北野武監督作のヤクザ映画『アウトレイジ』の中では、殺される人間に1つの共通点があるという。55万部超のヒットビジネス書『 頭のいい人が話す前に考えていること 』の著者、安達裕哉氏によれば、その答えは「感情的になった人」だ。感情にまかせて冷静さを欠いた言葉を発した人間への信頼は失墜する。では、口を開く前に適切に頭を働かせるコツとは? コミュニケーション能力がビジネスの必須スキルとなった時代に、「頭の良さ」とは何を指すのか。ヒット本の著者に、執筆背景を聞いた。[日経クロストレンド 2024年3月1日付の記事を転載。一部情報を更新]
話し方のキモは「口を開く前」にあり
──『伝え方が9割』(ダイヤモンド社)、『人は話し方が9割』(すばる舎)など、コミュニケーションについての本は世に多くのベストセラーがあり、類書も続々と刊行されています。安達さんの著作『頭のいい人が話す前に考えていること』は、この激戦区に近いジャンルで既に55万部超と、2023年を代表するビジネス書の大ヒットとなりました。自身では勝因をどう分析していますか?
まず前提として、伝え方や話し方の本が求められ続けている背景には、製造からサービスへと比重が推移してきた日本の産業構造の変化があります。その変化の中で、知識や情報の受け渡しが必要な「知識労働者」の割合が増えていきました。企業が新卒採用で重視する点も、かつては「協調性」といわれていたのが、今はコミュニケーション能力がぶっちぎりのトップです。
さらに、ビジネスで求められるコミュニケーションのレベルも、時代の変化とともに高度化が進んでいます。意思疎通が必要な相手の数が増え、チャットツールやリモート会議の定着など、意思疎通のチャンネルも増えました。適応できずに悩む人の増加が「話し方本」の根強いヒットを生んでいるのでしょう。本書は話す前の「考え方」のコツを提供する本ですが、マーケットは同じなので、需要は必ずあると考えていました。
──「話す前の思考」に焦点を当てた、着想のきっかけを教えてください。
「話し方本」のジャンルは確かに盛り上がっている。しかし「ビジネスの場で実際に重要なのは、話し方よりむしろ中身だよね」「口を開く前の段階での思考が大事だよね」という点は、ダイヤモンド社の編集担当の淡路勇介氏と私の間で、共通する問題意識でした。それを伝えるにはどんな本を作ればいいのか。話し合う中で、淡路さんが導き出したのがこの『頭のいい人が話す前に考えていること』というタイトルと企画だったのです。
淡路さんによると、「思考法」と「話し方」は売れるビジネス書の2大ジャンル。この2つの要素が両方入っていたら、役満でヒットするに違いないと(笑)。狙い通り、コミュニケーションに関する悩みの核を突けたことと、淡路さんのヒットを生み出すネーミングセンスが合わさり、多くの人に手に取ってもらえる1冊になりました。
「俺の背中についてこい」型の上司の行き詰まり
──コンサルタントとして様々な企業の相談に乗る中で、どのようなコミュニケーションの悩みが多く寄せられますか?
特に多いのはやはり、「上司と部下がうまくいかない」という悩みです。今は企業組織に限らず、どちらか一方が強権を持って従える関係性は時代遅れになりました。それ自体は良い変化なのですが、互いを尊重する対等な関係においては、双方が相手の要望を理解して満足できるポイントを調整する、より深いコミュニケーションが必要なため、不満も発生しやすくなっているのです。
そのようなコミュニケーション不全を解消するため、多くの企業では上司と部下との「1 on 1」形式のミーティングが設けられています。しかし、カウンセラーの訓練を受けていない人が、1 on 1で部下と適切に対峙するのは簡単ではありません。年功序列が根強い日本企業の場合、コミュニケーションが不得意な人が管理職に就くケースも多く、部下にどう伝えればよいのか悩みを抱える上司も増えています。
──今の時代の価値観に対応しつつ、上司が部下とうまく意思疎通するコツはありますか?
