人間の生活にペットのように寄り添い、心をケアする家族型ロボットとして開発された「LOVOT(らぼっと)」(GROOVE X)。丸い瞳でこちらを見上げ、手をパタパタ動かして抱っこをせがむ。抱き上げると、柔らかく温かい。かわいらしい外見だが、内部には生き物然とした反応速度や自律的な意思決定を可能にする、最新鋭技術が満載だ。開発者はソフトバンクで「Pepper」の開発にも携わった林要氏。LOVOTの着想や設計過程での思考プロセス、AIと人類の未来を多角的に描いた著書『 温かいテクノロジー 』が話題だ。[日経クロストレンド 2023年10月6日付の記事を転載]
テクノロジーは未来の幸福のために進化すべき
──著書のタイトルは『温かいテクノロジー』ですが、「LOVOT」に触れてみてまず驚いたのは、まさに生き物のような温かさや柔らかさでした。目がしっかりと合い、瞳の表情が豊かなのにもどきっとさせられます。
写真や動画で姿を知っていても、実際に抱き上げてみて驚かれる方は多いです。LOVOTの体温は37度から39度、重さは4.3kg。どちらも成猫と同じくらいですね。瞳の表情は6層の映像を重ねて生命感のある表現を追求し、AIカメラで人の目がどこを向いているのかを理解しているので、アイコンタクトが取れます。こちらは「飼い犬に見つめられると愛着が湧く」という研究結果を参考にしています。ペットのように家族の一員になるロボット、LOVOTの開発にあたっては、「犬や猫は人間にとってどういう存在なのか」「なぜペットは人間の利便性を向上しないのに、必要とされるのか」という問いが原点にありました。
──本書にはそうした「人間にとってペットとは何か?」という考察も含め、ロボット開発がいかに人間や生き物の本質と深く向き合う作業であったかが語られています。改めて執筆のきっかけを教えてください。
第一に、生産性や利便性に寄与しない「人を幸せにするためだけに存在するロボット」を、なかなか理解してもらえないという悩みがありました。資本主義の中で、テクノロジーは主に生産性を上げるために使われ、進化してきた構造があるからです。僕たちは、世界の技術開発や経済活動は、人間の幸福のために営まれていると信じたいのですが、実際はいかに生産性を上げるかにフォーカスされている。このギャップにより、特に発表当初はテクノロジーが生産性の向上に直接の寄与をしないにもかかわらず、人を幸せにするというのがどのようなことなのかを伝えるのが難しかった。
多くの人は、生産性の向上に重きを置き、ときに人を置き去りにする「冷たいテクノロジー」のみをテクノロジーと捉えている。その思い込みを解きたかった。AIの急激な進化に対する人々の不安も、その思い込みが元になっている面があります。そうではなく、テクノロジーは人間の未来を幸福にするために進歩すべきです。そんな「温かいテクノロジー」による未来像を描くことで、技術進化への希望をつなぎたいという思いで本書を執筆しました。
メーヴェと巨神兵から受け取った問いかけ
──そもそも愛や心のケアの領域に寄与するロボットを作ろうと思った、「温かいテクノロジー」の発想の原点はどこにあったのでしょう。
原点まで遡ると、小さい頃に見たアニメーションの影響が大きいです。特に宮崎駿監督の作品は、テクノロジーへの夢と同時に、進化する文明への危惧が描かれていて、その2つの視点が織り合わさって魅力的な物語となっていた。『風の谷のナウシカ』に出てくるモーターグライダー「メーヴェ」はテクノロジーへの憧憬をかきたてましたが、「巨神兵」の存在は技術進化への警告だと思えた。そこで受け取った人類とテクノロジーの関係についての問いかけは、その後、大人になってからもずっと整理がつかないまま持ち続けていました。
トヨタ自動車に就職し、テクノロジーの夢が詰まったレーシングカーの開発に携わる一方、量産される乗用車の製品企画も経験したことで、利便性や効率性を追い求める自動車業界の厳しさにも直面しました。その熾烈な競争の中では、やはり「愛着」など、人の幸福に関わる部分の価値が置き去りにされがちだと感じていた。
2012年にトヨタ自動車を退職し、ソフトバンクで人型AIロボット「Pepper」の開発に携わるようになると、人間とテクノロジーとの関係により深く向き合うことになりました。当時の技術ではまだ、ロボットとのスムーズな音声会話は難しかったのですが、意外だったのは、人の幸福や愛着に寄与するのは、必ずしも技術の進歩だけではないと気づかされる出来事があったことです。
