人類の経済活動が地球全体に影響を及ぼす時代=「人新世」。経済思想家・斎藤幸平氏の『人新世の「資本論」』(集英社新書)は現代の環境危機の解決策を、マルクスの新解釈の中に見いだすという硬派な内容ながら46万部超の大ヒットに。1987年生まれの若き思想家が本書を執筆した背景とは。[日経クロストレンド 2021年5月24日付の記事を転載。一部情報を更新]
──ベストセラーとなっている『 人新世の「資本論」 』。ヒットの理由を著者としてどのように分析していますか。
これほど多くの人に手に取ってもらえたのは、「このままの生活を、将来にわたって維持することは可能なのか」という問題から、誰もが目をそらせなくなってきたからだと思います。
今の私たちが享受している豊かさは、環境負荷や劣悪な労働環境を途上国に押し付け、外部化することで成り立ってきました。しかし、気候変動の問題一つをとってみても、近年は日本も、スーパー台風や集中豪雨、夏の酷暑など、様々な形で危機に直面するようになりました。新型コロナなど未知のウイルスによる感染症の拡大も、元をたどれば、森林などを乱開発した資本主義に原因があります。「これはまずいんじゃないのか?」という気配が高まったことと、本書の発売のタイミングが合致したのは大きいと思います。
タイトルにある「人新世」という言葉が示す通り、現代はグローバル資本主義の下で人類の活動が地球全体にインパクトを与える時代です。新型コロナウイルスが物流や人の流れに乗り、極めて短期間で世界全体に広まっていったように、さらに問題のスケールが大きい気候変動についても同じことが生じている。先進国で排出された二酸化炭素や温室効果ガスの影響は、地球上のあちこちで山火事や水不足を引き起こし、被害は今のままでは拡大の一途です。
そうした環境危機を目の当たりにして、「資本主義そのものに緊急ブレーキをかける必要がある」という本書の主張を、頭ごなしに否定はできない時代になってきた。多くの人が時代の変化や問題の深刻化を意識し始めたことが、反響につながったと考えています。
エコロジストとしてのマルクスの発見
──マルクスの思想の中に、実は現在の環境問題にも応用可能なエコロジストの視点があったのだという、本書の柱になっているこのアイデアは、どのようなきっかけで見つけたのでしょう?
マルクスというと、とりわけ一定年齢層以上の人にとっては、ソ連やスターリン主義、冷戦構造の中での共産主義の暗いイメージが強くありますよね。ソ連崩壊後、マルクス経済学は、大学でも教えるところが少なくなってきました。しかし一方で、その後もマルクス研究を続けていた人たちは、「ようやくソ連や冷戦から解放され、マルクスをマルクスとして純粋に読むことができるようになった」と、彼の思想を捉え返そうとしたんです。
そうした動きと並行する形で、近年「メガ」(MEGA=Marx-Engels-Gesamtausgabe)と呼ばれる新たな『マルクス・エンゲルス全集』の編纂が進められ、私も含め世界各国の研究者が参加するこの国際的全集プロジェクトによって、これまで埋もれていた手稿や研究ノートの読解作業が行われています。
その新資料をひもといていくことで、20世紀のマルクスの読まれ方というのは、ソ連のスターリン主義にどっぷり浸かってゆがめられたものであり、本来マルクスが考えていた思想から乖離していたことも分かってきました。また、マルクスの死後にエンゲルスが『資本論』の編集過程で切り捨てた部分も明らかになった。そうして見えてきた「本来のマルクス」の持っていた考えの一つが、環境と資本主義との関係に対する関心です。実はマルクスは、環境破壊に対して深い問題意識を持ち、自然科学を熱心に学んでいました。
今まで知られてこなかった、そうしたエコロジストとしてのマルクスの思想を掘り起こすことは、単に新たなマルクス像を示すばかりでなく、「人新世」の環境問題、つまり人類は資本主義の下での技術革新と経済成長だけで環境危機を突破できるのか、という最大の問題に対し、非常に重要な視点を与えてくれると私は考えました。
こうしたドイツでの「MEGA」の編纂を通じた発見を経て、帰国後はマルクスの研究を現代の文脈にどう生かしていくべきなのかという課題に取り組み、その中で『人新世の「資本論」』の執筆に取りかかったのです。
──マルクスを研究対象として選んだ経緯は?
