新日本プロレスの花形選手・棚橋弘至氏。「100年に1人の逸材」を自称し「疲れない」「落ち込まない」「諦めない」をモットーとする彼には、女性向けウェブメディア「OTEKOMACHI」の「お悩み相談アドバイザー」という意外な顔がある。回答を集めた『その悩み、大胸筋で受けとめる』(中央公論新社)を2022年12月に刊行した棚橋氏。超ポジティブな思考を持つプロレスラーは、仕事、恋愛、老後問題といった身近な人生相談にどのように挑んできたのか。[日経クロストレンド 2023年2月27日付の記事を転載]
プロレスラーは「受け止める」ために大胸筋を鍛える
──『その悩み、大胸筋で受けとめる』は、30~40代女性向けのウェブメディア「OTEKOMACHI」の「お悩み相談」コーナーに寄せられた相談に対する回答を集めた1冊です。棚橋さんは同コーナーでは唯一の男性アドバイザー。依頼を受けたときはどう思いましたか。
いつもは体を張ってリングに立っているプロレスラーが、職場や家庭などでの身近なお悩み相談にどう答えるのか。ギャップの面白さで興味を持ってもらい、プロレスの裾野を広げるきっかけにできるんじゃないかと思いました。プロレスは女性からはどうしても「痛くて怖そう」「男性が見るもの」というイメージを持たれがちです。僕が悩み相談に乗ることで、やわらかい印象や身近さを感じてもらえたらいいなと。
プロレスラーになってもうすぐ24年、華々しく活躍できた時期もあれば、プロレスファンになかなか認めてもらえない苦渋の時期もありました。その中で諦めずに考え続けてきたことが、僕の中には積み重なって財産になっています。それを自分の中に収めておくだけではなくて、悩み相談を通じて皆さんに役立ててもらえたらという思いもあった。
──インパクトの強いタイトルです。
プロレスラーらしいたくましさやパワーを感じさせ、内容にも合った良いタイトルになったと思います。プロレスラーって他の競技の選手と比べて、特に大胸筋を鍛えているんです。それはプロレスが、相手のチョップやキックを大胸筋で受け止め、「お前のワザなんか効かないぞ!」「そんなもんじゃ俺は倒れないぞ!」と意地を張りながらマウンティングする競技でもあるからなんです。そんな鍛え抜き痛みに耐えてきた大胸筋で、どんな相談でも受け止めるぞという意気込みが詰まっています。
それに、大胸筋って力を入れると硬くなってたくましいけれど、力が抜けているときは実はすごくやわらかい。なので、相談への回答は大胸筋のようなやわらかさ、優しさにあふれているといった意味も込められています。これは今考えました(笑)
「お悩み相談」は相談者とのタッグマッチ
──毎回のお悩み相談の回答は、どのように導き出しているのでしょう?
タイトルにもあるように、まずは相談者の悩みを受け止めるところから始めます。プロレスで強くなっていくためには、相手の技を実際に体で受けてみることが必要不可欠。自分はどの程度のダメージまで耐えられるのかを把握したり、立ち上がれないほどのダメージを受けたときには、克服するために練習や対策をしたり。技や痛みを受け止めることで、プロレスラーは強くなれるんですね。
このスタンスはお悩み相談でも同じだとひらめいたんです。皆さんの悩みを真正面から受け止めるために、相談の文章をよく読むことから始めます。僕は大学を卒業してすぐにプロレスラーになったので、会社勤めの経験はなく、相談者とは性別も職業も年齢も周囲の人間関係も、共通点が乏しいことがほとんどです。まずは文章を繰り返し読んで、懸命に相談者の境遇に立ってみる。そのうちに、ちょっとした言い回しや言葉のチョイス、ある部分だけテンションが違うといった文章の機微から、行間にある悩みの核心が少しずつ見えてくるんです。
──相談の文章そのものの中にヒントがあるのですね。
文章を読み込んでいくと、1つの悩みを相談しているように見えて、実はいくつもの悩みが複雑に絡み合っていることも多いのです。例えば、「早く結婚したいのに彼氏にその気がない」と悩んでいる女性の場合、年齢的な焦り、彼氏にどこまで気持ちがあるのか分からない不安、経済的なハードルなど、実際には幾つもの問題が重なっているんですね。
