北欧のライフスタイルに着想を得た商品を販売するECサイト「北欧、暮らしの道具店」で店長を務める佐藤友子さん。実兄である青木耕平さんと共同創業したクラシコムの取締役副社長でもあります。佐藤さんがクラシコムを始めるきっかけとなった本、社員たちにおすすめした課題図書について伺いました。
読書は私の人生になくてはならないもの。暮らしに関わる本からビジネス本までさまざまな本を手に取ってきました。ただ、若い頃は頻繁に本を買うことができなかったので、よく図書館に通っていました。そこで感銘を受けた本は購入し、何度も繰り返し読み続けています。
パトリス・ジュリアンさんの『生活はアート』もその一つです。
悶々とした20代の自分を肯定してくれた本
20代の半ば頃、歩みたい道について悶々と悩んでいた時期がありました。
子どもの頃から「暮らし」というものが好きで、誰かの生活をちょっとでも豊かにするような仕事をしたいと思い続けていました。でも、資格があるわけでも実績もない。履歴書に書けるものではない。そもそも何の職業に就いたらその夢を叶えられるのかわからない。成人しても定職に就かず、やってみたいことを試すかのようにアルバイトや派遣社員などを転々としていました。
その頃に訪れた図書館で、たまたま目にしたのが、『生活はアート』(パトリス・ジュリアン著)でした。当時、手に取ったのは単行本で、今持っている文庫本(下写真/佐藤さんの私物)とは違ったのですが。表紙とタイトルを見た瞬間、直感的に「え、なに!? これって、私のための本だよね?」と混乱したのを覚えています。そのときは、パトリス・ジュリアンさんの存在すら知らなかったのに…。
読み始めるとページをめくる手が止まらず、あまりに感動したのですぐ兄に貸しました。すると、兄も一気読み。そして感想は「この本…やばいな…」でした(笑)。私だけでなく、その頃の兄もキャリアに対して悶々とした思いを抱えていたんです。
私は、決してアクティブな毎日を送りたいわけではなくて、「ずっと家にいても幸せ」と思える暮らしに理想を抱いていました。それに、私自身、生活の中で小さな充実をつくっていくことが得意だとも思っていました。この本では、そんな私の思いがしっかりと言語化されていたんです。
例えば、お花を買ってきて部屋に飾ってみるとか、お気に入りのお鍋やお皿で料理をするとか。当たり前の生活の中にクリエイティビティの種があって、一つ一つを大切にすることで生活に愛着が湧いていくということが細かく記されていて。「自分で小さく始めること」のワクワク感も詰まっていました。
自分を肯定してくれるようなパトリスさんの言葉に背中を押され、私は英国式リフレクソロジーの資格を取得して実家の一室でリラクゼーションサロンを小さく始めたんです。自分らしい生き方を模索するなかで、「小さく始める」ことの勇気をもらえたんだと思います。その後、さまざま試行錯誤を経て、兄とクラシコムを創業し、2007年に北欧ヴィンテージ食器を扱う「北欧、暮らしの道具店」を開店しました。
そして、徐々に商品の幅を広げ、オリジナル商品も開発し、コラムや映像などのコンテンツ作りにも挑戦し、お客様の「フィットする暮らし」を支えるために前進してきました。おかげさまで事業としてもしっかり成長でき、2022年には上場も果たすことができました。
思い返せば、ここまであっという間でした。猛スピードで変化を繰り返してきたということもあり、時に自分を見失いそうになるときもあります。そんな時に手に取りたいのが、この本です。あの悶々としていた日々の私に戻ることができる大切な1冊。自分の、そして、クラシコムの源流の1つでもあると思っています。
私もそうですが、忙しい毎日の中で余白がなくてできない…と感じる人は少なくないと思います。慣れない仕事で忙しかったり、ワンオペで子育てしていたり、仕事と家庭の両立で余裕がなかったり。この本は、そんなバタバタな生活の中でも、小さな工夫で幸せを感じられるんだということを気づかせてくれます。
社員に課題図書として配った本
クラシコムの源流となる本としてもう一冊挙げたいのが、 『花森さん、しずこさん、そして暮しの手帖編集部』(小榑雅章著、暮しの手帖社) 。
NHK朝の連続ドラマ「とと姉ちゃん」のモデルとなった大橋鎭子さんと花森安治さんの回顧録です。初めて読んだのは2016年。クラシコムでメディア化に取り組み始めたのが2013年で、編集経験のないメンバーで試行錯誤しながらやっていた時期です。おこがましいのですが、この本を読んで、『暮しの手帖』創刊時の編集方針と、私が創業期から描いていた願いが重なり合う部分がありました。
読んですぐ、「これは社内で共有すべき本だ!」と確信して、編集担当の社員に課題図書として配っていた時もありました。
創業当時から「北欧、暮らしの道具店」のスタンスは、お客様との関係は、上からでもなく下からでもなく、「横並びでいること」でした。お客さんと一緒に楽しみ、一緒に悩んで、一緒に答えを探すような存在でありたい。この本は、それを社員に伝えるには最適な1冊だったんです。
もともと「暮しの手帖」は大好きでした。「暮しの手帖」って、編集長が何回代わってもぶれない哲学のようなものがしっかり根付いていると感じるんですよね。創刊から常に読者と同じ目線を大切にして、奮闘しながら雑誌を作り続けてきた花森さんと大橋さんの姿がとても鮮明に書かれていて、とても感銘を受けました。
まだ見ぬ人たちにも残したい思いや言葉
この2つの本のおかげで、ぶれずになんとかここまでやってこられました。少し前までは、ことあるごとに読み返しては、「あの頃の自分」に戻してもらっていたんですが、同じ本を何度も読み返していると、自分がそのとき置かれている立場で、読み取り方が変わるものだと感じます。
そして最近、ちょっとした変化が生まれてきたんです。
経営者として事業をつくってきて、今、50代を迎えました。まだまだ挑戦したいこともたくさんあるのですが、創業した人の哲学をこの2つの本のように、形でのこしていく意義や重要性に目が向くようになったんです。
創業した人がいなくなったら、その哲学は薄まるかもしれないけれど、このように残せるものがあれば、エッセンスだけは引き継がれていくのかもしれない。私もそろそろ準備を始めなければいけないんだろうな、と思い始めています。
取材・文/磯部麻衣 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子




