英語力を上げたいと思っても、単語や表現が覚えられなかったり、知識はあるのに実際のコミュニケーションの場で通じなかったりして悩む人は多い。そんな英語学習者たちに向けて書かれた英語攻略本はあまたあるが、発売早々にAmazon語学・英語部門1位、発売1カ月で6万部を突破したのが、『英語が日本語みたいに出てくる頭のつくり方』だ。著者の川﨑あゆみ氏は、英語講師歴12年とはいえ、知名度はゼロ、初の著書で異例のヒットとなった。この本にかけた思いとは。[日経クロストレンド 2025年6月30日付の記事を転載]
「無理だ」と言われた第二言語習得論の出版
——『英語が日本語みたいに出てくる頭のつくり方』は、「単語帳をとにかく丸暗記」「単語や文法をしっかり学んでから話した方がいい」など、英語学習の迷信に対して、英語の正しい学び方を、図解などを交えて解説しています。出版に至った経緯を教えてください。
第二言語習得論という学習分野があるのですが、これを広めたい、ぜひ多くの人に知ってもらうために出版したいと思って、2023年4月にX(旧Twitter)で発信を始めたのがきっかけです。140文字に収めきれないことは図にしてコツコツ発信していたら、1カ月でフォロワーが約3000人になりました。
その数字と熱量が出版社の編集者の目に留まったのです。第二言語習得論を広めたいと周囲に話しても、「交流サイト(SNS)もやっていない著名でもない英語講師が本を出すなんて無理だよ」と言われていたので、最初に連絡をもらったときは、いたずらかと思ったほどです。
SNSを始めたタイミングで、短大や予備校での英語講師の仕事を辞め、より多くの悩んでいる学習者に届くよう発信に専念し、ちょうど1カ月後に出版のお話をもらいました。そして、2年間執筆に全力投球しました。
優秀な成績でも…留学先で途方にくれたワケ
——そこまで、第二言語習得論に思い入れを持ったのはなぜですか?
18歳で米国の大学に留学したのですが、行ってみたら会話力ゼロで苦しんだ経験があります。中学・高校までは英語が好きで成績も良かったので得意だと思っていました。英語能力テストのTOEFLでも留学に必要なスコアを取れていたのですが、到着したその日、自分の寮の場所すら聞き取れず、夜中に大荷物を抱えて途方にくれました。
日常会話が1割も聞き取れない、話せない。単語帳や文法書を何十周やっても、授業で言いたいことが口から出てこない。努力が報われず、自分には英語の才能がないんだと感じました。帰国後は、英語を教えてほしいとよく言われたのですが、自分がやみくもに学んでいたので、教え方も分からないのです。
そんな私が出合ったのが、第二言語習得論でした。言語学や脳科学、心理学など様々な分野から、母語でない言語をいかにして身に付けるか世界中で研究されていて、脳内での記憶のプロセスやメカニズムについて、研究結果が数多く出ています。
しかし、研究者向けの専門書やインターネット上の断片的な情報しかなく、世の中に出回っていない。きちんと伝えることができたら、努力しているのに努力の方向がズレている、かつての私のような人を減らせると思いました。
——発売から1カ月で6万部を突破。すぐに反響が出たのはなぜだと思いますか?
Xでの発信は続けていたので、発売と同時にフォロワーさんたちが「買いました」「早速読みました」と声をあげてくださったのです。本当は出版が決まったときに、(当初の目的は達成したので)Xは止めようと思っていたのですが、編集者から「Xは続けて、毎日発信してください」と言われたので続けました。樺沢紫苑先生や安河内哲也先生など、出版界の著名な方々が読んでご自身の発信で取りあげてくださったことも大きかったです。
10年英語教育を受けても話せない日本人
——日本では、小中高で10年間英語教育を受けてもなかなかコミュニケーションが取れるようになりません。理由はどこにあると思いますか?