米国の大学に入ってすぐ、ハリケーン・カトリーナの被災地でボランティアをする機会がありました。そこで格差問題の深刻さを目の当たりにし、その頃からマルクスに傾倒し始めました。もう一つのきっかけは、ベルリンの大学院に入った直後に起きた東日本大震災と原発事故です。当時、ベルリンでも数十万人規模の反原発デモが起き、それを見ながら資本主義とエコロジーの問題を考えたいと思うようになりました。
――今、研究や執筆の最大の原動力となっているものは何でしょう。
真面目に働いているのに、生活が立ち行かないほど追い込まれてしまう人が大勢いる社会は、端的に言っておかしいですよね。一部の人たちが、本来不要なものをどんどん消費する一方で、必要なものにも事欠く人たちが大勢いる。しかもその無駄な消費のための労働で、地球環境を破壊し続けている。そうした矛盾した社会構造を生み出してしまう資本主義とは、本当に合理的なのか、問題提起をしていきたい。このような社会や経済を変えなければならないと強く思っているんです。
つまり、不合理に対する違和感や怒りが研究の原動力ですね。ドイツでは、先ほどお話しした大規模な反原発デモの後、メルケル首相(当時)が2022年までに国内の原発を止めると宣言しました。人々がデモによって社会を変えていく姿を目の前で見て、それが民主主義のあり方であり、力だと実感しました。私は理論の面から人々の運動を下支えしたいのです。
日本では民主主義というと、議会制民主主義のことしか思い浮かばないかもしれませんが、議会政治には限界があります。例えば、気候変動の問題で最も影響を受ける子どもたちや途上国の人たちは、自分たちの未来を左右する米国の意思決定のプロセスからは排除されている。だから、私たちは議会民主主義だけを民主主義だと捉えてはならず、民主主義を拡張していくためにも、デモや学校ストライキや、様々なアクションを起こして、政治家や企業を動かさなければならない。それこそが民主主義なんです。
──大学で学生たちに教える中で、いわゆる「Z世代」(1990年代後半から2010年代にかけて生まれた世代)の中に、先行世代とは異なる新しい価値観が根付きつつあると感じることはありますか。
ハンガーストライキや環境危機を訴えるライブを開催するなど、実際にアクションを起こしている高校生・大学生が日本でも増えてきました。ただし、日本の若者たちがすべて、スウェーデンの環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんのような考え方を持っているかと言えば、無論そんなことはなく、彼らの多くはファストファッションやファストフードに囲まれて育ち、それが当たり前だと思ってきた者たちです。でもそれは、今まで深く考える機会がなかったから。私のゼミでも、学んでいく過程で、少なからぬ学生が気候変動や格差社会といった問題を「自分ごと」として考え始めています。
SDGsは批判してはいけないという空気があった
──本の冒頭で、現在多くの企業が取り組むSDGs(持続可能な開発目標)について、気候変動に対して本質的な効果は無く、むしろ危機的な状況から目を背けさせる有害な「アリバイ作り」だと断じています。
この1年ほど、SDGsに代表されるように「環境問題に配慮しないとまずいよね」「途上国の人権問題についても、企業は責任を持たなければならないよね」といった考えが“ブーム”で、SDGsは批判しちゃいけないものだという空気になっている。けれど実際には、本書でもエビデンスを挙げて指摘したように、とりわけ今の日本で広まっているレベルのSDGsの認識では、気候変動に対して効果は無いんです。
むしろ、マルクスがかつて、宗教を資本主義が引き起こす苦悩を和らげる「大衆のアヘン」だと批判したように、「これをやっていれば大丈夫」という誤った認識を持ち、真に必要な大きなアクションから目を背けさせてしまう。
私が投げかけたやや挑発的な批判に対し、SDGsにうすうす疑問を抱いていた人は「ああ、やっぱりそうか」と納得し、SDGsの効果を信じていた人にとっては、認識が崩れるショックや憤りもあったでしょう。普段はマルクスの話には興味の無い読者層も含め、多くの方に手に取っていただけるきっかけとなったと思います。
