乳酸菌飲料が「睡眠の質の改善」をうたえるのはなぜか? 「太りやすさ」は腸内細菌が決めている? 『9000人を調べて分かった 腸のすごい世界』(日経BP)が話題だ。著者は薬学を軸に、第一線で腸内環境の研究を続けてきた國澤純氏。根強い「腸活」ブームが続く中、ヨーグルトの選び方から研究の最前線まで、腸のスペシャリストに話を聞いた。[日経クロストレンド 2023年8月3日付の記事を転載。一部情報を更新]
ヘルス・メディカル微生物研究センター センター長
國澤 純 氏
──コロナ禍で腸が担う免疫機能への関心が高まったこともあり、根強い「腸活」ブームが続いています。本書はヒトと腸内細菌とはどのように良好な共生関係を築けるのか、最新の研究や科学的データに基づき、知られざる「腸のすごい世界」を分かりやすく伝える内容です。改めて執筆のきっかけを教えてください。
「腸活」はブームになっていますが、間違った情報を信じてしまう人がいたり、「“意識高い系”の一部の人がやっている健康法でしょ?」と誤解されてしまったりすることもあります。研究者としては、研究の成果を学術論文として世に出すことが1つのゴールですが、それだけでは研究者以外の方の目に触れるのは難しいのが現状です。
私はもともと、自分たちの研究が社会をどのように良くできるのか、研究を通じて社会とどう関わっていくのかを大切に考えて仕事をしてきました。研究者以外の方も手に取りやすい本を書くことで、私たちの研究がどのような未来につながっていくのか、みなさんの健康に大きな影響を与える腸内細菌や腸の大切さ、面白さをぜひ知っていただきたいと思い、本書を執筆しました。
脳と腸のつながりを人類は直感で知っていた?
──近年は色々な乳酸菌飲料がヒットしていますが、特に乳酸菌の働きによる睡眠の質の向上やストレス緩和といった作用をうたう商品が注目されています。そもそもなぜ、ストレスや睡眠といった、主に脳に関わることに腸内環境が影響するのでしょう?
腸は「第2の脳」とも呼ばれるほど、人間の体全体に大きな影響を及ぼしている器官です。近年では、脳と腸の相互の密接な影響を研究する「脳腸相関」が、国内外で注目度の高いテーマとなっていて、科学的な実証が進められています。
脳腸相関の研究は現在進行系で行われていますが、そもそも日本語には、「腸(はらわた)が煮えくり返る」「断腸の思い」といった言葉があったり、英語にも「Gut Feeling(直感)」といった言葉があったりするように、感情や思考と腸が密接につながっていることを、人間は昔から感覚的に知っていたのだと思います。
──脳腸相関はどのようにして起こると考えられているのですか?
腸には、脳に次ぐ多さの神経細胞が集まり、神経ネットワークが作られています。その神経を通じて脳とつながっているために、例えば極度の緊張を覚えると、ストレスが腸に伝わってお腹を下したりします。これは逆向きにも働き、腸内細菌のバランスが乱れると、それが脳に伝わって不安感を覚えるなどメンタルの症状として表れると考えられます。
なぜ腸にそのような働きがあるのか。まだ解き明かされていない部分も多いのですが、1つの大きな理由としては、腸が口から入れた食べ物を吸収する「体の入り口」であり、番人としての役割を果たしているからでしょう。体に害のある食べ物を口にするとお腹を壊し、それが脳にも伝わってストレスを覚えると、その食べ物は避けるようになります。進化の過程の中で、そのような機能を獲得した個体が生き残ってきたことで、今に至っているとも考えられます。
「お薬手帳」に腸内細菌の情報が記載される未来
──本書では特に、ヒトの体内で共存している腸内細菌が、いかに健康のカギを握っているかを、様々な面から解説しています。
ヒトの腸内で生息する菌の数は100兆個にも及び、多くの役割を果たしています。人体を構成する細胞の数が30兆から50兆個ほどなので、腸内細菌の数の方が圧倒的に多いですね。細菌の構成比は、国や文化圏によってある程度の傾向はありますが、個人差も大きいです。例えば、日本人の腸内細菌にはビフィズス菌が多い特徴がありますが、人によって、腸内細菌の50%をビフィズス菌が占める人もいれば、ほぼゼロの人もいます。持っている菌の種類の多さにも大きな開きがあるのです。
──人体に大きな影響を与えているという腸内細菌に、それだけ大きな個人差があるのは驚きです。
「体にいい」と言われて食べた物で、逆に体調を崩してしまったりするのは、腸内にその食品の成分をうまく分解できる菌がいなかったり、体に害のある成分に変化させてしまう菌がいることが原因である可能性があります。食べ物だけでなく、薬の効き方にも個人差があり、例えば、パーキンソン病の薬がだんだん効かなくなってしまった人の腸内細菌を調べると、有効成分を腸内細菌が食べてしまっていたという例もあります。その場合は、特定の腸内細菌の働きを抑える薬を一緒に飲む必要があります。
この分野は「ファーマコマイクロバイオミクス」と呼ばれ、薬の効能に腸内細菌がどのように影響するのか研究が進められています。「お薬手帳」に腸内細菌の情報を掲載して、薬の処方を最適化する時代も、近い将来やってくるでしょう。私達の研究所ではそのためにも、多くの人の腸内細菌を調べ、データベース化を行っています。
日本人の腸内に多い「痩せ菌」、ブラウティア菌の発見
──自分の腸内細菌の構成比はどのように調べればよいのですか?
