小笠原諸島に生息する鳥類の研究。一般人にはおよそ縁が無さそうなニッチな世界から、異例のヒット本を出している鳥類学者・川上和人氏。注目の著書は『鳥類学は、あなたのお役に立てますか?』。絶海の孤島で過酷なフィールドワークを行い、研究調査地の噴火や崩落など様々な困難を経験した研究者が伝える科学的思考の価値、苦境への対処法とは?[日経クロストレンド 2021年3月24日付の記事を転載。一部情報を更新]
──2013年の『 鳥類学者 無謀にも恐竜を語る 』で一躍注目を集めました。
これだけ広く読んでいただける本になるとは思いませんでした。鳥類学者が恐竜の本など出したら、恐竜学者からいろいろ突っ込まれて炎上するかもしれないと恐れていました。ただ、研究者らしく合理的に考えてみれば、僕は文筆家ではないし恐竜学者でもない。たとえこの本の内容が炎上し、両方の立場を失ったとしても痛くもかゆくもないぞと思い直し、気持ち良く執筆することができました(笑)
──その後の著作もユーモア満載の軽妙な語り口で、大人から子供まで幅広く読者層を広げています。
読者の方に楽しんでいただけたということは、研究者としての僕の興味と研究者でない読者の興味が一致していたということだと思います。一般的に「研究者と芸術家は社会性が無くてもいい」と思われていますよね。「あいつらは変で当然だ」と。そんなふうに間に線を引かれてしまうのが僕は嫌なんです。研究者も社会の一員なので、仲良くしてくださいという気持ちがある。研究を通じて僕らが面白いと思っていることを、みんなにも面白いと思ってほしいし、身近に感じてほしい。そう思って本を書いています。
理想はクエンティン・タランティーノ監督の映画『パルプ・フィクション』みたいな文章を書くことです。場末のレストランで話していたカップルがいきなり立ち上がって、銃を突き付けて強盗を始める。何が起こったか分からないままに、話が切り替わっていく。何だこれは? と思いながらも引き込まれて見入ってしまう。映画が終わった時には、こういうことだったのかと分かる。美しいですよね。
「鬼」を科学する意味とは
──21年3月発売の著書『 鳥類学は、あなたのお役に立てますか? 』では、なぜ自然を守るのかという問いに対して、「自然こそが人類が渇望する新たな知の根源だからだ」という力強いメッセージを記されています。将来性や採算性など、つい物事の世俗的な価値や有用性を考えてしまいがちな私たちに、科学は何を教えてくれるのでしょう?
科学的な考え方を、僕はシンプルに面白いと思うんです。先入観なく物事を考えてみたり、あらゆる物量を単位当たりに換算してみたり。そうすることで、今までと違ったものの見方が現れてくる。
科学のきっかけはそこらじゅうに転がっている。僕ら科学者は「世界は科学でできている」という宗教に入っているようなものです。常に様々なことを疑問に思っていて、その答えが得られないと理由を知りたくてムズムズする(笑)。全部を調べるのは大変なので、とりあえず頭の中で考えるだけでも考えてみて、納得がいけばそれでいい。特に何か得られるわけでもなく、かといって失うものもない。ただ、自分にとって物事が合理的になって、ちょっと幸せになれる。生きる上で楽になる。科学的な考え方とはそういうものだと僕は捉えているんです。
──著作の中でも『猿の惑星』ならぬ鳥の惑星はあるか、成立するためにはどんな歴史が必要になるのかを推定したり、おとぎ話に出てくる鬼の形態から行動を推測したり、様々な思考実験が繰り広げられています。
手にしている事実を基に、説得力のある仮説を考えて検証してみるのが好きなんです。鬼なんてフィクションだと言ってしまえばそれで終わりで、面白くない。現実にいると仮定した上で、どういうメカニズムが必要かを考えた方が楽しい。ツノがある哺乳動物がいることは確かな事実である。そして、ツノがあるのはシカにキリンにウシにサイ、基本的に植物食の動物だという相関関係が把握できている。では、なぜツノは植物食哺乳類に発達し、肉食哺乳類にはないのかというメカニズムを説明する必要がある──と考えていく。