そういう場合は悩みを整理して優先順位を考えたり、行動の選択肢を何パターンか考えてみたり、それらの悩みが生まれる原因となっているもっと根本的な問題は何かと考えたり、試行錯誤していきます。どういう方法なら解決できるのか、ダメならどういう別案があるのか。先ほどの女性の場合なら、彼氏と別れる決断もあれば、そのまま結婚せずに付き合い続ける未来もある。結局、どの選択肢を選んでもメリットとデメリットはあり、お悩み相談の回答に100点満点はないんです。
けれど、相談者の文章をよく読んでいくと、もうご自分の中では答えは見つかっているけれど、決断するのを迷っているのだと分かるケースもよくある。その答えを見つけて提示し、僕が少し背中を押してあげることで「これでよかったんだ」と納得感を持ってゴールにたどり着けるよう、80点、85点を目指してアドバイスを考えています。相談者と僕が協力して、一緒に「お悩みマスク」という対戦相手に挑む、タッグマッチのようなイメージですね(笑)
痛みを正面から受け止めれば先へ進める
──相談者が男性か女性かで、回答のアプローチは異なりますか?
もちろん一概には言えませんが、人間関係のトラブルの場合、男性の場合は一度ぶつかってみれば解決することが多い一方、女性は自分がちょっとくらい損をしても角が立たないように丸く収めたい方が多いと感じます。悩み相談の回答でも、男性の場合は時にパワーで押し切る力技もありですが、女性の場合はテクニック重視というアプローチを意識していますね。
特に恋愛の相談は難しいです。他人がどうこう言えるものではないし、究極、好きなら告白してみて、うまくいかなかったら受け入れて次に行くしかないですからね。どうしても相談の答えが見つからずに、巡業中もずっと持ち歩いて考えたり、あまりにも状況がイメージできないときは、妻に助けを求めたりしたこともありました(笑)
悩み相談に対しては、「俺が何とかします!」と、ただポジティブさを見せても意味がない。毎回本当に難しいです。
──常にポジティブな棚橋さんのイメージからすると、意外な言葉です。
僕自身の経験から言えば、新日本プロレスが興行的に本当に苦しかった時期に、「絶対に俺が何とかします!」「頑張ります!」と無理にプラス思考でいようとしたこともありました。けれどその頃、遠征先のホテルであるマッサージ師のおばさんに「僕はいつでもプラス思考なんです」と伝えたら、「それはとっても危険よ!」と一喝された。ポジティブなだけでは問題は解決しないのだと。
「まずは、すべてを受け入れなさい。受け入れたら、次のことが見えてくるよ」とおばさんは言い、僕はその言葉に衝撃を受けました。むやみな前向きさはむしろ、根本的な悩みの原因を見えなくしてしまっていた。まずは痛みを正面から受け止めてみることの大事さは、プロレスにも人生相談にも、すべてに通じることなんです。
ブーイングを新日本プロレス再生の力に
──悩み相談の回答には、過去の様々な苦労の経験が生かされているのですね。
どんなピンチも受け止め方次第でチャンスに変えられる。そんな経験は悩み相談にも生きていると思います。振り返ると、僕が初めてIWGPヘビー級チャンピオンになった2006年ごろは、新日本プロレスの人気はどん底で、ビジネスとしても窮地に陥っていました。エンターテインメントを提供するはずのプロレスが、不透明な勝敗決着や乱入、対戦カードの急な変更などが日常茶飯事となり、不信感やネガティブな印象が付きまとって観客が離れてしまったのです。
チャンピオンの自分が何とかしなければと、握手や写真撮影などのファンサービスからメディア出演まで、プロレスのイメージをクリーンにできることは何でもやりました。当時は少なかった女性客を取り込もうとしたビジュアル重視の路線は、古参ファンからブーイングを受け、逆手に取って「チャラ男」キャラを打ち出すとさらに反感を買いました。
──その逆境をどのように覆していったのですか?