詳しく知るには、腸内細菌検査が必要です。しかし、現状では費用が1万円以上かかったり、結果が出るまでに1~2カ月もの時間がかかったりします。これを、気になる菌に絞って調べることで、もっと安価に、1時間くらいで結果の分かるシステムを作ろうと開発を進めています。
自分の腸内細菌のバランスが分かれば、足りない菌を補うという視点から食生活を改善していくことができます。ビフィズス菌の割合が50%の人がビフィズス菌入りヨーグルトを食べても効果の実感は得にくいかもしれませんが、0.5%しか持たない人なら効果はより出やすいです。
──生まれ持った腸内細菌の構成比を変えるのは難しいのでしょうか。
基本的な構成比は、だいたい3歳ごろまでにある程度決まるといわれます。しかし、その時々の腸内細菌のバランスは、環境や食生活によって変化していきます。もともとゼロだった菌を腸内で増やすことは難しいですが、既に生息している菌のバランスや状態は、食生活の工夫で変えることができます。
私たちの研究所では、肥満や糖尿病を予防したり改善したりする可能性のある「ブラウティア菌」という有用菌を発見しました。データ解析の結果、腸内細菌にブラウティア菌が多い人ほど、肥満や糖尿病のリスクが低いという逆相関があることが分かったのです。このブラウティア菌が腸内細菌の1%程度を占めている日本人は9割にも及び、中でも体形が痩せ型に分類される人ではこの菌の割合が6%以上の場合が多いです。
このブラウティア菌を増やすにはどうすればよいのか。今のところ効果的だったのは、「栄養バランスの良い食生活」です。偏った食事をしていると、腸内細菌もその食物を好む菌に偏ってしまいますが、取り過ぎているものは控え、足りないものは補うことで多様な腸内細菌を活性化させることができるのです。
機能性ヨーグルトや乳酸菌飲料の効果的な取り入れ方は?
──スーパーやコンビニの店頭には、腸内環境の改善などをうたうトクホや機能性表示食品のヨーグルトや乳酸菌飲料が数多く並んでいます。自分に合う商品をどのように探せばよいのでしょうか。
ビフィズス菌や乳酸菌の菌株にも、個々の腸内細菌との相性があり、万人に効果的な商品はありません。これは私自身の体感的な目安でもあるのですが、だいたい1つの商品を3週間くらい定期的に食べ続けると、合うか合わないかが分かってくると思います。
ただし難しいのが、1つの商品だけを連続して食べていると、しばらくは調子が良くても、取り過ぎになるとお腹を壊してしまうこともあります。これも食事と同じで、1種類だけを長く取り続けない方がいいのかもしれないと思い始めています。
──「自分の体に合うヨーグルトや乳酸菌飲料の最適解」を求め過ぎず、ある程度ゆるく考えて色々な種類を取ってみた方が、結果的に腸内細菌の多様性につながる可能性もあるということですね。
機能性表示食品の場合は、免疫機能の維持、認知症対策、内臓脂肪対策など、自分の求める機能をうたう商品を何種類か試してみるのもいいと思います。食生活の改善については、何事もあまりストイックに突き詰め過ぎず、自分の体調変化に応じて柔軟に変えていくことも大事ですね。
──乳酸菌やビフィズス菌が「生きて腸まで届く」ことを売りにしている商品も多くあります。生きて届く個数をなるべく増やす工夫はありますか?