多くの場合、問題解決の方法は「部下にいかに伝えるか」ではなく、「部下の話をいかに聞くか」「部下の悩みをいかに吐き出させてスッキリしてもらうか」であることがほとんどです。「俺の話を聞け」「俺の背中についてこい」式の指導法は、新人育成もリモート化するような昨今の状況では、急速に通用しなくなりつつあります。
──本書の内容もまず、話し方よりも「話の聞き方」を重視した構成になっていますね。
コミュニケーション不全の原因を考えるとき、多くの人は伝え方の問題だと思いがちです。実際にはそのさらに前の段階で、相手の話をろくに聞けていないことがほとんどなのです。
私自身も、大学を出てコンサルタント会社に入ってすぐの頃は、自分が「話し下手」だという点にとらわれていました。しかし、当時の上司に「コンサルタントの仕事とは、相手の話を聞くことだ」とたたき込まれて変わりました。話している時間は相手が8割、自分が2割くらいでちょうどいい。相手の話をよく聞いて理解するコツは、自分がいかに話すかではなく「いかに話し過ぎないか」だとつかんでいったのです。
人間の脳のリソースは限られていますから、「うまいこと言いたい」「説得したい」など、自分がいかに話すべきかを考え続けて会話をしていると、相手が何を伝えたいのかを十分にくみ取って理解することはほぼ不可能です。相手の言いたいことだけに集中して傾聴する訓練は、コンサルタントに限らず、相手と信頼を築きたい人すべてに有効なコミュニケーションの訓練法なのです。
会議では「最初の発言者」が最も偉い
──本書では一方で、チームでアイデアや意見を出し合う会議の場では、特に新人は誰かの意見を待たずに真っ先に発言することを推奨しています。
これも、まさに私自身の実体験に基づくアドバイスです。コンサルティング会社に入ってすぐの新人は、クライアントの前ではまず役に立ちません。「ならば社内の会議のときくらいは必ず発言をしろ。そうでなければ、いる意味がないだろう」と教え込まれました(笑)
とんちんかんな意見を言ってしまった場合でも、議論においてはむしろ欠点がたたき台になり、次の意見が出やすくなる。内容は稚拙だったとしても、沈黙の場で口火を切った勇気を評価してもらえる新人のうちは、この特権を使わない手はありません。
賢いフリをしたい人はつい、このような席では意見が出そろうまで様子見をしがちですが、本書で言う「頭のいい人」とは、あえて最初に口火を切ってたたき台になる選択ができるような人を指しています。当時の上司からはよく「恥をかけなければ学べない」とも言われました。
──上司の側も、稚拙な意見であろうと真っ先に発言する人を尊重すべきなのですね。
最初に出した意見が的外れであっても、それによって会議が活性化するきっかけを作った人を正当に評価すれば、対等な議論をする上で不可欠な心理的安全性がチームに生まれます。叱責した場合も必ずフォローアップし、ノウハウは惜しまず開示する姿勢が組織全体に徹底されていれば、目的を見失わないコミュニケーションが取りやすくなるのです。
「頭の良さ」は自分ではなく他人が決める
──本書では「頭のいい人」=「他者から頭がいいと思われる人」と明快に定義しています。
もちろん、実際には例外もありますが、ビジネスでのコミュニケーション技術を重視している本書では、人に理解されないタイプの知性はあえて対象から外しています。「自分の言いたいことが伝わらない」「まわりが自分を認めてくれない」と感じている人の多くは、この視点が欠けていることがほとんどです。
心理学者のダニエル・ゴールドマンはIQ(知能指数)に対してSQ(社会的知性)を提唱し、「他者との関係において高い知性を発揮する能力」と定義付けています。経営思想家のピーター・ドラッカーも「コミュニケーションを成立させるものは、受け手である」と述べています。他者がどう受け取るかの視点を意識し続けることこそが、思考の質を高めるためには必要不可欠なのです。
──過程を飛ばして本質論を言ってしまいがちなタイプの人は、知能指数は高くとも、人に理解してもらうための社会的知性に欠けるわけですね。
そういう人は「あの人は頭が良すぎるね」と、褒め言葉とは逆の意味で言われがちですよね。ポジションによっては力を発揮できるとは思いますが、多くの人にとってはあまり一緒に仕事をしたいタイプではないでしょう。本書で言う「頭のいい人」とは、「あの人と一緒に働きたい」と思われる人だと言い換えると、理解しやすいと思います。
「ヤバい」「エモい」「スゴい」を封じる
──他者に自分の意図を伝えるための「言語化力」はどのように鍛えればよいでしょう。
優れた言語化力は、一朝一夕で簡単に身に付くものではないですが、才能に依存する特殊能力でもありません。あいさつのように訓練したり習慣化したりすれば、誰にでも習得は可能です。
私は幼い頃、作文が苦手でした。そんな私に父が教えてくれた鍛錬法があります。「朝日新聞」一面のコラム欄、「天声人語」を使う方法です。記事の文章をそのまま書き写して学習する方法はよく知られていますが、父が教えてくれたのは、コラムを読んで自分で考えたことを文章化する訓練でした。長い文章である必要はなく、数百文字程度でも十分です。繰り返すうちに、自分の頭で再解釈し、考えを言葉にすることが習慣化していく。読書の際に、内容の要約だけではなく、自分の意見をまじえた読書ノートを取る習慣を付けるのもおすすめですね。
──言葉の質やオリジナリティーを上げる工夫はありますか?