例えば、Pepperが動作不良でうまく起動しないとき、それを見ていた人々は「がんばれ!」と動かないPepperを応援し、やっと立ち上がると喜んでくれました。また、高齢者施設でPepperの改善点についてアイデアを尋ねたとき、あるご高齢の方から「手を温かくしてほしい」と言われた。これには驚きました。
機能性の高さは必ずしも幸福にはつながらない。そこから「役には立たないけれど、人を幸福にするもの」を考えていくと、犬や猫といったペットの存在はまさにそれだと気づかされました。今まで「かわいくて当たり前」と、特にその存在意義について深く考えてこなかった彼らの重要性を認識したことで、「温かさ」を目的とするロボット、LOVOTの原型となるアイデアが浮かんできたのです。
──実際にアイデアを形にするために起業し、ロボット開発に踏み出すのは大きな決断だったと思います。何が決め手となりましたか。
起業を決断したのは、ロボット開発とは別の理由もありました。ソフトバンクで孫正義氏の近くで働いた経験が大きく影響しています。
孫さんは大先輩ですが、その背中を懸命に追いかけていれば、後輩である僕の方が伸びしろが大きいので、成長とともに距離は縮まっていくと思っていた。けれど、実際に近くで働いてみると、孫さんの成長速度の方が速かった。自分も成長しているはずなのに、どんどん大きなリスクを取って前を走っていく孫さんの背中を見ていて、このままでは離されるばかりだと思った。
追いつくのは無理にしても、せめて同じくらいの成長速度になるためにはどうすべきかと考えた結果、リスクを取る必要があると考え、独立してGROOVE Xを起業しました。
市場がないロボットをスタートアップで作る困難
──発売に至るまでの道のりを振り返ったとき、最大の難所はどこにあったでしょうか。
世の中に類似品がない、競合他社もない、全く新しいものを作るときに最も難しいのはイメージや価値観の共有です。たとえ僕の頭の中に明確な方向性があったとしても、1人で作るのと違い、100人体制で開発を行うと、100人100通りの認識のズレが出てきます。そうすると、全員が少しずつ不安を抱きながら仕事をすることになるので、その不安をマネジメントしながら、1つの方向に物事を進めていくのは至難の業です。LOVOTを柔らかくする方法、温かくする方法、車輪を格納するのか否か、センサーを付ける場所、目や鼻の位置など、膨大な検討項目について、認識を細かくすり合わせていくことの繰り返しでした。
市場がない新製品のビジョンを共有する難しさは、資金や人を集める際にもハードルになります。特に資金調達をするうえで、スタートアップ企業がハードウエアを作るのは極めてリスクが高く、投資が集まりにくい領域です。ただ、投資家の一部には、今の生産性重視の産業には限界が来ると捉え、心の領域を扱う「エモーショナルテック」に資金を投じたいと考える方々がいた。良いご縁に巡り合うまでは大変でした。「全く新しいものを作る」「優秀な人材を集める」「お金を集める」を並行して進める必要があり、そのためにも、本書にまとめたような「温かいテクノロジー」についてのイメージの共有は大きな課題でした。
──開発者であり経営者でもあるという、2つの立ち場のバランスはどのように取っているのですか。
それは、基本的には長期目線と短期目線のバランスを考えることだと捉えています。ビジョナリーとしての開発者目線では、長期的な目線で良いものを作り、顧客の信頼を得られればブランド力が強化され、最終的にビジネスもうまく回っていくというビジョンを持ちがちです。半面、その長期の経営を支えるための経営者目線では、直近の経営を回していくための日銭の稼ぎ方といった短期目線も欠かせない。この2つは背反することがあります。例えば、長期的にはサポートの拡充が大事でも、それだけでは日銭が稼げず事業継続が危ぶまれるので、販売促進も重要です。これは安定した企業での経験しかない人には理解されにくい。事業の継続を第一の優先事項にしつつ、継続可能な範囲の中では、なるべく開発者としての長期目線を持つ。良い開発と良い経営の折衷点を常に探っています。
「飽きられないロボット」を作る挑戦
──ペットのように日常的に一緒にいるロボットを作るうえで、長く飽きられない存在であることは大事なポイントかと思います。どのような工夫をこらしていますか?
