共同生活の中で「電球を替えてくれる」といったちょっとした優しさを見せる異性に好意を持つなど、結婚と地続きの現実生活の中では、相性の良い人を見つけやすいようです。
一緒にいる時間が長いほど好意を持ちやすくなるという「単純接触効果」は、マーケティングでもよく知られている現象ですが、職場恋愛が忌避されがちな中、「お試しで一緒に暮らしてみる」ような気楽な同居が広まれば、少なからずポジティブな効果があるはずです。地方の自治体では、結婚して移住するカップルに助成金を出す例が増えていますが、これを未婚カップルにも拡大すれば、それをきっかけに結婚、定住につながるケースは多くなるでしょう。
選択肢が多いほど結婚しにくくなる? 「決定回避の法則」
──本書内では「人は選択肢が多過ぎると、1つに決めるのが難しくなり、選択すること自体をやめたり、満足度が下がったりする」という「決定回避の法則」が、結婚相手の選択にも当てはまることを指摘しています。
マーケターの多くに衝撃を与えた理論です。02年には選択の自由と愛着の関係を示唆する実験結果も発表されています。ハーバード大学の学生たちに、それぞれ12枚の写真を撮影させ、「うち2枚だけを現像する」とベストショットを選ばせた上で、学生を2グループに分けました。Aグループには写真の選択後に「やっぱり違う写真がよかった」と思えば後で交換できると伝え、交換を受け付ける。Bグループには「写真は交換できない」と伝えて、どちらのグループが、選んだ写真への満足度がより高かったかを調べる実験です。結果は、交換の自由がない「B」でした。
選択をめぐる研究では、恋愛結婚よりもお見合い結婚の方が、結婚10年後の満足度が高いという研究結果もあります。最初から「満月」の状態でゴールインした恋愛結婚のカップルは結婚生活の中で減点法に陥りがちですが、お見合いの場合は満月の状態ではないからこそ「満月に近づこう」と互いに努力する傾向が強まるという「14番目の月」理論も広く知られていますね。現実的に結婚を考える上では、こうした視点を持っておくことも重要です。
「恋愛結婚」から「共創結婚」へ
──牛窪さんは本書で、今までの恋愛結婚を定番とする価値観を脱し、事実婚や同棲婚、同性婚、未婚出産など様々なバリエーションの中で、自分たちにふさわしい形を一緒につくり上げていく「共創結婚」を新たな価値観として提唱しています。
マーケティングの世界では、初期段階からユーザーや外部の視点を柔軟に取り入れて共同で製品開発を進める「共創マーケティング」という手法があります。今の若者たちが令和の時代に求める結婚の形も、より良い未来を相手や社会と共につくり上げていく、マーケティング由来の思考に合致するのではと考え、本書では「共創結婚」の概念を提唱することにしました。
若い世代に伝えたいのは、結婚には「これが最適解」「ゴール」というものはなく、「永遠のβ版」だということです。最初から完璧を求めるのは無理があります。トライ&エラーを繰り返し、一緒にクリエーションしていくという意識を持ってほしいですし、そのためにはエラーをしても孤立しない社会の側の整備も必要不可欠です。
共働きで子育てに苦慮している人や、離婚してシングルマザーになった人に自己責任論を押し付けるばかりでは、要介護者が急速に増えていく今後の社会にも対応できず、格差社会や貧困化が進むばかりです。少子化・未婚化の問題が、特に就労環境の問題と根深く結び付いているということは、今回の取材でも改めて強く実感した点です。
──巻末では「卵子凍結」補助の制度化など、かなり現実的な提言も多くされています。
本書にも書きましたが、イェール大学が卵子凍結を行った女性150人に施術を受けた理由を調査したところ、最も多い回答が「適切なパートナーがいないから」(90%)だったそうです(「BBC NEWS」17年7月6日放映)。結婚相手はいない、でもいつかは子供が欲しいと思う女性はそれだけ多く、日本でも将来の不妊リスクに備えて卵子凍結に興味を持つ若い女性が増加しています。企業の子育て支援では、産んでからの対応が注目されがちですが、50〜60代の上司世代にまだ昭和的な価値観も根強く残る中では、卵子凍結や不妊治療を福利厚生に取り込んでいく、制度面から先行して変えていく努力も必要です。
実は今は地域コミュニティーの希薄化や、一人っ子割合の増加などもあり、「赤ちゃんと触れ合ったことがない」という層も若者に増加しています。一人っ子はきょうだいのいる人に比べて、結婚願望や子供を持ちたいという願望が低くなりがちとの調査結果もあります。そうした状況が拡大する中で、小学生のクラスに赤ちゃんを連れた家族が来て、赤ちゃんを抱っこさせてあげたり質問に答えたりする、触れ合い体験のプログラムを設ける試みなども生まれていて、可能性を感じています。
