北欧のライフスタイルに着想を得た商品を販売するECサイト「北欧、暮らしの道具店」で店長を務める佐藤友子さん。実兄である青木耕平氏と共同創業したクラシコムの取締役副社長でもあります。佐藤さんは、事業をつくる人として、苦しみや焦りを感じることも多々あると言います。第2回は、佐藤さんが「調子が悪い時」に読み返す本について話してもらいました。

 前回の記事 「『北欧、暮らしの道具店』佐藤友子店長が社員に配ったクラシコムの課題図書」 で、「創業した人の哲学を形で残して意義や重要性に目が向くようになった」とお話ししましたが、その実現に向けて、昨秋くらいから日記を書くことを始めました。クラシコムの社員には、10カ条などを残すより日記のほうが伝わりやすいんじゃないかなと思っているんです。

 この新しい習慣を始めたのは、昨夏に起きた幸福な出来事がきっかけでした。それは、『日々ごはん』シリーズの著者で料理家の高山なおみさんにお会いできたことでした。

北欧、暮らしの道具店のYouTube企画で、2025年夏、高山なおみさんの神戸のおうちを訪問した佐藤さん
北欧、暮らしの道具店のYouTube企画で、2025年夏、高山なおみさんの神戸のおうちを訪問した佐藤さん
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自分をごまかしたくなるときに読みたい栄養になる本

 まだクラシコムを創業する前、28歳くらいのとき、これまた図書館で『 日々ごはん 』に出合いました。

 そこには、高山さんの日常が自然体で書かれていて、でも、決して赤裸々で露悪的なものではなくて、品があって……。高山さんの文章からは、自分自身をとらえようとするぶれない芯みたいなものが感じられました。

『日々ごはん(1)』(高山なおみ著)/画像クリックでAmazonページ(Kindle版)へ
『日々ごはん(1)』(高山なおみ著)/画像クリックでAmazonページ(Kindle版)へ

 無理しなくていい、かっこつけなくていい、正直でいい。自分のできる限りのキャパシティの中で、仕事と家庭を行き来する、そんな素朴な幸せな形にすごく共鳴したんです。

 それからというもの『日々ごはん』の新刊が出たら、すぐに買いに行って読み続けました。続編の『 帰ってきた 日々ごはん 』(アノニマ・スタジオ)シリーズも欠かさず買っていて、今も本棚の一番目立つところに、きれいに並べています。

 約20年間、読者として高山さんの人生を追わせてもらって、自分がどういう生き方をしていきたいかということのヒントをたくさんもらってきました。価値観や人格さえも養われたと感じています。

 『日々ごはん』を読むと、高山さんは、自分を見つめ続ける胆力がすごく研ぎ澄まされているんだろうなと感じます。

 自分で自分をごまかしたくなるときってありませんか? 私にはあるし、きっと高山さんにもあったと思います。でも『日々ごはん』を読むと、そこに向き合う高山さんの姿から力をもらえるんです。「自分とは何か」はきっと死ぬまで分からない問いだとは思いますが、そういうことを考え続けていきたい人には、栄養になる本だろうなと思います。

具合が悪い時でも読めるのが「日記」

 日記って、哲学書やビジネス本みたいに難しいことが書かれているわけではないので、負荷を感じずに読めるんですよね。どんなに調子悪い時も、日記だけは読むことができる。

 特に『日々ごはん』は、具合が悪い時にこそ読みたい本なんです。ツンツンしちゃったり、なにかやらかしてしまったりして、週末布団にくるまって出てこられないみたいな時は、本棚から『日々ごはん』を取り出します。

「どんなに調子が悪くても、日記だけは読むことができるんですよね。気負わず読める」
「どんなに調子が悪くても、日記だけは読むことができるんですよね。気負わず読める」
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 すると、「じゃあ白菜でも買いに行って、何か作るか……」と、少しずつ体を戻すことからやっていこうという気分になれるんです。

 昨夏、高山さんに北欧、暮らしの道具店のYouTubeチャンネルに出演していただいて、初めてご本人と対面しました。それが冒頭でお話しした、幸福な出来事。何がそんなに幸福だったかというと、高山さんが『日々ごはん』の文章の通りの人だったことなんです。高山さんには、発信していることに嘘がない、私もこうありたいと感じました。

 私が十数年ぶりに書き始めた日記は、まだどこにも公表していません。ただ、いつかそれを本のような形にまとめられたらいいなと思っています。日記を書くことで高山さんみたいになれるなんて畏れ多いことは全く思っていません。毎日書いているわけではないのですが、日記帳にトピックスを書き出すようになって、自分の気持ちも落ち着く感覚を得られるようになりました。私自身、事業をやっている人として、それを継承していく責任があります。これからは「読む」だけでなく「書く」人生にシフトしていきたいと考えています。

焦った時に読み直したい人生の大先輩の言葉

 忙し過ぎて、人生をリセットしたくなるタイミングありませんか? 私は、「もう移住でも考えようかな」みたいなことが頭をよぎることがあります。自分のやりたいことを実現できない焦りから、ときどきこのような思考になってしまうんです。

 そんなときに読み直したくなるのが、染色家の柚木沙弥郎さんの 『柚木沙弥郎のことば』(柚木沙弥郎著、熱田千鶴著、グラフィック社)

『柚木沙弥郎のことば』(柚木沙弥郎著、熱田千鶴著、グラフィック社)/画像クリックでAmazonページへ
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 この本を出されたのは、柚木さんが100歳になられる頃だったと思います。この本には、そんな人生の大先輩から発せられる、心に響く言葉が詰まっています。中でも一番勇気付けられたのが、「僕だって物心がついたのは80になってからなんだから」とおっしゃったこと。

 ずっと染色家としてやってきたなかで、本当に自分がやりたかった個展が開けたのが80代のときにパリで開いた個展だったというんです。柚木さんほどの人が、ようやく80代で表現できたのかと、驚きました。

 私は日々焦ることが多くて、「もう50代に入っちゃった」と思うことも多いんですが、柚木さんがそんなふうに言ってくれると、「私にはまだあと30年もあるな」と思えるようになるんです。

「50代になって、焦ることもあるけれど、柚木さんからしたら、あと30年もある!」
「50代になって、焦ることもあるけれど、柚木さんからしたら、あと30年もある!」
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 他にも、「どんな時代も慌てないで、時代に寄り添って、世の中のいろんな現象を咀嚼して吐き出すこと。世の中がどうなろうと、現実から目をそらさず、身の回りから自分が楽しいと思えることを発見すること。それを形にして発信する。」という言葉があります。

 約20年クラシコムを経営してきた中で、東日本大震災や新型コロナウイルス禍など、乗り越えなくてはならない局面を経験してきました。でも、どんな時だっていいことはあるはずで、そこに目を向けて何かを作り出すことができるんだ、と勇気づけられました。

 「この年になっても、こんなにまだスパッと物事を決められないのか」と、反省することばかりです。これまでも「パーフェクトだ!」と思って出し切れたことはないんです。でも、柚木さんのように、いつか達成できる日が来るんじゃないかと思える、そんな原動力にもなる本ですね。

取材・文/磯部麻衣 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子