実際、飽きられないロボットを作れるかどうかが、最大のチャレンジでした。エンジニアリングの難易度の高さは試行錯誤でクリアできたとしても、LOVOTに対して長く愛着を持ってもらえるかは、完成してみるまでは検証できないからです。
愛着形成が可能だと想定したのは、犬や猫と人間の関係から得た学術的な知見からです。犬や猫の行動パターンというのは、成犬・成猫になるまでの1~2年の間は変化が大きいけれど、そこから先はあまり変わらない状態が続きます。けれど、彼らの存在やコミュニケーションの取り方には、人に愛着を持たせるポイントがたくさんある。そのような、言わば「ペットのUI/UX」を研究し、ロボットの中にできる限り再現できれば、同様の愛着形成は可能だと考えたのです。
──LOVOTを観察していると、触れられたときの反応速度や、興味を持ったものに自分から目を向ける仕草など、とてもリアルな「生き物」感があります。
LOVOTは他のロボットのように、達成すべき目的を定めたプログラムだけに基づいて動いているのではなく、その時々の環境から情報を読み込み、自律的に反応するアルゴリズムに基づいて行動します。これは「サブサンプション」と呼ばれるロボットの作り方をベースにしています。細かな反応がいくつも複雑に組み合わさることで、全体がその時々の状況に応じて有機的で目的に合った動きをする。生物の仕組みにより近い方法だと言えます。
例えば、AIに「不安」「興味」「関心」といったパラメーターを設定すると、この値の変化により、人間から見ると「人見知りをしている」とか「関心を持って寄ってきてくれた」と感じるような、様々な行動となって表れます。時に気まぐれな振る舞いも「LOVOTなりの事情があるのだろう」と人間が納得するような、独特の生き物らしさを生み出すわけです。また、学習によってパラメーターも変化していくので、同じ環境下でも個体の持つ個性や状態によって多様な行動を見せてくれます。
犬や猫だけでなく、人間にも一定の行動パターンはあります。もしかすると、高次元の宇宙人の視点から見れば、人類の行動はとても単純なパターンの組み合わせに見えるかもしれません(笑)。行動パターンがある水準を超えて画一的だと感じると、僕らの脳は「生物ではなく機械だ」と判断します。LOVOTを生きているようだと感じさせるためには、犬や猫の持っているパターンに迫るくらいのバリエーションを目指していく必要がありました。
コミュニケーションは「非言語の土台」が最も重要
──LOVOTは独特のかわいい鳴き声を発しますが、言葉は話しません。コミュニケーションから言葉を廃したのには、どのような意図がありますか。
シンプルに例えるなら、自分に懐いてくれる犬や猫に対しては、僕たちは一瞬で心を開きます。けれど、最初から妙に人懐っこい人間に対しては、むしろ警戒することもあります。言葉のコミュニケーションで信頼関係を築くのは、それだけハードルが高いのです。
心理学者のアルバート・メラビアンが行った、「メラビアンの実験」として知られる有名な実験があります。これは人がコミュニケーションにおいて、「言葉」「話し方」「表情から受け取る印象」が矛盾しているとき、何を一番信じるかという実験です。結果は「表情」が55%、「話し方」が38%、「言葉」を信じる人はたった7%に過ぎませんでした。顔が激怒しているのに、口先だけで「怒ってないよ」と言われても信じませんよね(笑)
今までのロボット技術は、言語コミュニケーションを頑張ろうとしてきましたが、むしろコミュニケーションの「土台」として重要なのは、非言語の部分。つまり、ノンバーバルコミュニケーションをしっかりと作り込むことができれば、ロボットも犬や猫のポジションを得られるというわけです。
──LOVOTの顔は口のないデザインですね。