僕には「新日本プロレスが盛り上がればそれでいい」という信念があったので、見た目はチャラくとも(笑)、当時の状況を冷静に分析できていたのだと思います。嫌われているということをチャンスにして、マンネリ化した試合に新陳代謝を引き起こし、ビジネス的にも娯楽的にもプロレスを変えていこうと思ったんです。
本来なら僕は新日本プロレスの本隊側でチャンピオン、いわゆるベビーフェイス(善玉)の選手でしたが、チャラく振る舞うことで「誰かこいつを倒してほしい!」という「棚橋vs.誰か」という対立図式が生まれる。僕がブーイングを受ける分、挑戦する選手は声援を浴びる。ファンのリアクションも大きくなって盛り上がり、観客が増えていった。
かつて、強い外国人のプロレスラーが来日した際に、力道山先生たちが返り討ちにして盛り上がったのと同じ構図ですね。こうした対立や掛け合いこそ、プロレスの醍醐味でもあり原風景なんです。
──ブーイングを受けながらモチベーションを保つ、メンタルの強さはどのように身に付けたのでしょう。
僕は昔から「泣いた赤鬼」(児童文学作家・浜田廣介の代表作、学校教科書に多く採用された)という物語が好きなんです。人間と仲良くなりたい赤鬼のために、仲間の青鬼が人間をいじめる「悪役」をわざと買って出る。最終的に赤鬼は青鬼を倒したように見せかけて人間と仲良くなる。思えばこの青鬼のように、仲間のために自分を犠牲にできるマインドに美学を感じていたんですね。何かに貢献できるなら、自己犠牲は損な役回りではありません。プロレスもいわば、体を張ってファンに楽しんでもらう仕事ですからね(笑)
試合が盛り上がらずに苦しい思いをした経験が長かった分、プロレスでもお悩み相談でも、人に必要とされることがとてもうれしいんです。
負の感情は必要なときまで封印
──ところで、棚橋さん自身は日ごろどのようなことに悩んでいるのですか?
僕自身は「悩みがないのが悩みです!」と言いたいくらい、あまり思い悩まないタイプです(笑)。というのも、プロレスラーは全国各地を飛び回って、年間150試合ほどをこなす仕事。それだけ試合をしていれば、当然うまく盛り上げられなかったり、失敗したりする日もある。でも、それを引きずってしまっては次の試合に影響するし、練習にも集中できない。
僕が前日の失敗を引きずっていようと、お客さんは目の前のその1回の試合こそを楽しみに見に来てくれている。明るくてエネルギッシュな棚橋を見たいと思うはず。だから、気持ちのリセットは得意ですね。
──負の感情は、どのように切り替えればよいのでしょう。
極端なことを言うと、あらゆる悩みに対する最大の解決策は忘れることです(笑)。ただ、そうそう都合よく忘れられることばかりでもない。「悔しい」「ムカつく」などの感情は、いったん脇に置いておいて、日常を楽しく続ける感覚は大事です。そして、いざというときに思い出す。試合で失敗した悔しさは封印しておいて、また同じ対戦相手とぶつかったときに「今度こそ絶対に決めてやる!」と引っ張り出すことで、モチベーションに変えられる。
そんな悩みの少ない僕ですが、これだけ悩み相談と向き合ってきても、まだベストな回答をなかなか思いつかないのが悩みかもしれません(笑)
──今まで数々の相談に向き合ってきて、増えている悩みの傾向など気付かれたことはありますか?
コロナ禍の影響で失職された方、推し活で貯金ゼロになった方、職場や家庭でのトラブルなど、寄せられる相談を見ていると、人間関係にまつわる悩みが全体の8~9割を占めていますね。誰しも生きて行くうえで、そうした悩みは尽きないと思うので、僕もこの連載が続く限り、様々な方の「お悩み解決マスク」として頑張っていきます。今回は「大胸筋で受けとめる」だったので、今後「広背筋で背負います」「三角筋で持ち上げます」などシリーズ展開していきたいですね(笑)