乳酸菌やビフィズス菌は、そもそも乳酸や酢酸を作るので、酸に対する耐性が強い菌ではあります。また、メーカーも各社それぞれ、菌をコーティングして胃酸から守るなど、色々な工夫をされていますが、やはり空腹時など胃酸の酸性度が強いと生き残る量が減りがちにはなるとは思います。なので、食後など胃に先に食べ物が入っている状態で取った方が効果は出やすいはずです。
研究の最前線「ポストバイオティクス」とは
──脳腸相関を含め、健康への様々な影響が注目されている腸内細菌ですが、特に近年注目度の高い研究分野はありますか?
腸内細菌の分野では、研究の歴史とともに「プロバイオティクス」(発酵食品などで、生きた有用菌を体内に取り入れること)、「プレバイオティクス」(食物繊維やオリゴ糖など、有用菌を増やす効果のある食物を取ること)、「シンバイオティクス」(その両方を行うこと)など、様々なキーワードが生まれてきました。
その流れの中、近年の研究で盛り上がってきているのが「ポストバイオティクス」という分野。これは、食べた食品成分から腸内細菌が作り出す代謝産物の有用性に注目する視点です。
例えば、腸内環境や免疫機能の維持、肥満防止などに有効に働く「短鎖脂肪酸」の名前を聞いたことがある人は多いと思います。この短鎖脂肪酸は、腸内細菌が食物繊維やオリゴ糖を餌にして生み出す成分です。しかし、実は短鎖脂肪酸が生み出されるためには、様々な菌がリレーのように働く必要があり、その過程でビタミンB1が不足すると、いくら食物繊維を取っても生成できないことが分かっています。
女性ホルモンを整える機能があるエクオールや、ストレス緩和をうたう機能性表示食品によく使われているGABA(γ-アミノ酸)も、腸内細菌がポストバイオティクスとして生み出す成分でもあります。菌の多様化や活性化だけでなく、いかに菌に有用な成分を効果的に作ってもらうかという視点が今後より大事になってくるでしょう。
人生の節々に現れる「Calling」の声を無視しない
──國澤さんは特に「薬学」というジャンルの中で、腸内細菌に着目した研究をしています。この道を選んだのはなぜですか?
「小さい頃から生物や自然が好きで……」と言いたいところですが、実はもともとは経済学部に進んで商社マンになりたいと思っていました。なので、高校2年生で進路を考えるとき、最初は文系学部向けのコースを選ぶつもりでした。けれど、進路担当の先生から「理系を選んでおけば後からでも文系に変えられるが、逆は無理だ。だからとりあえず理系を選んでおくといい」と指導を受け、言われるがまま理系コースに進みました。とはいえ、物理はあまり好きではなかったので、消去法で生物・化学を選んだのです。そこから進路を考える中で、「薬学」には何か引かれるものがありました。
しかし、大学で薬学部に入ってからも、それほど熱心に勉強に打ち込んでいたわけではなかったのですが、研究室に入ると一気に別の世界が開けて考え方が変わりました。今までは誰かが既に解き明かしてきたことを教科書で学ぶばかりでしたが、研究室では未踏の場所に踏み込んでいき、新しい発見をすることに大きな意味があります。ショックを受けるのと同時に、これは面白いと思いました。
研究では、ワクチンを運ぶためのカプセルの開発に取り組み、鼻や口から接種できるようにするために、腸の免疫機能を専門にする先生のもとで学ぶようになりました。さらに、腸の免疫機能に大きな影響を与える、食品や腸内細菌の影響を研究し始めた頃に、ちょうど腸内細菌ブームがやってきたのです。
私はもともと商社マンになりたかったくらいなので、研究室にこもって世間と隔絶された学者生活を送るよりは、自分の研究が社会や人々の消費とつながる場所で働きたいと思っていました。図らずもブームが来たことで、こうした情報発信や製品化など、社会に関わる仕事もどんどん増えていき、やりがいを感じています。
──すべてのタイミングと選択がうまくかみ合って、天職を見つけたのですね。
私は「Calling」という言葉を大事にしています。これは学生さんたちへの講演などでもよくお話しすることなのですが、つまり誰かに「これやってみない?」と声をかけられたときに、興味がなかったり、あまり気が進まなかったりしても、「せっかく言われたんだから、ちょっとやってみるか」という姿勢を重視して物事を柔軟に選ぶことです。そういう予想外の分岐が、意外にも先々の道を開いてくれたりもします。
先ほど「天職」という言葉が出ましたが、実はCallingには天職の意味もあります。私は今の道を自分で能動的に選んできたわけではありませんが、その時々の「Calling」に耳を傾けて、「とりあえずやってみるか」と取り組み続けて来た結果、天職に巡り会えたのだと思っています。