実は現実の研究というのもまさにそういう世界で、新しいものに出合ったときに、まず否定しないことが重要です。スパイダーテイルド・クサリヘビというヘビがいます。しっぽの先が昆虫のクモのような形をしている。最初に発見された時には「そんなヘビはいるはずがない。奇形だ」と思われてしまったそうです。けれど実際には、このヘビは巧妙にしっぽの先を動かすことで岩の上をクモが歩いているように見せかけ、それを狙ってやってくる鳥を捕食するヘビだった。奇形だという思い込みのせいで、そういう種だと認定されるまでにずいぶん時間がかかりました。
未知の生物や事象など、過去の知識では解決できないことに出合ったときには、事実を把握して新しい仮説を作り、そこにどのようなバックグラウンドがあるのかを考える必要がある。既存のメカニズムでしか説明できないなら、研究はそこで止まってしまう。今まで説明できなかった事象を説明できるようになるからこそ、僕らの研究には意味がある。
自然の時間の流れの中では5年、10年待ちもある
──噴火で話題になった西之島や、国内最後の秘境といわれる南硫黄島など、過酷な孤島でのフィールドワークを行う中で、現実的にも科学的思考に命を助けられた経験はありますか?
色々とつらいことはありますが、実は本当に命に関わるようなピンチはありません。僕らは冒険家ではなく研究者なので、常に安全に気を使い、万が一ということが起こらない状況をつくって作業をしている。僕らのチームで何かあれば、調査そのものが止まってしまう可能性があるし、次の世代が研究できなくなってしまうかもしれない。だから命を懸けるような危険なことはしちゃいけないんです。
ただ、科学の話で言えば、例えば崖を登っていて上から石が落ちてきた場合。落ちてくる石の動きというのは、物理的な法則に従いつつ、ちょっとしたことでランダムになる。上の方にある間に避けても仕方なくて、いざすぐ近くまで転がり落ちてきた時に、最後にどこにぶつかるかによって、どっちに向かって飛ぶかが決まる。だから上に石がある間は冷静に見ておいて、最後にどこにぶつかるかだけ気にしておけば確実に避けられる、というようなことはあります(笑)。ヌルヌルの岩の上でバランスを崩したときにも、重心を考えると、どの角度まで倒れたらもう起き上がれないかは分かるので、途中までは転ばないように踏ん張りますが、ある程度を超えると諦めて安全に転ぶ努力に切り替える判断もできます。
──離島でフィールドワークをする鳥類学者にとっても、コロナ禍の未曾有の事態は身動きが取れない苦境。どのように捉えていましたか?
離島は医療が脆弱で、コロナ患者が1人出るだけでも容易に医療崩壊になってしまう。新型コロナウイルス感染症の拡大は、島の人にとっては都会とは全く違う恐怖があります。安易に出入りはできません。
僕はこういうときはアニメ『愛少女ポリアンナ物語』の主人公を思い出し、どんな苦境でも「良かった探し」をするんです。
小笠原諸島に分布するオガサワラカワラヒワという鳥がいます。レッドリストで最も絶滅可能性が高いとされる「絶滅危惧IA類」に指定されています。島民や研究者、関係機関の人が集まって保全計画のワークショップを予定していましたが、コロナ禍で集まれなくなってしまった。ウェブ会議だと議論がしにくい、発言していない人に話を振りづらい。この鳥を救うにはこのタイミングしかないのに、という思いは募りますが、今の時代だからオンラインで開催することができて、その結果、旅費や移動日程などで普段なら来られない人も参加できた。「良かった探し」です。
未曾有の事態という点で言えば、これまでにも研究調査地の西之島が噴火したり、1997年には母島に猛烈な台風が来て、調査地の一角が何ヘクタールも崩れて失われたりと、苦境には繰り返し立たされてきました。たった3キロメートル先の島に調査に行きたくても、海が荒れて行けないまま、繁殖期の関係で次の調査は1年後になってしまうこともあります。自然と付き合うというのはそういうことで、僕らの力ではどうしようもない時間の流れがある。今年がダメなら1年待ちは当然、場合によっては5年、10年待ちです。
ただ、僕らの研究のいいところは、時間スケールがすごく長いこと。研究の世界では「一般性」というものがすごく重視される。今年の結果と来年の結果が違ったら、それはある種が安定して持っている性質そのものではなく、環境によって変わる性質なんだということが逆に証明できるわけです。
「偽の相関」に惑わされないのが大事
──自分の研究の中にミスが見つかったり、発見したことが既出だと分かったりしたときには、どのように対処するのですか?
