編集者としてこれまで企画した本の累計発行部数は1300万部を超える柿内尚文氏。書籍の世界ではヒットメーカーとして知られるものの、一般的には黒子の存在である柿内氏の最新刊『このプリン、いま食べるか? ガマンするか?』が絶好調で、発売僅か1カ月で3万5000部、早々に4刷となった。ベストセラー編集者に、この書籍で一番伝えたかったことを聞いた。[日経クロストレンド 2024年6月20日付の記事を転載]
知られていないから生まれたユニークなタイトル
——1冊目は『パン屋ではおにぎりを売れ』、次は『バナナの魅力を100文字で伝えてください』。新著『このプリン、いま食べるか? ガマンするか?』も好調で、3冊の累計は35万部を突破しています。ユニークなタイトルはどうやって生まれたのですか?
1冊目のときに出版社からあったリクエストが、普通っぽいタイトルはやめてほしいということでした。確かに、○○の思考法や○○の教科書、○○の生き方みたいなタイトルは、著者が知名度と信頼度が高い人だからこそ説得力があるのですよね。僕のように世の中で知られていない著者がつくる本については、もっとインパクトがあるものじゃないといけない、ということだろうなと推測しました。実際これって自分が本をつくる時にもよく使う手法なんです。
そこで、人の興味を引くためにも、タイトルはみなさんが知っている身近なものを活用したいなと。表紙には、イメージしやすいものをビジュアルに使えたらいいなとも考えて、1冊目のときは表紙用のイラストもつけて提案させてもらったのです。
新著も、タイトルはかなり初期の段階で決めていました。それまでの2冊と同じで食べ物を使いながら、自分が書きたいテーマが読者にダイレクトに伝わるように時間の価値を伝えるタイトルは何かなと。実は3冊目の当初案はソフトクリームも候補だったのですが、字数が多すぎるし、僕自身、レトロな喫茶店の昔ながらの硬めのプリンが好きだったので、プリンにしました。
インフルエンサーでもない、知名度もない編集者が出した本としてはありがたいことに反響が大きく、やっぱりみなさんプリンが好きなのかなと(笑)。
いやいや、効率より幸福だよね
——これまでの本は思考法や伝え方で、ある意味、編集者としては得意なテーマだと思います。今回はなぜ時間術がテーマなのですか?
僕から提案させていただきました。世の中のタイパ、タイパという空気に若干違和感をもっていたのがきっかけですね。やっぱり「効率」より「幸福」という視点が大事なんじゃないかという個人的な思いが、着想の原点です。恐らく30代の時だったら、効率とか生産性だとかパフォーマンスだとかを中心に書いていたと思うのですが、年を重ねたからこそ見える景色みたいなものがあって。効率も大切だけど、それ以上に人生って限りある時間を幸福に使うことが重要だよねみたいな感じにだんだんとなってきたんです。
——効率より幸福と思うようになったのは、何か転機がありますか?
そう思う機会は何度もあったのですが、特に大きかったのは40代後半に男性更年期障害になったことです。ひどい時は電車に乗れなくて家に閉じこもって仕事をしていたくらい体調不良に苦しみました。仕事に集中できないし、会議に出ても眠くなるし、生活がしんどくて。そうなると仕事の効率とか関係ないですよね。おかげさまでだんだん復調していったのですが、この経験から、働くことに対する価値を変えないといけないな、限りある時間の中で自分の人生にとって幸福とは何かを模索し、優先順位を決めてやろうと思ったことがきっかけです。
誰もが幸福は大事だと思いつつ、ほかのことを優先してしまう。目の前のやらなければいけないこと、この本で位置付けている「役割の時間」を優先してしまいがちです。
こういう「やらなければいけない」ことは「やりたいこと」に変換できないか、まずは「やって楽しい」に変換させられたらいいなと。時間にどういうラベリングをするかによって、時間の価値って変わってくることを伝えられないかと思ったのです。
——作中で出合う「風呂に入るのはどんな時間ですか?」の問いに、はっとしました。「あっそうだった」や「あるある」など、読者が言ってほしいことを言ってくれています。
そこは編集者としてのスキルが生きていると自分でも思います。もちろん僕は時間や幸福の研究者ではないため、本書の中でとんでもない新発見があるわけではないのですが、知りたいであろうことを見える化する、既に知っていても忘れてしまっているようなことを再発見していくということは、日々の仕事でやっていることなので。
もう1回再発見して届ける。それによって、「なるほど」とふに落ちたり、「そうだった」と見直したりしてもらえたらいいなと思います。
——そもそも、編集者である柿内さんが自分で本を出すことになったのは、なぜですか?