多くの人が「話せるようになりたいから、単語と文法を頑張る」というアプローチになっています。難しい単語を何百と覚えても、「言いたいことを自分の言葉で組み立てる力」が育っていなければ、実際の会話では何も出てきません。私自身、学校教育でいい土台をつくってもらったとは思いますが、「話したければ、話す練習をする」ことが必要です。
もう1つは、繰り返し練習の少なさです。英語ではレピテーション(反復)が大事ですが、日本の英語教育はリスニングなら1回聞いて「聞き取れなかった」で終わり。問題なら〇か×か答え合わせをして終わりにしてしまいがちです。本当は答えを見てからが肝心で、1回自己紹介をしてうまくできなくても20回やったらすらすらできるようになります。
そして、学び方を学ぶプロセスがないことです。例えば米国ではプロセスライティングといって、テーマやアウトラインを考える過程で、先生と何度もやり取りしフィードバックをもらって、最終的にプレゼン資料ができる。日本の英語教育では、切り口はこれでいいのか、書き方はこれでいいのかという壁打ちがないまま、夏休みの課題一発勝負のように突然本番になって終わりです。
第二言語習得論でもプロセス重視の学習者の方が、成果も上がることが明らかにされています。進め方を学ぶ過程で、英語の構造への気づきが生まれやすく、アウトプットの質や習得のスピードに好影響があります。
——本書に登場する「じぶん英語」という発想がユニークです。発想の源はどこに?
もともとは、学習者が第二言語を習得する途中で持つ、母語でも目標言語でもない「中間言語」と呼ばれるもので、第二言語習得の研究ではごく一般的な概念です。私たちの脳内には日本語の回路が出来上がっていますから、英語を英語のまま理解するための知識やルールを蓄積して、独自の中間言語を育て、更新していくことが、英語学習のカギ。
例えば、新しい英文に触れたときに、この「文法構造はあのルールに似ているな」とか、「こちらに適用できるのかな」とか、自分の知っているルールを探り、新しく入ってきた英語とどう結びつくか仮説検証します。自分のルールブックを更新することで中間言語が進化していくのです。
多くの英語学習者は「自分の英語は正しくないから話してはいけない」と思い込みがちですが、間違えてもいいし、それが自然で健全な学びの姿なのです。研究の世界では当たり前過ぎてあまり強調されない中間言語の概念を分かってもらうために、編集者と何度も壁打ちをして、「じぶん英語」という親しみを持ってもらえる言葉を考えました。
当たり前過ぎる概念を伝える工夫
——本書では、英語の正しい学び方として学習時間を4種類に分けることや、正しい学び方のステップが紹介されています。なかなかスキルアップしないときはどう乗り越えたらいいですか?
目標を整理して言語化してみる、その上でやり方を見直すことをお勧めしています。TOEICで900点を取りたいのか、会議で流ちょうに話したいのか、まずしっかりフラグを立てる。
そして、つまずきポイントを棚卸しする。リスニングができないとしたら、そもそも知らない単語だったのか、スピードが速かったのか、自分は何につまずいているのかを分解していくのです。会議で発言したいのに、思うように英語が出てこないなら、単語を覚えることよりも、何が言いたいかを書いて整理することが近道かもしれません。
もう1つのポイントは、その学びが楽しいかどうかを見直すことです。教材は本当に自分がやりたいものか、目標達成に必要なものか、そして楽しめるものか。自分ごととして楽しめる学びは、結果的に最も力になります。
本書では基礎から熟練まで、世界基準の外国語習熟度指標CEFR(セファール)に基づいた、独自のA0~B2の5段階のレベルに合わせた学びのシミュレーションをしています。また、A1なら「News in Levels」、B2なら「TED Talks」などのお薦め無料教材となるアプリや動画も紹介しています。
英文添削にはChatGPTも有効
——実践編ではAI(人工知能)添削も紹介していますが、AIは有効ですか?
AI添削は、皆さんが有効に使えます。例えば、自分で作った英文をChat(チャット)GPTに入れて添削してもらうと、難しい英文が返ってきたりするので、「英検3級レベルの単語で自然な英語にして」などと指示して、いい文章ならその型を覚えて、自分の英語にすればいいですね。
——今後の目標を教えてください。
認知科学分野での博士課程の取得を目標に留学できればと思っています。認知科学は人がどのように情報を処理し、意味を構築するかを研究する学問分野。異なる言語や文化がもたらす思考パターンの違いを研究し、日本人特有の無意識の思い込みや悩みを解消したいです。
(写真/小西範和)