研究者というのは自分のミスに気付くことに慣れています。「川上、2020年の論文ではこう言っているけれども、これは間違いだ」と自分で否定したりするんですよ。早めに認めて公表します。その方が傷が浅いです(笑)。統計的な計算の方法が発展すると、その時点では足りなかった要素が後から分かってくることもあります。
──科学的に判断するために気を付けるべきことは。
疑似相関に惑わされないことですね。全く関係のない2つの事象について、関係があるかのように捉えてしまうことです。世の中のニュースを見ていても、相関が見つかった=因果関係があるかのように誘導しているケースがしばしばあります。例えば、気温が高くなると集中力が落ち、書き間違えをするようになって、消しゴムがよく売れるとしましょう。一方で暑くなると喉が渇いて「ドクターペッパー」をよく飲む。そこで消しゴムの消費量を横軸に、ドクターペッパーの消費量を縦軸に取ると、消しゴムをよく使うとドクターペッパーが売れるという偽の相関を表したグラフになってしまうわけです。それが本当に原因と結果なのか、結果と結果ではないのかを見極める必要があります。
世界史などもそうですが、断片的な知識だけではあまり面白くない。理由と因果関係によって大きな流れが見えると面白くなります。例えば、植物食の恐竜は脳が小さく、体長25メートルもある竜脚類のディプロドクスでも脳はわずか100グラムくらいしかない。一方、肉食恐竜は脳のサイズが大きい。なぜその相関が表れるのかを考えると、植物がたくさんある環境では植物食の竜脚類は食べ物を探す必要がなく、体が大きいと捕食者を警戒する必要もない。ものを考えるというのはすごくエネルギーを消費することなので、燃費を節約したい野生生物は考えずに済むなら考えない方がいいから脳は小さくてよかった。ところが肉食の場合は、食べ物である獲物は逃げていくので、ちゃんと考えて捕らえることができなければ飢えて死んでしまう。少しでも脳が大きくて頭のいい種が進化して生き残った、というメカニズムが予想されるわけです。
──『鳥類学は、あなたのお役に立てますか?』は、ある鳥のために書かれたものだそうですね。
絶滅が危惧されているオガサワラカワラヒワのために書きました。自然の中には多くの知見が眠っていて、1種の生物の中にも数百万年にわたる進化の歴史が隠されている。絶滅とは、「知の源泉」となる存在が世界から永遠に消し去られてしまうことです。そして今、絶滅へのカウントダウンが始まっているオガサワラカワラヒワに絶望的に欠けているものが、知名度なんです。保全に税金を使わせてもらうには国民の理解が必要ですが、今はまだあまりにも知られていない。
小笠原の鳥のおかげで研究ができて、研究成果を出すことができて、鳥類学の世界を知ってもらえた。今まで鳥たちから搾取するばかりだった僕が、この本を出せたことでようやく小笠原の鳥に対して恩返しができる。本を通じて、まずは「オガサワラカワラヒワ」の名前を覚えていただけたらうれしいです。
(写真/髙山 透)