もともといろんなものを言語化していくことが好きでした。20代の頃、雑誌編集者をしていて、企画を立てたりページをつくったりする時に、オリジナルのマニュアルを作成していました。自分のような凡庸な人間はどうやって戦ったらいいんだろうか、ということをずっと考えていて。その方法としてインプットしたことを自分なりにマニュアル化して、アウトプットの質を安定的に高める試みをしていました。
人はすぐ忘れてしまうものなので、知識や技術に触れたとしても、意外と再現できない。蓄積したものをできるだけ無駄にしないように、言語化する。そして言語化したものを、実際に使ってみる、試してみる。そうやっていくとだんだんとその仕事の原理原則みたいなものが見えてきます。つまり、その仕事の構造と技術が分かってくる。その行動と技術を活用することで、自分なりのやり方がつかめてきたんですね。
それをセミナーで話したところ、機会をつくってくれた方から「本にしたらいい」と言ってもらい、その方が知り合いの編集者に提案をしてくれた。それで出版に至ったのが1冊目でした。
1日考える日をつくって歩く
——ご自身の時間管理はどうやっていますか?
昔から手帳ですね。手帳が好きなんです。本にも書いたのですが、「人生は立てたスケジュールでできている」と、いつも自分に言い聞かせていまして、手帳はスケジュールをデザインする、自分の価値時間を高めるためのツールだと思っています。なのでずっと自分のベストの手帳を求めて、毎年手帳を変えたりしながらいろいろ試してきて、最終的に行き着いたのが、ルーズリーフを活用した手帳です。
スケジュール管理用と、本ではエピローグ化と書いた「毎日を振り返ってつける記録用」に、予定表を2つ同じものを買っています。スケジュール用には予定ややろうと思うこと、ToDoなどを書いて、記録用には今日何をして何があったかを書く。忙しいと何のために仕事をしているのか見失ってしまったりするので、振り返りをすることで、時間の価値を高めるというんですかね。仕事が終わると総括をしながら、結構、復習&独り反省会をしています。
1日1ページのタイプを使ったこともあるのですが、途中でしんどくなってきて、月間スケジュールタイプになりました。枠のサイズが僕にはちょうどいいですね。以前は細かい時間軸でつけていたのですが、今は、考える日として1日を取ってしまうなど、大枠で管理しています。
席に座って考えるのが苦手なので、散歩をしたり、自宅から車で15分ほど行ったところにある里山をひたすら歩きながら考えて、何か思いついたらメモする。パソコンに打ち込むよりも紙に書きます。ルーズリーフには考えるページもつくっていて、思考したものは毎年1冊にまとめています。そのボリューム感で今年はこれくらい考えたなと見て分かりますし、何かの時に見返して、ヒントを得るみたいなことをしています。
編集者が考える演出とは
——ご自身で本を書いて変わったことはありますか?
本づくりに関して言えば、楽しくつくらなきゃいけない、とより強く思うようになりました。どうしたら面白くなるかをよく編集者同士でも話します。
いろいろなメディアがある中で、わざわざ本を買って読んでいただく時間ってどういう時間なのかと考えると、楽しい時間になってほしいという思いがすごくある。ですから、楽しい時間にしていただくための作り込みはいろいろ考えます。
どうしても、ゴールへできるだけ直線的に向かって行こうとしがちですが、それをし過ぎるとどれも大差がない本になるんです。例えば恋愛ドラマでもパターンは一緒だけれど、どう演出しているかで響き方は大きく違いますよね。ビジネス書や実用書でも、読んだ人がふに落ちたり納得したり、面白いと思ってもらうにはどうしたらいいか、そこをとにかく考えます。そのための工夫、演出こそ本づくりには重要だなと思っています。
(写真/小西範和)



