国内累計発行部数は1億2800万部を超える。女子柔道ブームを巻き起こした『YAWARA!』、ミステリー漫画の金字塔『MONSTER』、実写映画版も大ヒットした『20世紀少年』など、数々のヒット作を生み出してきた漫画界の巨人・浦沢直樹氏。現在は「週刊ビッグコミックスピリッツ」誌上で『あさドラ!』を連載中だ。戦後に生まれた一人の少女の成長を描く「浦沢直樹流・朝ドラ」とはどのような作品か。そして、40年近く漫画を描き続けてきた創作の原動力とは?[日経クロストレンド 2021年4月30日付の記事を転載。一部情報を更新]
──現在連載中の最新作『あさドラ!』は、1947年生まれの浅田アサという一人の女の子を主人公に、「女性の一代記」を描く作品と銘打たれています。このアイデアはどこから現れたのでしょう?
ぼんやりと構想を抱き始めたのは、連載開始の7年前、東日本大震災のあった2011年ごろでした。コロナ禍もそうですが、漫画に限らず様々なジャンルの表現者が、震災に大きな影響を受けたと思う。こんなことが起きてしまったこの世界で、自分たちは何を提示すべきなんだろうかって。
暗い鬱屈した話ではなく、読む人に希望の光を与えたり、生きる力になれるような主人公を描きたいと思ったら、自然と女性になりました。僕の場合は『MONSTER』にしろ『20世紀少年』にしろ、男の子を描くと暗い方向に行く傾向がある。明るく爽快な男性主人公というのは、どこか嘘っぽさを感じてしまう。
そこで、戦後を生きた女性が主人公の物語にしようと考えた段階で、「それってまるで朝ドラじゃん!」と(笑)。だったら僕なりの朝ドラを作ってみようと、『あさドラ!』と名付けた。人を食ったタイトルですよね。
──1959年、歴史的災害となった伊勢湾台風が直撃した名古屋を舞台に物語は始まります。
僕は60年生まれですが、たぶんこの世代にとっての伊勢湾台風というのは、2011年生まれの子供が東日本大震災の話を聞くような感覚だと思います。ずっと話には聞いていて「どんなふうだったんだろう」と思っていた。
『あさドラ!』を、64年の東京オリンピックに訪れる“ある危機的局面”に、女の子が飛行機に乗って立ち向かう物語として構想していった時、パイロットの免許が取れるのは17歳からなので、主人公は64年に17歳になっている女の子ということになる。だとしたら、このストーリーはどこから始めたらいいのか。遡ってリサーチをする中で、59年の伊勢湾台風に行き当たった。その時、彼女は12歳。12歳の女の子から始まる物語っていいなと思ったんです。それで舞台も名古屋になりました。伊勢湾台風を調べて作品化したことで、後に名古屋市港防災センターの災害展示に『あさドラ!』が使われたりもしました。
──作品の時代設定やカギとなるシーンは、どのように着想されるのですか?
例えば、僕が『20世紀少年』の最初の着想を得たのは、『Happy!』の最終回の原稿を編集者に渡し終え、「やった、終わった!」とみんなで祝杯を挙げた日です。『YAWARA!』『Happy!』と週刊誌連載を14年間も続けてきて「もう週刊誌になんて二度と描くものか、しばらくはのんびりするぞ!」なんて言いながら打ち上げを終え、家で風呂に入っていた時でした。頭の中に突然、国連事務総長のような人物が現れ、《そう! 彼らがいなければ、我々の歴史は前世紀で幕を閉じていたでしょう!》と、演説の声が聞こえてきた。そして歓声の中から「彼ら」が登場し、「20世紀少年」とバーンとタイトルが出て、T.REXの曲「20th Century Boy」が流れ始めたんです。
そんなふうに最初にイメージが浮かんでくる時は、「なんだこれは!」と自分でも意味が分からず、空間に浮かんでいたものを偶然つかませてもらったような感覚です。映画の予告編にも似ています。いかにも面白そうなシーンや台詞が、ばーっと連なって現れる。まあ、映画の予告は、いざ本編を見たらそれほどでもない場合もありますが(笑)。そうして脈絡のない点としてつかんだ場面の意味を、後から考えていく。時には頭が沸騰するくらい考え抜いていく中で、連載開始から3~4年後になってようやく、その着想のシーンにたどり着くこともある。「ここにはまるピースだったのか」と、自分でもなるほどねと思ったりします。『あさドラ!』も、最初に思い浮かんだシーンはまだ登場していません。
──『あさドラ!』から、執筆体制を変えられたそうですね。