「ヤバい」「エモい」「スゴい」といった、紋切り型の表現を避けるよう常に意識するのは有効です。例えば、「近所の定食屋のランチがおいしい」と人に伝えるとき、「おいしい」という言葉を封じられたら、どのように言い換えられるかを考えてみる。紋切り型に逃げない言語化の回路を日常的に鍛えておくことで、リアルタイムの会話の中であっても、相手の言いたいことをくみ取り、的確に言語化できる力が少しずつ身に付いていきます。
生成AI時代に言語化力は必須のスキルに
──自然言語を処理するChatGPTなどの生成AIの登場により、人間に求められるコミュニケーションスキルには、今後どのような変化が起きると思いますか?
むしろ、生成AIが登場したからこそ、人間にはより一層優れた「言語化力」や思考プロセスが求められる時代になっていくと考えています。AIに適切に仕事をアウトソースするには、指示を非常に明確に書く必要があるからです。「プロンプトエンジニアリング」と呼ばれている技術です。知れば知るほど、人間の言語化力の本質が、AIの進化によって再び問い直されていると感じます。
従来は専門言語を学ぶ必要があったプログラミングすら、生成AIによって自然言語でできるようになった今、優れた言語化能力を持っていることは、マシンパワーを得ることに直結します。AI時代のこれからの社会の中では、今まで以上に必須のスキルになっていくのではないでしょうか。
起業と同時に「Books & Apps」を立ち上げ
──安達さんはそもそも、なぜコンサルタントの道を選んだのですか?
大学時代は理系研究者の道に進もうと思っていたのです。学部生時代は気候・気象学を学びました。気候といっても、米国の衛星からのデータに基づいて砂漠化などの調査をする、コンピュータサイエンスやプログラミングに近い分野です。大学院に進むと生物学に興味が移り、植物生理学のジャンルで細胞老化に関する研究などをしていました。ただ、当時はかなりの額の奨学金の返済を抱えていて、収入が不安定な研究職に就いて、お金を稼げる道筋が見えなかった。
その頃、就活中のクラスメートに「どういう会社を受けているの?」と聞いたら、「野村総研」だと言う。私は「野村そうけん? 野村證券の間違いじゃないの?」というくらい無知だったのですが(笑)、そこで初めてコンサルティング会社という業種を知ったわけです。文系の学生たちの志望が多い就職先だったため、プログラミングのできる私のような学生は珍しかったのでしょう。当時はコンサルティング会社でもSE的な業務が増えている時期でしたから、それもあってデロイト トーマツ コンサルティング(現アビームコンサルティング)に採用されました。
決まった後に人事担当者から電話がかかってきて、「入社後、システムエンジニアとして働くか、新設された環境系のコンサルティング研究所でコンサルティングをするか、どちらにしますか?」と問われた。「その新しい研究所に行く人は他に何人くらいいるのですか?」と聞いたら「候補は安達さんだけです」と言うのです(笑)。面白そうだからそっちに行ってみようと決めたのが、人生の分かれ道でした。
──12年間勤めた後、コンサルタントとして独立起業をする決め手となったのは?
大企業ばかりを担当する部署にいたら、見える景色は違ったと思います。けれど、私のように中小企業のコンサルタントを多く手掛けていると、企業経営は決して遠い世界ではありませんでした。身近な規模の経営のアドバイスを続けているうちに、やはり自分の手で試してみたくなってくる。決め手になった大きな理由があったというよりは、12年かけて少しずつその結論に至ったのです。
──ウェブメディア「Books & Apps」を立ち上げたのは独立と同時期ですか?
そうです。起業したてで新規取引先の開拓をする際、広告に頼っているとキャッシュがどんどん出ていってしまいます。広告の代わりになるような、人が集まる場所をウェブ上に作れないかと考えたのがきっかけです。
──そこから10年以上、現在も数日置きに自身も記事を書き続け、発信力のあるビジネスメディアに育っています。執筆のモチベーションはどのように保ってきたのですか?
何より書くことが楽しみであり、息抜きになっています。10年間続けてきたことで、個人発のメディアであっても、興味や驚きがストレートに伝われば、炎上要素がなくても真っ当にバズって読者は増えていくのだと確信が持てた。考えたことをリアルタイムに記録できる場所でもあり、それが仕事につながったり、書籍のアイデアの源泉がここから生まれたり。私にとっての「言語化」の土台であり続けている場所ですね。
(写真/髙山 透)