マーケティングとは人間観察
──牛窪さんはマーケティングライターとして、調査・研究、執筆を通じて「おひとりさま」「草食系男子」「独身王子」「年の差婚」など、恋愛トレンドの変遷を長年分析されています。この20年余りの変遷でどのような点に特に着目していますか。
やはり恋愛や結婚の価値観の変遷は、経済状況や男女の働き方の変化と深く結び付いているということです。私が『男が知らない「おひとりさま」マーケット』(日本経済新聞出版)を書いたのは04年ですが、男性たちがバブル崩壊後の経済不況下で自信を失う中、女性たちは90年代後半の男女雇用機会均等法の改正により、一生働ける職場が生まれたことをポジティブに捉えていた。男女の差異が顕著になり、「結婚の先送り」問題が注目され始めた頃でもありました。私も会社を立ち上げて女性スタッフを多く雇用する中で、結婚や出産、不妊治療や介護など、様々な理由で働きにくくなってしまう場面を経験し、女性が多くのことを諦めずとも働き続けられる、持続可能な職場環境について、スタッフと共に模索するようになりました。
──どのようなきっかけから、マーケティングに携わるようになったのですか?
大学時代は、日本大学芸術学部の映画学科で脚本の勉強をしていました。私の父はフジテレビのディレクターで、私も子供の頃からクリエーティブな仕事をしたいと思っていたんです。けれど、当時は女性が映像の仕事に携わるには、メークやタイムキーパーなど限られた仕事しかなく、それなら脚本を勉強しようと思った。糸井重里さんや林真理子さんら、コピーライターが脚光を浴びた直後だったので、CMの台本やコピーを書く仕事への憧れもありました。
学部では、黒澤明監督作品の脚本で有名な菊島隆三先生のゼミで学びました。菊島先生は脚本で重要なのは人間観察だとよく仰っていました。例えば、ある人物がせっかちであることを示すときにどう表現するのか。ナレーションで「せっかちである」と言わせてしまうのは簡単ですが、セリフがなくともたばこの吸い殻をせわしなく押し潰すしぐさだったり、今ならスマホをしょっちゅう気にしたりと、そういった人間の行動を日々観察してストックしておき、いざというときに脚本に盛り込むわけですね。
卒業後は出版社に就職、その後は独立、起業して企業パンフレットの制作などを手掛けていました。実は仕事先でストーカーに遭い、一時はひどく痩せて体調を崩したのですが、その経験から「女性が自立できる社会にしたい」と「おひとりさま」についての本を書いたところ、大手企業から直接、マーケティング調査の仕事をもらえるようになりました。中でも多かったのが定性調査、すなわち消費者インタビューや「エスノグラフィー」と呼ばれる行動観察調査の依頼です。スタッフと共に消費ニーズに関するインタビューを行うと、多くの人は気を遣ってあまりネガティブなことを積極的には話さないのですが、帰りのエレベーターホールなど緊張が解ける場所では本音を聞けたりする。そういう部分まで含めて、人々の心のひだや痛みに寄り添い、深く観察することが大切になる。大学時代のゼミで学んだことや自身の辛い体験が、マーケティングに生かされました。
母は熟年離婚してからカウンセラーになったのですが、私も人に興味を持ってその気持ちに共感し、多様な心理を深堀りすることが好きなのだと思います。近年はマーケティングの分野もAIが代替できることが急激に増えてきて、私自身もデータサイエンティストに近い知識を身に付けようと大学院に通い、40代でMBAを取得しました。ですが、マーケティングで大切なのは、多様化する人々の価値観をまず受け入れ、新たな市場を探ること。おひとりさま市場を掘り起こしたときと同様に、今の時代に合った結婚の可能性を掘り起こせればと願っています。
私たちが子育て中のお母さんたちに「何が欲しいですか?」とヒアリングすると、圧倒的に多いのが、モノではなく「1人の時間」。自分のアイデンティティーを失わずに母親になるにはどうすればいいのか。男性の中には、子育て中の離職問題などを女性同士のいがみ合いと冷笑的に見る視線もありますが、間もなく介護離職の問題として男性の身にも降り掛かってくる可能性が高い。そろそろ万人の問題として、社会全体が真剣に向き合うべきときです。(牛窪氏)
(写真/髙山 透)