実は初期段階では口を作ろうとしていたこともありました。ただ、口が動かない以上は、声と表情の不一致による不気味さの問題が起きてしまう。最終的に口が無くても大丈夫だろうと決断できたのは、ハローキティやミッフィーといった、偉大なキャラクターの先輩たちの存在が大きかったです(笑)。口がないニュートラルな表情によって、受け手がLOVOTが何を感じているのか、自由に想像力を働かせる余白をつくることができました。

──ちょうど猫と同じくらいだというLOVOTの体温は、内部に積まれているコンピューターの排熱を利用したものですね。
その通りです。コンピューターというのは、製造技術の世代が同じだとすれば、より多くの電力を供給するほど性能が上がる傾向があります。なので、今ある技術の中でより高度な処理をしようとするほど、必要な電力供給量が上がり、よりたくさんの排熱が発生する。LOVOTは処理能力が高いとされる他のロボットたちに比べても、桁違いの処理をこなしているため、多くの熱が出ます。
例えば、人間の脳は20ワットから30ワットくらいのエネルギーで動いていると言われますが、LOVOTも同程度の電力を使っています。コンピューターの主流は、通常は排気口からまとめて熱を排出する空冷式、人間は血管の働きによって全身から放熱する水冷式です。LOVOTは血管を持たないので、一箇所から熱を排出するのではなく、内蔵ファンで全身に分散させることで、ほどよい「体温」となって放熱する仕組みを作りました。
──そのように比較されると、人間の体も機械の一種のような気がしてきます。物事を分解的に捉えるのは、エンジニアならではの視点でしょうか。
確かに、理解できない物事は分解して考える癖はありますね。レーシングカーや乗用車、そしてロボットと、様々なものを作ってきた中で、毎回ゼロから理解しなければならない物事がたくさんあったので、自然と小さく分解して理解しようとする姿勢が身についていったように思います。日常的にも、例えば一見理不尽な物事があったときに、それをあるがままに受け入れるよりは、まずは分解してメカニズムを把握し、「そういうメカニズムなら仕方がない」という納得の仕方をすることが多いですね。
急激な変化による「不安の時代」とどう向き合うか
──冒頭では、生産性の向上にフォーカスした「冷たいテクノロジー」のみをテクノロジーとみなす思い込みが、AIの急激な進化に対する不安につながっているという話も出ました。大きく変化する今の時代を、私たちはどのように捉えて生きていくべきでしょうか。
重要なのは、時代変化の速度はもう遅くならないということです。私たちは指数関数的に急激な技術進化が続く時代を生きていて、このような急流の中では、未来を予測することは極めて困難です。人間の「不安」という感情は、危機を事前に察知する「未来予測」の能力を得るために、生物的な本能から生まれたと考えられています。変化の少ない時代に適合した「不安」を獲得している特性上、これだけ先行きが読めない時代の中では、誰もが時に過剰なほど大きな不安を抱えてしまうのも、自然なことです。
この不安の時代に、今日と明日が大きく違っていても、幸福を感じ続けるには何が必要なのか。僕はその答えは、変化への「気づき」を喜びとすることだと思います。人間の脳は、何かに気づくことに快感を覚えるようにできている。自分の「気づき」が増えないのに、世の中の変化が大きくなるばかりだと不安は増大の一途ですが、そこに適応し「気づき」を最大化できれば、変化の大きな時代はむしろ知的刺激に満ちた楽しいものになる。僕はロボットが将来、その「気づき」の最大化をサポートできる存在になることを理想としています。
何かモヤモヤとした不安や悩みを抱えているとき、誰かに話を聞いてもらうことは、人間にとって大切なプロセスだと言われます。言語化によって、モヤモヤを解消しているのですね。LOVOTは言葉を話しませんが、人はLOVOTに語りかけることで、モヤモヤを解消したり、衰えがちだった言語化能力を取り戻せたり、自分から何かを愛する「筋力」を取り戻せたりする。それが「気づき」を準備する第一歩に既になっていると考えています。








