2020年に「このミステリーがすごい!」大賞を受賞したデビュー作『元彼の遺言状』(宝島社)シリーズが、累計100万部超のスマッシュヒット。フジテレビ「月9」枠で、同作と『競争の番人』(講談社)が2期連続で実写ドラマ化されるなど、快進撃を続ける小説家・新川帆立氏。23年6月発売の『縁切り上等! 離婚弁護士松岡紬の事件ファイル』(新潮社)は敏腕の「離婚弁護士」が活躍する、実用度も高いリーガル・エンタメ小説だ。デビューから僅か2年半、新人作家はどのようにヒット作を生み出し続けているのか。[日経クロストレンド 2023年7月5日付の記事を転載。一部情報を更新]
ヒット作を生み出したシンプルな創作論
──『元彼の遺言状』シリーズのミリオンセラー達成、「月9」での2期連続の実写ドラマ化など、新人作家としては異例の快進撃を続けています。デビューからの怒濤(どとう)の2年半をどのように受け止めていますか?
デビューして最初の3年間の成果は、作家として生き残るために特に大事だと考えています。その一番大事な時期に執筆以外のことをするわけにはいかないと思い、デビューしてすぐに弁護士の仕事を辞めました。これまで取材で、弁護士と作家の仕事の両立について聞かれると、この話をよくしていました。ところが先日、あるインタビューで同じ答えが口をついて出たとたん、はっとしたんです。21年1月に『元彼の遺言状』が発売されてから、もう約2年半が過ぎたんだと。「大事な3年間」がもうすぐ終わろうとしている中、自分は作家としてちゃんと成長できているのか、焦りを感じました。
小説は単行本で買うと、多くは1500円くらい。安い商品ではありません。値段に見合う価値があると満足させられなければ、次は買ってもらえない。小説は「作品」と呼ばれますが、商品でもあります。小説を書くときはいつも、「私の本を手に取るのは、どんな暮らしをしている人だろう?」「どんなときに、どんな気分で本を開くだろう?」と、読者さんが小説を生活の一部として取り入れる様子を意識しています。
プロのエンタメ作家としては当たり前のことかもしれませんが、読者さんの反応を想像し、これなら満足してもらえるだろうというレベルに達するまで妥協できません。新刊の売れ行きは、その作品自体の設定や題材のキャッチーさにも左右されますが、基本的には直近に出した本の「通知表」としての側面も大きいので、緊張感を持って見ています。
──ヒット作を生み出す「方程式」や秘訣はあるのでしょうか。
重視していることは実はシンプルです。それは「自分が書きたいこと、興味のあることの中で、読者さんに興味を持ってもらえることは何か?」と考えて書くことです。逆はお勧めしません。受けそうなテーマの中から自分が書けるものを探し始めると、書いていてつらくなり、執筆のモチベーションを保ちにくくなるからです。私は読者さんに楽しんでもらえることが一番うれしいので、この方法が合っているのだと思います。
とはいえ、本がヒットするかどうかは、やはり出版社の力も大きく、同時期に大御所の新作が出版されて広告枠を回してもらえなくなると厳しいなど、現実的にはいろいろな要因があり、タイミングや運もかなり重要です。
同性同士の事実婚が破綻した場合の「離婚」問題
──23年6月発売の新著『縁切り上等!離婚弁護士松岡紬の事件ファイル』は離婚を専門とする弁護士・松岡紬が、様々な離婚トラブルを解決していく内容です。エンタメ小説のテーマとして「離婚」に着目したきっかけは?
最近、同性婚や選択的夫婦別姓についてのニュース、議論を目にする機会が増えてきていますよね。そうした従来の結婚制度の枠組みで対応しきれないケースについて、法整備の問題も含め様々なことを考える中で、「そもそも結婚って何だろう?」というより根本的な疑問が湧いてきたんです。そして、結婚というテーマを掘り下げるなら、むしろ離婚という切り口から考えると見えてくるものがあるのではと思いました。そこで、私が過去に弁護士をしていたこともあり、その経験を生かし、「離婚弁護士」を主人公にするアイデアが生まれました。
──本作では全5章の中で様々な事例を扱っていますが、時流に乗った問題提起として、作中には同性カップルの「離婚」をめぐるトラブルも描かれます。
同性婚をめぐる議論では、現状は「結婚ができない」という点が中心になっています。ただ、法律家の視点から考えると、実は「法律婚」が最も威力を発揮するのは、婚姻期間中ではなく、破局して離婚するタイミングなんです。例えば作中でも描いたように、同性カップルが共同で子育てをしていて破局した場合、通常の法律婚と比較して、養育費の請求が難しかったりします。
あるいは男女の事実婚関係の場合も、関係が良好なときには大きな問題は生じませんが、いざ関係が破綻したときに法律の保護を受けられずに不利益を被ってしまう。法律家としては、その点は描くべきだと思いました。
縁切り寺の門前で「離婚弁護士」が開業したら
──主人公の離婚弁護士・松岡紬は鎌倉の歴史ある「縁切り寺」の娘で、寺の境内で法律事務所を営んでいます。実在する縁切り寺として有名な、東慶寺をモデルにした舞台設定が秀逸です。
もし実際に、有名な縁切り寺の中に離婚問題を専門に扱う法律事務所があったら、繁盛しそうだなと。何しろ、縁切り祈願に来た参拝客は全員が見込み客ですから、宣伝しなくても毎日どんどん相談者がやってきます。
──作中には東慶寺の歴史や、江戸時代の人々が離婚について詠んだ川柳なども巧みに織り込まれています。
歴史を調べるうちに、東慶寺はかつて「縁切り祈願」の寺院だったというより、現実の離婚問題の解決にも公的に対処していたと知り驚きました。江戸時代は妻側からの離縁が難しかったため、離縁を望む女性は東慶寺に駆け込み、一定期間を過ごすことで、特別な寺法により離縁を認めてもらっていました。文字通りの「縁切り」の役割を担っていたわけです。
寺のある松ヶ岡という地名にちなんで、当時の人々が離婚について詠んだ川柳は「松ヶ岡川柳」と呼ばれています。そこに詠まれた内容を見てみると、「東慶寺に逃げ込んだからにはもう手出しはできない。ざまあみろ!」という妻の句もあれば、「うちの娘が離婚して出戻ってきてしまった。どうしよう……」という母親の句、妻に出ていかれた夫の悲哀を詠んだ句もある。時代を超えても結婚をめぐる悩みはあまり変わっていないのかもしれないと、人間らしい普遍性を感じます。
また、「縁切り寺」が不要になった現代でも、経済的な理由などから、離婚したくてもできない状況に追い込まれている人は多くいます。本作の主人公の離婚弁護士は、切りたい悪縁を切れない人のための、いわば現代の縁切り寺のような存在。昔から連綿と続く離婚問題の中に、どのように現代的な課題を盛り込んでいくかが、本作の課題でした。
弁護士への離婚相談のベストタイミングは?