もうそろそろ、自分の手で描きたいなと思ったんです。僕は今61歳、手塚治虫先生や石ノ森章太郎先生より歳上になってしまいました。ヘタをすると、最後の作品にだってなりかねない。だとすれば、ちゃんと満足のいく形で描きたいと思った。それで、『あさドラ!』は不定期連載としてもらい、代わりに背景もかなりの部分を自分の手で描いています。
それまで4人いたアシスタントを半分に減らし、作業も僕の仕事場に集まって描くんじゃなく、原稿を渡して指示を出した後は、各自が自宅で仕事をする方式に切り替えていった。おかげで、コロナ禍での完全なリモート作業への移行もスムーズでした。
たとえ体はきつくても、自分の手で描くということが、結局は最も自分の充足になるんです。そもそも、自分の頭の中にある画像をアシスタントに描いてもらうということからして、かなり無理があります。本来なら、絵は自分のタッチで描くべきなのに、僕のスタッフになったら僕のタッチで描かなきゃならないっていうのも理不尽な話で。けれど、僕のタッチで描いてもらわないと、僕は納得できない。非常に難しい部分を含みながらも、週刊誌連載のスケジュールを人海戦術でこなさなければならない。子供の頃に遊びで始まった漫画なのに、「なんでこんなことになっちゃってるんだろう」と頭を抱えながら仕事を続けていましたね。
物事を「半目で見る」という感覚
──作品を描き始めるとき、物語の結末はすでに見えているのですか?
最終回のイメージは、どの作品でも最初からあるんです。その結末をずっと抱えながら描いていく。将棋では決定的な王手がかかった状態を「詰み」と言いますが、あの形に持っていきたいと考えながら一手一手指し進めていく感覚に近いかもしれない。ただし、何年も描き続けていくと、当初思い描いていたシーンが最終回ではなかったということもあります。『MONSTER』では、「おかえり」「ただいま」と双子が言い合うシーンが最終回だとずっと思っていましたが、いざ描いてみたら違うと分かった。
そんなことが起こるのは、作品を描くうちに、登場人物たちが勝手に動き始めるからなんです。まず作者の思い通りにはいきません。これも将棋に似ていて、すべてのキャラクターが飛車角のように動けるわけではなく、人物の特徴によって駒の動きは限定され、その制約の中で動く。中には桂馬みたいな動きをするキャラクターもいる。目の前のマスに進めばいいのに、「え? 君はそっちへ行くの?」「そっちでそんなものを見つけてきたのか! へええ!」と付き合っているうちに、当初は端役だったのに重要人物になったりもする。作中で経験を積んで育っていく中で、「歩」だった登場人物が「金」に変わることもあるわけです。
僕は物語を積み上げて考えていくタイプではなく、変な言い方ですが、ドラマ全体を「半目で見る」ような感覚がある。はっきりと焦点を合わせると、どこか一点の情報が極端にクリアに見えてしまう。けれど、何となくぼやけた半目の視界の中から見ていると、登場人物たちがワラワラと動いている全体像が見えてきて、「物語上のこの問題点はどうやれば解決できるんだ」という難局で、「あ! アイツがいた!」と気づいて、思いもしなかったキャラクターに助けられることもあります。
──その「半目で見る」感覚というのは、世の中にある情報を見る場合にも応用されるまなざしなのでしょうか?
いったんフォーカスをぼやけさせ、ぼやけた画像の中からどこにピントを合わせていくかという判断は、無意識にやっているかもしれないですね。最初から全部をクリアに見ようとすると、すべてが情報量として襲いかかってきてしまう。そこでいったんぼやかす。ニュースでもワイドショーでも、「あっちこっちで揉めてますな……」という状況ってありますよね。でも、そこからフワーっと焦点をぼやかしていくと、個々の揉めごとのディテールではなく、人類的な間抜けさみたいなものが見えてきたりもする。
ボブ・ディランの一番有名な「風に吹かれて(Blowin' in the Wind)」は、キューバ危機の時に作られた歌ですが、彼は当時、ニューヨークのグリニッチビレッジで暮らしていて、カフェであらゆる人が侃々諤々、冷戦についてああでもないこうでもないと言い合いをしているのを、「一向に答えが出ないなぁ」と聞きながら詞をつむいだそうです。だから「答えは風に舞っているね」と、そういう歌詞なんです。そこにはやはり、人間というものを少しフォーカスを緩めて遠くから眺め、ユーモアや喜劇的に捉える感覚がありますよね。僕が中学生の時から彼の音楽に夢中になったのは、彼のそういうあり方に惹かれたからかもしれない。
(写真/平岩 享)『あさドラ!』(c)浦沢直樹・N WOOD STUDIO/小学館