──では、企業はSDGsに取り組まない方がいい……? 企業にいるビジネスパーソンは、自分の仕事として何をすべきだと考えますか。
SDGsをビジネスの商機と捉えている程度では、問題は全く解決しません。企業が今すぐにでも行うべきなのはむしろ、供給過剰の是正です。具体的には、生産量そのものを3割減らす。食品であっても衣料品であっても、現代ではあらゆる企業が過剰な在庫を抱えています。それを3割減らすだけでも、環境危機に対処するための時間稼ぎになる。本来不要なものを減らすわけですから、消費者に大きな影響は無いばかりか、技術革新も特に必要ない。今すぐにでも始められる取り組みです。
技術の力のみで社会は変えられない
──フリマアプリ「メルカリ」のように不用品を手軽に売れるサービスや、ものを所有しないシェアリングエコノミーなど、そうした新たな消費の形について、エコロジーの観点からどう思いますか。
転売を簡単にするサービスが普及すると、「数回使ったら売って、また次のものを買おう」というマインドを醸成し、消費することへのハードルが下がっていきます。場合によっては、これまで以上に短いスパンで様々なアイテムが消費されていく原動力になり、結果として消費量や輸送量が増えていく。エコロジー的な視点から言えば逆効果とも言えます。
シェアリングエコノミーについては、確かに効率化や資源の有効活用ができて良い面もある。ただし、どのような社会関係の下で運用されるかによって、生み出される結果は大きく異なります。
極端な例を挙げると、プライベートジェットをシェアするサービスもある。飛行機を維持管理するのは高コストなので、資産家同士で共同所有しようというわけです。このようなサービスが普及し、個人が気軽にジェット機を飛ばせるようになれば、当然ながらさらに環境負荷は膨らみ、資源の有効活用とは真逆の結果を生み出します。また、Uberの配達員システムのような労働力のシェアの形が、格差社会を拡大している面もある。
シェアリングエコノミーはネット社会の中で発達したある種の「技術」であり、肝心なのは、技術によって資本主義の抱える問題の本質を変えられるわけではないということです。むしろ、気候変動や格差社会化を加速させる結果すら生む。技術の力のみで社会を変えていけるという技術信仰には、常にそうした落とし穴があります。
──別の社会システムに今すぐ移行できない以上、私たちは将来的にまだ資本主義社会を生きていかなければなりません。企業人としてはどうすべきか。
資本主義を一朝一夕にストップするのは不可能だと、もちろん私も思います。ただし、それは資本主義の抱える問題を、今すぐ是正しなくていいということではありません。今の社会では、大手企業で働いていても「毎日イケイケで楽しい!」という人たちはどんどん減って、多くの人が「つらいなぁ」と日々思いながら長時間労働をしたり、劣悪な雇用条件に不安を覚えたりしている。それを改善するためにも、企業の中にいてこそ変えていけることが多くある。その最も分かりやすい例として、労働組合が担うべき役割は今でもあるんです。
ところが今、労働組合の多くは、男性正社員たちの既得権益擁護団体のようなものになってしまっている。そうでなく、自分たちの製品の環境への影響や、同じ職場で働いている非正規雇用者、女性の待遇の不均衡といった問題に対して声を上げるべきです。資本主義社会の抱える問題は、そうした働き方も含め、互いにクロスしている。気候変動問題も、単に二酸化炭素や温室効果ガスを削減するというテクニカルな話だけではなく、それに付随する長時間労働やジェンダー差別、途上国への劣悪な労働の押し付けを同時に是正していかなければ、二酸化炭素がいくら減ったところで、よい社会にはなりません。
アクションを起こせば、最初はコンフリクト(衝突、対立、不一致)を生みますが、これからの時代に企業を生き残らせるためにも、立ち上がって価値観をアップデートすることは必要です。グレタさんたちの世代が、これから消費者となり、経営者となり、20~30年後には政治のリーダーになっていく。今の日本は、それでも昔の方法にしがみつこうとしていますが、世界的な潮流に取り残されないためには、そうした大きなトレンドの変化を押さえておかなければなりません。
(写真/五十嵐 和博)