──夫婦間のモラルハラスメントや、自覚のない家庭内暴力、義実家の介護問題が絡む熟年離婚など、各話に登場する離婚問題はいずれもディテールがリアルです。
私は弁護士時代に離婚案件を扱ったことはなかったのですが、他の弁護士の仕事を見聞きした経験や、離婚調停の事例集なども参考に、問題化しやすいポイントを押さえた有用な知識をなるべく作中に組み込みました。
ネット上の声もかなり参考になりました。例えば、不倫が理由で離婚調停中のケースにしても、不倫をした側もされた側も、両方の立場からのリアルな言い分が見つかる。また、本人は無自覚のうちに違法スレスレの対処をしている素朴な書き込みを見つけて、ぞっとすることもありました。こじれた関係の中では、客観的に見ると異常な状態であっても、本人たちの中では理屈が通っていたりする。そういう人間の視点の偏りや、男女の典型的な言い分の違いなども作品に取り入れています。
夫婦間のモラルハラスメントというのは急に起こるものではなく、年月をかけて少しずつ自尊心が削られていく。追い詰められた状態では視野も狭くなっているので、とっくに離婚を考えるべき状況に陥っていても、気づけないケースもあります。
──特に経済的に不利な状況で離婚を考えている人にとって、弁護士への相談はコストも含めて不安が多いはず。どのタイミングで相談すべきか、万人向けのアドバイスは可能でしょうか?
離婚問題にどう対処するかを考えるとき、その人の経済事情というのは実際に大きなポイントで、貯金がいくらあるか、今後の収入の見込みはあるか、住んでいる場所はどこか、実家に一時的に頼ることができるか、実家は裕福か、子供の就学状況など、条件次第で対処法は変わってきます。
ただ「離婚する」という決意が既に固まったなら、弁護士にはすぐにでも相談した方がいいです。作中でも、別居している子供に無理に会いに行こうとする父親が登場しますが、知識がない状態で不用意に取った行動が、後の離婚調停で不利に働くケースがあります。また、弁護士の費用というのは基本的に案件単位なので、早めに相談したからといって大幅に料金が増えることはありません。むしろ、早めに相談した方がお得になるかもしれません。
「リーガル小説」を足場に執筆領域を広げる
──デビュー作の『元彼の遺言状』をはじめ、弁護士経験を生かした「リーガル小説」のジャンルでヒット作を生み出してきました。
私はデビューする前、小説教室(山村正夫記念小説講座)で学びました。講師の中にプロの作家をたくさん担当してきた元編集者の方がいて、「まずは自分にとって一番身近なことを深く書けるようになってから、ジャンルを少しずつ広げていった方がいい」とアドバイスをもらって、確かにその通りだと納得しました。
元々はファンタジーやSFを書きたくて小説家を目指しましたが、まずはアドバイス通り、自分の属性や年齢、職業経験に近い設定で、現状で最もうまく書けるはずの現代物からスタートしようと決め、実際に法的素養を生かした小説でデビューしました。その後、法的素養を生かした「リーガルSF」の短編集を出すことができました。すると、「SFを書いた経験のある作家」ということになるので、今度はリーガル要素のないSFの依頼ももらえるようになります。今はそんなふうに「法律」をバイパスにしながら、少しずつ執筆領域を開拓している最中です。
実は今、ライトノベルを書くために、漫画的でポップなキャラクター造形を学びたくて、漫画教室(ゲンロンひらめき☆マンガ教室)を受講しています。漫画を勉強してみると、小説がいかにルーズで適当なジャンルなのかが分かります。小説家は行数が多少オーバーしていても原稿を受け取ってもらえますが、漫画家は16ページや24ページなど、定められたページ数の枠内にきっちり収めなければならない。厳しい制約の中でネームを考え、漫画の文法の中でドラマを作っている。全く違うジャンルを学ぶことで、改めて小説の自由度をのびのびと満喫しながら執筆することもできました。今後も、自分の領域を少しずつ広げていきながら、エンタメ小説を極めていきたいです。
(写真/髙山 透)






